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三 国 志

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〇一九   献帝脱出





長安(ちょうあん) 宮廷


「董卓は死んだ。だが跡を継いだ李稚然、郭汜らは董卓の頃と変わらぬ暴政を布いている。
いや、董卓にはまだしも彼なりの理念があったように朕は思う。
李稚然、郭汜らはただ董卓の真似をしているだけだ。
董卓の上っ面をなぞり、暴虐の限りを尽くしている……」
献帝
(けんてい)


「このままでは彼奴らの魔の手が、陛下にも及ぶやも知れません。
陛下、どうか長安から脱出することをご決断下さい」
董承
(とうじょう)


「しかし皇后や女官、朕に従う老臣らの足は遅く馬にも乗れぬ。朕もそうだ。
李稚然らの大軍から逃げ切れるのか?」
献帝
(けんてい)


「夜陰に乗じて長安を抜け出します。少し南下すれば、援軍が駆けつける手はずになっています。
陛下が李稚然の下から離れたと知れば、その他にも続々と救援者が現れましょう」
董承
(とうじょう)



「まずは動かなければ、何も始まらぬか……。
よし董承、準備を整えてくれ。朕は長安を出る」
献帝
(けんてい)



長安(ちょうあん) 宴会場



「ぎゃあああああああああ!!!」
朱儁
(しゅしゅん)


「きゃはははは。やっぱり釜茹でって面白いね李稚然!」
董白
(とうはく)


「そうですなあ、まるで魚のようにのた打ち回ってますぞ」
李稚然
(りちぜん)


「くっくっくっ。我々の暗殺を企てるとは愚かだったな、朱儁よ」
郭汜
(かくし)


「た、大変だ! 陛下が都から脱出したぞ!」
張繍
(ちょうしゅう)


「そうか。あの小僧は何の役にも立たんからちょうど良かったじゃないか」
郭汜
(かくし)


「……これは正気の言葉とは思えませんな。
貴殿らが好き勝手に振舞っていられるのは、あくまでも陛下を擁立しているからだ。
陛下を失えば、我々はただの逆賊になってしまうのだぞ」
賈詡
(かく)


「……マジでか? い、急いで陛下を追うぞ!」
李稚然
(りちぜん)


「わーい。陛下と鬼ごっこだー!」
董白
(とうはく)



長安 南部

楊奉
(ようほう)
於夫羅
(おふら)

黄巾賊の残党

異民族の王


「董承! 李稚然らはもう追手を差し向けたそうだ! 逃げ切れるのか?」
献帝
(けんてい)


「ご安心を。もう少しで張楊(ちょうよう)と合流できます」
董承
(とうじょう)


「董卓追討軍にも名を連ねていた張楊か。
忠誠心の厚い男と聞いている。早く会いたいな」
献帝
(けんてい)


(……残念ながら、あなたが張楊に会うことはない。
あなたは間もなく黄巾賊の残党に討たれるのだ。
そしてあなたよりももっと従順な、我々の息のかかった者が、次の皇帝になるのです……)
董承
(とうじょう)


「陛下ぁっ! 待っていやしたぞ」
楊奉
(ようほう)


「お、お前は誰だ」
献帝
(けんてい)


「元・黄巾賊の楊奉という者です。改心し、陛下をお守りするために駆けつけやした」
楊奉
(ようほう)


「こ、黄巾賊だと。董承、この者は信用できるのか」
献帝
(けんてい)


「はい。何を隠そう私が手配していた援軍です」
董承
(とうじょう)


「そ、そうか。楊奉とやら、頼りにするぞ」
献帝
(けんてい)


(まだ早い。もう少し供の者から離れた所で殺せ)
董承
(とうじょう)


(へっへっへっ。わかりやした)
楊奉
(ようほう)


「陛下! ご無事でしたか!」
士孫瑞
(しそんずい)


「な!? お、お前は士孫瑞!」
董承
(とうじょう)


「李稚然らに都を追われて以来、こんなこともあろうかと、兵を集めて機を窺っていました。
ご苦労であったな董承。これからは私たちが陛下をお守りする」
士孫瑞
(しそんずい)


「士孫瑞、お前こそ無事で良かったぞ。
ところで隣にいる異人は何者だ?」
献帝
(けんてい)


「オレ、ヘイカ、マモル」
於夫羅
(おふら)


「北の異民族の王で、於夫羅という者です。
なんでも王位争いに敗れ、各地を放浪しているとか。
しかし誠実な男です。部下とともに我々への助力を申し出てくれました」
士孫瑞
(しそんずい)


「マモル、オレイニ、キコク、テツダエ」
於夫羅
(おふら)


「お礼にお前が帰国する手伝いをすればよいのだな?
わかった、まずは朕らを逃がす手助けをしてくれ」
献帝
(けんてい)


(お、おい。どうすんだよ董承さんよ)
楊奉
(ようほう)


(……少し殺す相手が増えただけだ。しばらく機会を待て)
董承
(とうじょう)



長安 南部

徐晃
(じょこう)

楊奉の部下


「お、おい。献帝の方から一軍が向かってくるぞ!」
郭汜
(かくし)


「なんだと! 我々と戦える兵力があったのか?」
李稚然
(りちぜん)


「どうやら援軍と合流したようですな。これは一筋縄では行きますまい」
賈詡
(かく)


「リチゼン、カクシ、コロス!」
於夫羅
(おふら)


「野郎ども手加減してかかれ!」
楊奉
(ようほう)


