三国志 う


于圭


未作成



于綽  張臶に内密の話をされる


于綽(うしゃく)字は不明
出身地不明(??~??)

魏の臣。
冀州広平郡任の県令。

236年、涼州張掖郡の川から神秘的で巨大な宝石が突如として現れた。諸臣は吉兆だと喜び、広くこれを報せた。
県令の于綽は、その文書を高名な讖緯学者(神秘学者)の張臶(ちょうせん)へ何度も届けた。すると張臶は内密の話として「そもそも神の御業は未来を予告するもので、過去を暗示しない。瑞兆が現れ、その後に興廃が起こるのだ。既に漢は滅び、魏の時代になったのだから、この石は魏の誕生を祝うものではない。将来に起こることを暗示しているのだ」と語った。
はたしてこれは魏の滅亡と晋の誕生を予言するものだと後にわかった。

太守からも敬して遠ざけられた張臶から内密の話を打ち明けられるほど親交があり、それを結局、外に漏らしているあたり、洋画にいそうな良い脇役キャラである。



烏延


未作成



鬱築鞬  軻比能の娘婿


鬱築鞬(うつちくけん)
鮮卑の人(??~??)

鮮卑の大人(王)の軻比能(かひのう)の娘婿。

228年、魏の護鮮卑校尉の田豫(でんよ)は、鬱築鞬に通訳の夏舎(かしゃ)を殺されたため、軻比能と敵対する泄帰泥(せつきでい)と西部鮮卑の蒲頭(ほとう)とともに報復の兵を挙げ、鬱築鞬を撃破した。



雲午  青い頭の鶏


雲午(うんご)字は不明
出身地不明(??~??)

魏に仕えた役者。

254年、李豊(りほう)・夏侯玄(かこうげん)は司馬師の暗殺に失敗し処刑され、彼らの友人の許允(きょいん)も連座して死に追いやられた。

「魏晋世語」や「魏氏春秋」には次の異説がある。
許允は皇帝の曹芳(そうほう)とともに司馬昭の暗殺を企んだ。司馬昭が現れると、役者の雲午らが「青い頭の鶏」と繰り返し歌った。鴨=押=暗殺許諾の押印と察した曹芳はおじけづき、実行できなかった。
非常にわかりづらいし、裴松之は「この時点で許允はもう配流されている」ともっともなツッコミをしている。