伊籍  馬鑑定だけじゃない



伊籍(いせき)字は機伯(きはく)
兗州山陽郡の人(?~?)

蜀の臣。

若い頃から同郷の劉表(りゅうひょう)に仕える。劉備が荊州に身を寄せると親交を深め、劉表が没した後は劉備に従うようになった。
徐州時代からの重臣である簡雍(かんよう)・孫乾(そんけん)らに次ぐ地位を与えられた。
蜀の法律「蜀科」の制定は、伊籍、諸葛亮、法正(ほうせい)、李厳(りげん)、劉巴(りゅうは)ら五人の力によるものと記される。

呉に使者として赴いた時のこと、弁舌家で知られる彼を試そうと、孫権は「無道な君主に仕えるのは苦労するだろう」とからかった。
しかし伊籍は平然と「いいえ、一度頭を下げてまた上げるだけです」とやり返したため、孫権はいたく感心したという。

正史ちくま版では1ページにも満たない記述しかないが、「演義」では劉備に的廬(てきろ)が凶馬だと教えたり、馬良(ばりょう)を推挙しともに関羽の参謀を務めるなど、地味ながら多くの見せ場を作られた。