魔の十三階段

〜010 魔の十三階段の噂〜

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それにしてもベタな依頼だなとオカルト研究会会長の不知火(しらぬい)光(ひかる)は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
僕は不知火の向こうずねを蹴りながら、ベタで悪いかと反論した。
「悪かないけどさ。今さらわざわざこんなネタを取材するなんてネタ切れなのか」不知火は向こうずねをなでさすりながらなおも毒づく。
「そうだよネタ切れだよ。そうでもなかったらわざわざこんな取材をしないし、お前に協力を求めたりもしない。それの何が悪い。この、この、この」
「わ、わかったから蹴るなよ。痛いだろうが」
「あの、ケンカはやめてください」友人の浅倉(あさくら)塔子(とうこ)が仲裁に入る。不知火なんかにまで優しいものだと感心しかけると「騒いだら宿直の先生に見つかってしまいます」と現実的な理由を述べた。

僕――弘長(ひろなが)知子(ともこ)は三上塚中学校の放送部に所属する美しすぎる二年生で、昼休みに週2回放送するワンコーナーを任され、校内外でまことしやかにささやかれる噂の検証をしている。
その取材のため浅倉と不知火を誘い、夜の旧校舎に忍び込んでいた。題材はいわゆる「旧校舎魔の十三階段」である。

「先月から隔週で水曜にもコーナーを増やしてもらったから、ネタがたくさんいるんだよ。前にも説明しただろうが」
「だからって魔の十三階段ってベタ……い、いやだから蹴るなって! そう怒るなよ。俺もオカ研で去年に十三階段の取材をしたんだし、別にベタだから悪いなんて言ってないぞ」
「知ってるよ。会報で読んだ」
「お、なんだかんだ言ってうちの会報読んでくれてるんだお前。愛読いただきあざーっす!」
「ネタ探しのためにやむなく読んだだけだ。愛読してない」
不本意なことだが、僕の取材とオカ研の取材は内容が結構かぶるのだ。自分で噂を探すこともあるが、視聴者からの依頼で動くことのほうが多い。
そして一般的な中学生が好む話題といえば、やはりいつの時代もオカルト系統の話が多いのだ。
ネタとヒントを探してこれも不本意ながらオカ研の会報に手を伸ばし、今回は魔の十三階段の噂の検証に決めたという次第である。

「それにオカ研の取材では失敗してただろ。何回数えても階段の段数は変わらなかった」
「うん、まあな」オカ研の二年生会長は口ごもった。
「星の数ほど取材してたらそんなこともあるさ。だが失敗の積み重ねの末に人類はこうして進歩してきたんだ」
「意識の高い話はおいといて――着いたぞ」
僕は懐中電灯の光を向ける。三階と四階の間の踊り場から、四階にかけての階段。そこが噂の舞台だった。
「会報を読んでもよくわからなかったんだが、どうしてこの階段なんだ? 何かいわれがあるのか」
「我がオカ研の総力を結集した取材でもわからなかったな。別にここで誰かが転落死したとか、そういう話もないらしい」
たった2ページの記事だったくせに何がオカ研の総力だと頭の中で馬鹿にしながら、懐中電灯を上に向ける。四階は暗闇に覆われ、下からでは様子はうかがえない。
「オカ研でさえ何も起きなかったのに、お前の取材にはたして何の意味があるのやら。まあお手並み拝見と行こうか」不知火は腕を組んで不敵に笑った。
さっき蹴ったのとは逆の向こうずねを蹴りつけてから、僕は記念すべき一段目に足を掛けた。

一つ。二つ。三つ。特に気負うこともなく歩を進める。
四つ。五つ。六つ。浅倉がすぐ後をついてくる。
七つ。八つ。九つ。足を痛めた不知火は遅れている。
十。十一。十二。古びた階段が踏みしめるために耳障りな音を立てる。
十三……十四。十五。問題の十三段目をあっさり過ぎ。
十六。十七。……十七段目で何事もなく四階についた。

「あれ? お前んとこの記事では十六段じゃなかったか」僕は不知火を振り返って尋ねた。
「一段少ないぞ。場所は本当にここで合ってるのか」
「甘いな弘長。階段というものは階の間の段だけを数えるんだ。お前がいま踏んでいる十七段目、それは四階の床だ!」
偉そうに僕の足元を指さし不知火は言った。浅倉が唇の前で指を一本立て、お静かにとつぶやく。
「別に明確な定義はないんだろ。偉そうに言うなよ」
「私は上がった階の床も数えるって、祖母から聞きました」浅倉が横から加勢する。
「今日の取材の前に疑問に思って聞いてみたんです」
「ほら見ろ。浅倉の物知りおばあちゃんもそう仰られてるぞ」
劣勢に立たされた不知火は、どうせ十三階段じゃないんならどうでもいいだろと身もふたもないことを言った。
「十六でも十七でもなんでもいいよ。これにて検証終了。さっさと帰ろうぜ」
もっともだが、これでは記事にならない。
「せっかくだから他の階段も数えようよ。どうせオカ研はここだけ数えてやめたんだろ」
「わざわざ数えなくてもどこも同じに決まってるだろ」
「フッ。語るに落ちたなオカ研不知火。真摯に取材を重ねずに何が検証終了だ」
「……言ってくれるじゃないかオカ研パクリ女」
「誰がパクリ女だ。おいコラ」
トゥキックを警戒して逃げ腰になった不知火を追おうとすると、浅倉があのうと間延びした声で割り込んだ。またケンカの仲裁かと思ったら「それなら一番下の段も入れないとかわいそうですよね」と言った。
「え? なんの話?」
「ですから、階段の数え方です。上の階の床も勘定に入れるなら、下の階の床を一段目と数えないと、かわいそうというか、不公平というか」
「塔子ちゃんは優しいなあ!」彼氏持ちの浅倉に岡惚れしている不知火がすかさず肩を持った。「するとこれは十八階段ということになるね。塔子ちゃんの優しさのおかげで仲間が増えて階段もきっと喜んでるよ!」
浅倉には悪いが――それこそどうでもいいことだった。

