宇宙人

〜009 宇宙人の噂〜

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「浅倉塔子は宇宙人です。生徒会で調べてください」

自由な校風が売りである我が三上塚中学校の生徒会室の前には、いわゆる目安箱が置かれている。
教師や友人にも相談できない悩み事や、学校生活におけるちょっとした意見や要望を匿名で送れるため、週に十数通ほどの投書があるという。
そのうちの8割が生徒会副会長にあらせられる最上美麗(もがみ・みれい)先輩あてのラブレター、あるいはファンレターで、残る2割が一般的な投書である。
だが今週、目安箱に投じられたその2割は、ちょっと一般的な内容とは言いがたかった。

「浅倉塔子は宇宙人です。生徒会で調べてください」

割合にして2割。実数にして3通。
そう書かれた投書が入っていたのだ。



浅倉塔子は親友である。
弘長知子(ひろなが・ともこ)はそう思っている。

放送部に所属し、お昼休みに週2回、ワンコーナーを任されている弘長は、校内でまことしやかに囁かれる噂の検証を行なっている。
その実績を買われて生徒会からいろいろと頼まれごとをされ、手伝いとして派遣された生徒会書記の浅倉とも、すぐに仲良くなった。
たしかに浅倉は変わり者である。
無口でおとなしい彼女は、かまびすしい女子の集まりからは一歩引いていながら、それでいて決して存在感を失わず、気がつくと場の中心に座っていることが多い。
噂の調査の際にも、彼女の何気ない一言がヒントになったりと、たびたび助けられている。
しかしやはり浅倉塔子は変わり者である。
無口でおとなしいと評したが、並の無口やおとなしさではない。授業中に当てられなければ一日に一言も発しないことも珍しくない。何が起こっても動揺せず、真夏の快晴の日に目の前に雷が落ちても顔色ひとつ変えないだろう。
泰然自若といえば聞こえはいいが、あまりに物事に動じなさすぎて、ちょっと心配になるくらいだ。

そんな浅倉は毎年欠かさず、律儀に年賀状を送ってくれる。
クリスマスカードもくれるし、暑中見舞いに残暑見舞いまでくれる。
最初はきっと育ちがいいのだろうと思っていたが、付き合いが長くなるうちに、それは浅倉自身の性格なのだとわかった。
もっとも彼女の両親はともに考古学の教授で、育ちがいいのも確かだ。
両親そろって一年中、海外を飛び回っており、日本に残された塔子は、近所に住む祖父母が足しげく様子を見に来てくれるものの、基本的に一人暮らしをしている。
中学2年にして一人暮らしなんて、弘長には想像もつかない。すこしの憧れはあるが、炊事洗濯掃除の手間を考えると、やはり尻込みしてしまう。
そんな塔子が自分や同級生たちよりもはるかに落ち着き、大人びて見えるのは当然だった。

だから彼女は宇宙人ではない。
ただのしっかり者の、僕の親友だ。
浅倉塔子が宇宙人だなんて、誰かのたちの悪い冗談に決まっている。
決まっているのだが……。

「浅倉塔子は宇宙人です。生徒会で調べてください」

弘長知子はその文面を何度も何度も読み返し、ため息をついた。



浅倉塔子は片腕である。
最上美麗はそう思っている。

一年前、塔子が生徒会室を訪ねてきた時、最上は驚いた。入学式で目についたあの娘が本当に来てくれたと、うれしく思ったのだ。
入学式の日、最上は生徒会の副会長として、新入生の前で挨拶した。本来は生徒会長の役目なのだが、そういった行事の時に限って風邪を引く彼は不在で、代わりに最上が壇上に立ったのだ。
人前に立つことは慣れているし、彼らが一様に目を見張り、最上を見つめてくるのにも慣れていた。
客観的に言って、自分は美少女である。男子生徒はもちろん、女子生徒からも驚きの目で見られる程度には。

新入生を歓迎し、同時にちょっとした学校生活上の注意をしながら一人ひとりの顔を見回していると、彼女の姿はすぐに目についた。
目立つ容姿だったわけではない。奇抜な格好をしていたわけでもない。でも列の半ばほどで、ただ立っているだけのその姿が、実に凛として、毅然としていた。
この体育館に突如50メートルの突風が吹き荒れても、彼女だけは身じろぎもせず、気をつけの姿勢を崩さないだろうと確信できた。
頼もしいと思った。彼女が生徒会に入ってくれれば、大いに力になると思った。立ち姿だけで最上は、浅倉塔子に一目惚れしたのだ。

