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三 国 志

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〇二二   江東の小覇王





曲阿(きょくあ)



「孫策め、調子に乗ってこの曲阿まで攻め寄せるとは、つくづくバカな男よ。
兵たちも混乱からようやく落ち着いてきた。こうして守備を固めていれば何もできまい」
劉繇
(りゅうよう)


「さよう。私が見出した樊能や于糜を素手で殺したなどという妄言も収まるでしょう」
許劭
(きょしょう)


「妄言ではない! 私は兵たちに確かめた。彼らは本当にそれを見たのだ」
太史慈
(たいしじ)


「ええい! いつまで臆病風に吹かれて幻を見ているのだ!
お前がいたら我が軍の士気が下がる。偵察にでも出ていろ!」
張英
(ちょうえい)


「はっ…………」
太史慈
(たいしじ)



曲阿 孫策軍



「3万の兵で亀みてェに城にこもられちゃあ、さすがになんにもできやしねェな」
孫策
(そんさく)


「先の大勝利で多くの敵兵が降伏しましたが、まだまだ敵との兵力差は大きいですな」
朱治
(しゅち)


「挑発しておびき寄せようとしているのだが、なかなか上手く行かないぞ」
張紘
(ちょうこう)


「ここであれこれ考えててもしかたねェや。ちょっくら城の裏手に回って、隙でもねェか見てくるぜ」
孫策
(そんさく)


「殿! お一人で行かれては危険です!」
黄蓋
(こうがい)


「まったく落ち着きのない……早く連れ戻せ!」
張昭
(ちょうしょう)


「ふーん。どこの城壁も手入れが行き届いてんな。さすがは皇族サマ、金があるんだろうよ」
孫策
(そんさく)


「!? まさか……あれは孫策! こんな所で出くわそうとは偵察に来ていた甲斐があったぞ。
孫策! 私と勝負だ!」
太史慈
(たいしじ)


「あぁん? 誰だか知らねェが、オレの前に立つなら死ぬ覚悟はできてんだろうな!」
孫策
(そんさく)


「笑止! この双槍に対して徒手空拳では近づけまい!」
太史慈
(たいしじ)


「やるじゃねェか! だが馬を狙ったらどうなるかな!」
孫策
(そんさく)


「うおおっ!? 素手で私の馬を……だが!」
太史慈
(たいしじ)


「チッ。こいつ馬から降りても強ええじゃねェか!」
孫策
(そんさく)


「やはり地上戦では孫策に分があるか……ッ」
太史慈
(たいしじ)


「旦那様! ご無事ですか!」
程普
(ていふ)


「来んな程普! これはオレとこいつのケンカだ!」
孫策
(そんさく)


「そういう訳にはいかぬ! 貴様、殿から離れろ!」
黄蓋
(こうがい)


「ここまでか……孫策、勝負は後日に預けたぞ!」
太史慈
(たいしじ)


「邪魔が入っちまって悪ィな。おい、お前の名は?」
孫策
(そんさく)


「我が名は太史慈! 名乗り遅れた非礼を許せ」
太史慈
(たいしじ)


「孫策どん! ケガはないでごわすか?」
蒋欽
(しょうきん)


「タイシジか……。へへっ。久々に骨のある相手だったぜ」
孫策
(そんさく)



曲阿

笮融
(さくゆう)
薛礼
(せつれい)

邪教の教祖

劉繇の家臣


「なんと! 孫策と一騎討ちしておきながら、おめおめと逃げ帰ってきたのか!」
張英
(ちょうえい)


「面目ない。だがあの男、私が望めばまた一騎討ちに応じるだろう。
その時には必ず首を挙げてみせる」
太史慈
(たいしじ)


「総大将が一騎討ちに応じる? 何をバカなことを。お前は夢みたいな話ばかり――」
劉繇
(りゅうよう)


「……孫策ごときにいつまで手こずっているのだ劉繇」
笮融
(さくゆう)


「キャーー笮融様!」
薛礼
(せつれい)


「……聞けば孫策という男、素手で戦ったり、一人で偵察に出たりと大胆不敵な性格。
……うかつに独りきりになったところを襲えばよいではないか」
笮融
(さくゆう)


「し、しかし皇族に連なる私が、そのような卑怯な手を使うわけには……」
劉繇
(りゅうよう)


「……そのために我が来たのだ。すでに手は打った。孫策は我の手の者が討つ」
笮融
(さくゆう)


(さすが笮融様、なんて手際がよろしいのかしら……)
薛礼
(せつれい)



揚州(ようしゅう)西部

于茲
(うじ)

周泰
(しゅうたい)

笮融の腹心 暗殺者

孫策の護衛


「こっちだ孫策、この丘からなら城の中までよく見えるぞ」
孫静
(そんせい)


「ほーう。丸見えだなこりゃ」
孫策
(そんさく)