一通り現場の撮影を終えた僕は、することもなくあくびをしている不知火に言った。
「じゃあやる気のない不知火は帰っていいから。他の階段の検証は浅倉と二人でやるから」荷物持ちのために呼んだ男手だが、もともと階段の検証だけで荷物は少ない。ここで厄介払いしても支障はなかった。
「おいおい、こんな夜更けに呼びつけておいてなんだよそれ。塔子ちゃんも俺がいなかったら困るよな」
「いえ、特には」浅倉は心優しいだけに正直だった。
不知火は一瞬固まった後、ものすごい早口でまくしたて始めた。
「そ、そういえばさ、オカ研の会報には載せなかったけど不思議なことがあってさ。ほら、弘長も気づかなかったか。この魔の十三階段のことだけどさ」
黙っていたら厄介払いされて浅倉と引き離されるのを恐れて、強引に話題を探しているのが見え見えだった。だがいちおう相槌を三文字だけ打ってやる。
「何が?」
「ほら、だから十三階段だよ。だって本当は十六段なんだぜ。あ、塔子ちゃん説だと十八段で、弘長説だと十七段だっけか。とにかく十三階段どころじゃないだろ。不思議に思わないか? だってこの話ってもともとさ」
旧校舎の三階と四階をつなぐ踊り場。踊り場から四階へと続く階段が深夜の間だけ十三段になっている。そういう噂だった。
「少なすぎるだろ。一段や二段じゃないんだぜ。三段から五段減らないと十三階段にならないんだぞ」
「まあ確かにずいぶん違うけど、でもぶっちゃけ噂ってそんなもんだろ」色々と噂の検証をしてきて、いかに噂というものが根も葉もない適当なものかということを実感している。
「三段くらい誤差の範疇だと思うけどな」
「そ、そうか。うん。だったら。そうだな。ええと」さらなる話題を必死に探す不知火は放っておいて浅倉に声を掛ける。
「じゃあ浅倉。まずは下りから数えていこうか」
「はい」
一つ。二つ。三つ。浅倉がすぐ後からついてくる。
「おい待てよ弘長」
四つ。五つ。六つ。不知火の声を無視する。
「そ、そうだ。なんで十三階段が不吉だか知ってるか?」
「死刑台の段数から来てるそうですね。祖母に聞きました」浅倉が親切かつ簡潔に答えた。
七つ。八つ。九つ。
「ひ、弘長。悪かったよ。何が悪いのかわかんねえけど、俺も手伝うよ」
十。十一。十二。
十三――。そこで僕は足を踏み外した。
「うわあっ!」
とっさに手を伸ばし、浅倉まで巻き込んでしまった。
「きゃっ」
「塔子ちゃ――うひゃあっ!」
あわてて駆け下りてきた不知火も転げ落ちそうになり、バランスを崩しながらもどうにか持ちこたえ、踊り場に降り立つ直前で派手にすっ転んだ。

幸い、持ち前の運動神経で僕は踊り場に着地していた。浅倉も屈み込んでいるが怪我をした様子はない。残り数段のところで良かった。
「あ、危なかった。ごめん浅倉! 大丈夫……だよね?」
「はい。うまく着地できました。弘長さんこそ大丈夫ですか」僕の差し伸べた手につかまり浅倉は立ち上がる。
「僕は大丈夫。本当にごめん。不知火、お前は?」
いちおう心配してやるが、不知火は一人で立ち上がろうとしている。とりあえず頭を打ったりはしていないようだ。
「め……」
「め?」
「メガネメガネ……」
眼鏡は僕の足元に転がっていた。拾って手渡してやる。
「良かった。レンズもフレームも無事だ」自分の怪我より眼鏡の方が重要らしい。
「あれ。俺の上履きも片方無いんだけど」
「知るか。それより、こんな大騒ぎしてたらそれこそ宿直の先生が――」言いながら何気なく階段を振り返ると、かなり上の方に白い物体があった。不知火の上履きだ。本体を残し上から四段目に鎮座ましましている。不知火はそこで足を滑らせたらしい。

上から四段目。
つまり……下から数えて十三段目。
魔の十三階段。

ただの偶然だと首を振り、不知火に上履きの所在を教えてやろうと思ったその矢先。僕は気づいた。

僕が足を踏み外したのは、下りの十三段目だった。
巻き込んでしまった浅倉は僕のすぐ後を歩いていたから十二段目だったろう。
だが浅倉は四階の床面を一段目に数える説をとっていた。
つまり……三人揃って十三段目から落ちたのだ。

「……弘長さん?」固まってしまった僕に浅倉が呼びかける。
僕は口元だけで笑顔を作った。
「なんでもない。検証の続きをしよう」

宿直の先生に気づかれず、慎重に他の階段の検証も済ませた。
段数は弘長説によるところ、全て十七段だった。
僕が気づいたことは、二人には言わなかった。



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