生徒会に入った塔子の働きは期待以上だった。そのまま書道の手本にできるような美しい字を書く彼女は、それを活かして書記を務めている。頭が切れ、よく気がつき、最上の片腕として申し分ない人材だった。
3年生の生徒会長でさえ、2年下の浅倉に頭が上がらないほどだった。
かといって真面目すぎるわけでもなく、親友で放送部の弘長知子と一緒になって、取材のため立入禁止の旧校舎に出入りしたり、夜中の校舎をうろついて夜回りの教師に追い回されたりといった問題行動もたびたびしている。
だが決して尻尾をつかませないのが浅倉らしいところで、弘長は何度となく教師や生徒会、風紀委員らに厳重注意されているが、浅倉は常に逃げ延びていた。
それでも毎回自分だけ咎められる弘長と確執を起こすわけでもなく(それは弘長自身の懐の深さもあるだろうが)生徒会活動の合間を縫っては、騒ぎに巻き込まれるのを楽しんでいる。
おまけに噂によると、年上の彼氏までいるらしい。三上塚中学は恋愛禁止というわけではないが、高校生の恋人まで手にしているとは恐れいるしかない。

だから彼女は宇宙人ではない。
私の頼もしい片腕で、素敵な後輩だ。
浅倉塔子が宇宙人だなんて、口さがない誰かの悪戯に決まっている。
決まっているのだが……。

「浅倉塔子は宇宙人です。生徒会で調べてください」

最上美麗はその文字を眺め、細い首をかしげた。



浅倉塔子は美人である。
不知火光(しらぬい・ひかる)はそう思っている。

かと言って道行く誰もが振り返るような、ひと目を引く容姿ではない。
控えめな性格にたがわぬ、モナリザや弥勒像のように静かな微笑みをたたえ、いつも綺麗な姿勢で立っているその姿が不知火は好きだった。
同い年の自分にも丁寧語を使い、ちょっとしたことでもありがとうとおじぎをする姿も好きだった。
一つ一つの所作がとにかく綺麗で、見事なのだ。和服を着せればすぐにでも旅館の若女将になれるだろう。
隙の無さそうに見える彼女が一度だけ、教科書を忘れて自分に借りに来たことがあった。わざわざ自分を選んでくれたのだと舞い上がったし、弘長さんがお休みだから……と照れくさそうに笑う顔も素敵だった。
体育の授業を終え、教室に戻ると机の上には教科書と「ありがとうございました」と書道家が書いたような流麗な文字の躍るメモが置かれていた。そのメモは今でも机の奥にしまってある。

そう、その自分の幼なじみという名の腐れ縁である弘長知子と付き合っているのに、毒されていないのもすごい。
弘長という女は放送部のくせに、怪しげな都市伝説や噂をかぎ回るのが三度の飯より好きだという変人だ。
浅倉も無理やり取材に付き合わされて、何度となく危険な目に遭っているのに、弘長との付き合いをやめようとはしない。
ああいう変人にならないよう、自分も会長を務めるオカルト研究会の活動の一環として弘長の取材に同行し、浅倉を守っているからこれまでは事なきを得ているのだが……。

だから彼女は宇宙人ではない。
俺の憧れの美人で、たぶんきっとおそらく友人だ。
浅倉塔子が宇宙人だなんて、どこかの糞野郎の妄言に決まっている。
決まっているのだが……。

「浅倉塔子は宇宙人です。生徒会で調べてください」

不知火はその文字を見つめ、眼鏡の奥の目をしばたたいた。



弘長知子は年賀状を眺める。
最上美麗は生徒会室の黒板に目をやる。
不知火光は机の奥からメモを取り出す。

「浅倉塔子は宇宙人です。生徒会で調べてください」

目安箱に投じられた3つの手紙と。
年賀状に、黒板に、メモに書かれた浅倉塔子の筆跡は、完全に一致していた。
6つの筆跡は、同一人物が書いたものとしか思えなかった。

「浅倉塔子は宇宙人です。生徒会で調べてください」

調べるのはやめようと、3人は思った。



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