(太史慈に襲われたばかりだというに、また三人きりで行動とは愚かな……)

于茲
(うじ)


「む……。殿、気をつけろ。誰かいる」
周泰
(しゅうたい)


「気づいたか。だが遅い! シャアアアアッ!!」

于茲
(うじ)


「ぐああっ!」
孫策
(そんさく)


「シャアアアアッ! シャアアアアッ!」

于茲
(うじ)


「ぐううっ!! き、貴様……」
周泰
(しゅうたい)


「まだ動けるのか。しぶとい奴め! シャアアアアッ!」

于茲
(うじ)


「がああっ! と、殿にはこれ以上、指一本触れさせぬ。ぐぬぅぅぅぅ!!」
周泰
(しゅうたい)


「わ、私の爪が喰い込んで外れぬ。や、やめろ。ギャアアアア!!」

于茲
(うじ)


「孫策! 周泰! 大丈夫か!」
孫静
(そんせい)


「この爪には猛毒が塗ってある……。もはや助かるまい……グボォッ」

于茲
(うじ)



曲阿(きょくあ) 孫策軍




「ああ……また旦那様を亡くしてしまうなんて……」
程普
(ていふ)


「ちきしょう! ちきしょおおおおう!!」
韓当
(かんとう)


「くっくっくっ。孫策軍め、身も世もなく泣き崩れておるわ。
さあ、葬列を襲って孫策の死体を奪ってやれ!!」
張英
(ちょうえい)


「うおおお! 笮融様バンザーイ!」
薛礼
(せつれい)


「今だ! 撃てッ!!」
黄蓋
(こうがい)


「な、なに! 反撃してきただと。だが孫策のいない敵など烏合の衆だ。蹴散らしてやれ!」
張英
(ちょうえい)


「へーえ。誰がいねェんだって?」
孫策
(そんさく)


「そ、孫策!?」
張英
(ちょうえい)


「てめェらが襲ったのは、ありゃオレの影武者だ。
周泰が影武者とは思えねェくらい必死に守ったから、すっかり騙されやがったな。
城から出てきたてめェらなんか怖くもなんともねェぜ」
孫策
(そんさく)


「さ、笮融様の秘策が失敗するなんて……」
薛礼
(せつれい)


「影武者の仇は取らせてもらうぜ!」
孫策
(そんさく)


「ぎゃあああ! 笮融様バンザーイ!」
薛礼
(せつれい)


「ば、バカな! そんなバカな!」
張英
(ちょうえい)


「待て! 首を寄越すでごわす!」
蒋欽
(しょうきん)


「うぎゃああああああっ!!」
張英
(ちょうえい)



曲阿



「生きていた張英が我が軍に殺され、影武者が降伏しただと?」
劉繇
(りゅうよう)


「生きていた孫策に張英が殺され、我が軍の兵のほとんどが降伏した、だ」
太史慈
(たいしじ)


「……勝負あったな劉繇。
……我は逃げるぞ。達者でな」
笮融
(さくゆう)


「ああっ笮融! お前まで私を見捨てるのか……」
劉繇
(りゅうよう)


「私が殿軍を務める。いまのうちに逃げられよ」
太史慈
(たいしじ)


「ど、どこに逃げればよいのだ。暖かい寝床はあるのか? うまい食べ物は?」
劉繇
(りゅうよう)


「そんなものは知らぬ! 私の最大の過ちは劉繇、お前に仕えたことだ。
……太史慈よ、お前の言葉を信じなかった我々が愚かであった。
孫策がこれほどの男だとはな」
許劭
(きょしょう)


「いや、そんなことはどうでもよい。貴殿も早く逃げるのだ」
太史慈
(たいしじ)


「劉繇に仕えた私の目など当てにはならんだろうが太史慈、見たところお前の命運はまだ尽きておらん。
命を粗末に散らすでないぞ」
許劭
(きょしょう)


「……わかった」
太史慈
(たいしじ)


「ああ……私はどうすれば…………」
劉繇
(りゅうよう)



曲阿 城門前



「殿! 曲阿にこもっていた劉繇軍は大半が離散したようです。
あとは味方を逃がすために残った、あの一軍だけですな」
黄蓋
(こうがい)


「今や数万の大軍にふくれ上がったオレたちに、あれっぽっちで立ちふさがるなんて根性のある奴だぜ。
あの軍を率いているのはきっと……」
孫策
(そんさく)


「孫策! もはや逃げも隠れもせぬ。私と一騎討ちしろ!」
太史慈
(たいしじ)


「やっぱりおめェだったか太史慈!」
孫策
(そんさく)


「私が敗れれば後ろにいる兵は全員降伏する。だが私が勝ったら、全員を逃してやってくれ」
太史慈
(たいしじ)


「どっちにしろ、配下は生き残らせてェってことか。わかった、その条件でいいぜ!」
孫策
(そんさく)