「なんの。まだ我々の方が兵力でははるかに上回っておる。押しつぶせ!」
張繍
(ちょうしゅう)


「参る!」
徐晃
(じょこう)


「な、なんだあの大斧使いは! むちゃくちゃ強いぞ!」
郭汜
(かくし)


「というかあれは斧なのか? 剣のような握りが付いておるぞ」
李稚然
(りちぜん)


「じ、徐晃め。糞真面目に奮戦しおって。李稚然殿らを倒したらどうするのだ。
もう十分だ。退け! 退けーい!」
楊奉
(ようほう)


「む? なんだあいつらめ、優勢なのに逃げ出し始めたぞ。
さては我々に恐れをなしたな。追撃しろ!」
李稚然
(りちぜん)


「待て! 横からさらに援軍が現れたぞ!」
郭汜
(かくし)


「陛下、遅れて申し訳ありません。陛下を想うとこの胸は何かを叫んでいます。
風に踊る枯葉のように逆賊を討ち果たしてみせましょう」
張楊
(ちょうよう)


「ふむ、張楊まで現れおったか。どうやらここまでのようだな。
張繍殿、我々は引き上げよう」
賈詡
(かく)


「な、何? 李稚然らを見捨てるのか?」
張繍
(ちょうしゅう)


「彼らはもうおしまいだ。
楊奉の部下も制御できないようでは、陛下のもとに潜伏させておいた董承にも期待はできまい。
李稚然らと共倒れする前に、我々は独立するのだ。
胡車児(こしゃじ)を派遣して南の宛城(えんじょう)を押さえてある。そこに向かうぞ」
賈詡
(かく)


「何を言ってるのかよくわからんが、お前の言葉はいつも正しい。よし、退却だ!」
張繍
(ちょうしゅう)


「ねえねえ、張繍の軍が離れてくよー」
董白
(とうはく)


「張繍が戦線離脱した? いったい何がどうなっているのだ……」
郭汜
(かくし)



洛陽(らくよう)

董昭
(とうしょう)

張楊の腹心


「張楊、よくぞ来てくれた! お前のおかげで洛陽(らくよう)までたどり着くことができたぞ」
献帝
(けんてい)


「いいえ陛下、私には瞳を閉じて我が君を想うことしかできません。
失くしたものを超える強さを我が君がくれたのです。お礼など不要です」
張楊
(ちょうよう)


「よ、よくわからないがとにかく礼を言おう。
士孫瑞、李稚然らの様子はどうだ?」
献帝
(けんてい)


「洛陽は董卓によって焼け野原にされましたが、孫堅が補修したおかげで、多少の防備は整っています。
外には於夫羅、楊奉らが駐屯していますし、敵は張繍の裏切りに動揺しているようで、攻撃の構えは見えません」
士孫瑞
(しそんずい)


「そうか。ようやく一息つけそうだな……」
献帝
(けんてい)


「しかし陛下、李稚然らが本腰を入れて攻め寄せたらとても防ぎ切れません。
今のうちにもっと遠くへ逃げるべきです」
士孫瑞
(しそんずい)


「……お前の言うことはもっともだ。だが朕は、もうこの洛陽から離れたくない。
洛陽は先祖代々から続く、本当の都なのだ。朕はここにおる」
献帝
(けんてい)


「ならば我々は全力で陛下をお守りし、洛陽に我が君をもっと夢中にさせてあげます」
張楊
(ちょうよう)


「そのためにはさらに援軍が必要です。各地に使者を派遣しましょう」
董昭
(とうしょう)


「しかし、わざわざ不利な戦いに身を投じてくれる忠臣がいるだろうか」
士孫瑞
(しそんずい)


「この洛陽に近く、そして李稚然らを破れるだけの力を持った諸侯といえば、やはり曹操でしょう。
彼は忠臣ではありませんが、利益があれば動く人間です。
私が曹操のもとに向かい、利を説いてきます」
董昭
(とうしょう)



洛陽 郊外




「董承殿、いったいどうなっているのだ! 陛下を殺す機会がないぞ」
楊奉
(ようほう)


「わかっている。だが焦って殺しては、我々が即座に張楊らに討たれてしまう。
賈詡とも連絡が取れなくなったから、李稚然らと協力することもできん。
くそっ。士孫瑞さえ現れなければこんなことには……」
董承
(とうじょう)


「それならまず士孫瑞を殺そう。そんで――」
楊奉
(ようほう)


「楊奉殿」
徐晃
(じょこう)


「な! じ、徐晃、貴様いつからそこにおった!」
楊奉
(ようほう)


「いま来たところである。張楊殿が守備の配置について相談したいと言っておる」
徐晃
(じょこう)


「わ、わかった。すぐに向かおう。
――徐晃、我々の話を盗み聞きしていないだろうな」
楊奉
(ようほう)


「盗み聞き? 武人の誇りにかけてそんなことはせぬ!」
徐晃
(じょこう)


「そ、そうか。疑って悪かったな。重要な話をしておったから、つい聞いただけだ」
楊奉
(ようほう)


(これでは楊奉も当てにならん……。
李稚然らは我々が内応者だと知らぬし、いったいどうすれば……)
董承
(とうじょう)





かくして献帝はかつての都・洛陽に帰還した。
だが外には李稚然が迫り、内では董承が虎視眈々と隙を窺っていた。
はたして曹操は献帝の救世主となるのか? それとも……?




〇二〇   曹操の帰還