「孫策殿! このようなバカげた一騎討ちなどワシは認めんぞ!」
張昭
(ちょうしょう)


「いいや、オレは認めるぜ! うおぉぉぉぉ!!」
孫策
(そんさく)


「ぬうぅぅぅぅん!!」
太史慈
(たいしじ)



呉(ご)

厳白虎
(げんはくこ)
王朗
(おうろう)
虞翻
(ぐほん)

呉の太守

会稽の太守

王朗の腹心



「孫策軍5万が向かってきているだと!? た、たしか最初は3千ほどではなかったのか」
厳白虎
(げんはくこ)


「そうでゲス。降伏した劉繇軍や、付近の豪族を次々と加えてそこまで増えたでゲス」
虞翻
(ぐほん)


「人々は孫策を『江東の小覇王』ともてはやしているそうだ」
王朗
(おうろう)


「ご、5万の敵となど戦えるものか! 俺は孫策と和睦するぞ!」
厳白虎
(げんはくこ)


「俺は逃げぬ。会稽(かいけい)を陛下に任されたのだ」
王朗
(おうろう)


「あいかわらず王朗殿は真面目でゲスなあ」
虞翻
(ぐほん)


「そ、そうか。ならばもはやお前と会うことはあるまい。孫策に殺されても知らんからな!」
厳白虎
(げんはくこ)



呉西部 孫策軍



「厳白虎が和睦を申し出てきた?」
孫策
(そんさく)


「厳白虎様といえば『東呉の徳王』を名乗り、圧政を布いていると聞きます」
程普
(ていふ)


「さんざん民を苦しめておいて、いざとなったら真っ先に和睦か。典型的な小者だな」
呂範
(りょはん)


「まあまあそう言うなよ。ここに通してやんな、オレが話を聞いてやんぜ」
孫策
(そんさく)


「……殿が何か企んでいる顔をしているように思えるのは、私の気のせいですかな」
朱治
(しゅち)



呉西部 孫策軍




「がっはっはっ。さすがは今をときめく小覇王殿! 話がわかりますなあ」
厳白虎
(げんはくこ)


「そういうアンタも面白い男だな。気に入ったぜ」
孫策
(そんさく)


「いやいや孫策殿にはかなわぬ。これからも対等な付き合いをよろしく頼みますぞ」
厳白虎
(げんはくこ)


「対等?」
孫策
(そんさく)


「がっはっはっ。……へ?」
厳白虎
(げんはくこ)


「へーえ。アンタとオレは対等なのか。そりゃ驚いた」
孫策
(そんさく)


「そ、孫策殿……?」
厳白虎
(げんはくこ)


「オレはアンタの十倍近い5万もの大軍を持ってるし、民を苦しめたこともねェ。
そんなオレとアンタが対等なのか」
孫策
(そんさく)


「そ、それは……」
厳白虎
(げんはくこ)


「はっはっはっ! 冗談だよ冗談。
なんせアンタは身の程知らずにも降伏じゃなくて、和睦を申し出てきたんだ。
劉繇を倒したおかげで、江東の豪族はほとんどがオレに降ったが、
会稽の王朗はアンタよりも兵が少ないのに、職務を守って抵抗してやがる。
一方アンタは保身のために我先にと和睦だってよ。立派なもんだぜ。
戦えば一瞬でオレが勝つけども、同盟相手なんだからそりゃ対等な立場だよなあ」
孫策
(そんさく)


「が、がはは……」
厳白虎
(げんはくこ)


「ところでアンタは、見かけによらず俊敏なんだってな。たとえば何ができんだ?」
孫策
(そんさく)


「た、たとえばそうですな、飛んできた矢を、こうサッとかわすことができます!」
厳白虎
(げんはくこ)


「そいつぁすげェ! じゃあ矢じゃなくて短剣でもかわせんのか?」
孫策
(そんさく)


「もちろんですとも!」
厳白虎
(げんはくこ)


「試してやらァ」
孫策
(そんさく)


「ごほぉぉぉっ!?」
厳白虎
(げんはくこ)


「なんでェ。かわせなかったじゃねェか。おい、死体を片付けといてくんな」
孫策
(そんさく)


「孫策殿……なんと趣味の悪い……」
張昭
(ちょうしょう)


「こいつほどじゃねェよ。さあて、あとは王朗をどうにかすりゃあ、敵はいなくなんな。
王朗は立派な野郎だから殺したくねェ。手加減して攻撃してよ、どうにか降伏させてくんな」
孫策
(そんさく)


「王朗殿の説得は私に任せるのだぞ」
張紘
(ちょうこう)





かくして孫策は快進撃で江東を制した。
その頃、張飛のもとに身を寄せた呂布に、思いもせぬ波乱が待ち受けていた。
流浪の主従に安息の時は訪れないのか?




〇二三   裏切りの呂布