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三 国 志

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〇二四   宛城の戦い





洛陽(らくよう)の都



「陛下、あちこちご案内しましたが、いかがでしたか」
曹操
(そうそう)


「ああ、お前のおかげで良い経験ができた。
玉座に座っているだけでは、何も見えないのだとよくわかったよ。
それでな、曹操。朕にすこし考えがあるのだが」
献帝
(けんてい)


「お伺いしましょう」
曹操
(そうそう)


「洛陽を出て、新たに別の所に都を構えたいのだと思うのだ」
献帝
(けんてい)


「なるほど。洛陽は董卓に焼き払われたせいで、都として十分に機能していません。
遷都するのはよいお考えでしょう」
曹操
(そうそう)


「賛成してくれるか!
……だがいいのか? 朕の見たところ、お前は洛陽に思い入れがあるようだが」
献帝
(けんてい)


「!
……驚きました。確かに僕は洛陽に特別な思いを抱いています。
しかし、歴史ある洛陽で生まれ育った陛下が遷都しようというのに、反対する気はありません」
曹操
(そうそう)


「そうか。
ところで遷都を言い出しておいて情けない話だが、どこに移せばよいか朕にはわからぬ。
曹操が良いと思う所を挙げてくれないか」
献帝
(けんてい)


「それならば許昌(きょしょう)が良いでしょう。
洛陽にもほど近く、交通の要衝でもあります」
曹操
(そうそう)


「わかった。お前の思うように進めてくれ」
献帝
(けんてい)



寿春(じゅしゅん)



「……それで呂布軍に出くわしておめおめと逃げ帰ってきたザンスか」
袁術
(えんじゅつ)


「精強な呂布軍を相手に万一のことがあってはならないと考え、苦渋の決断を下しました」
楽就
(がくしゅう)


「苦渋の決断ねえ……」
陳蘭
(ちんらん)


「呂布軍が出てきたのは不測の事態でした。
それに徐州(じょしゅう)を占領した呂布は、我々に和睦を申し出てきました。
呂布といたずらに事を構えなかった楽就殿の判断は正しかったと思います」
周瑜
(しゅうゆ)


「フン。まあいいザンス。
徐州を手に入れるよりもっとビッグなことをミーは考えているザンスから」
袁術
(えんじゅつ)


「と、おっしゃられますと?」
周瑜
(しゅうゆ)


「江東(こうとう)を落としたミーの勢いはまるで飛龍のようザンス。
それに皇帝の証である玉璽(ぎょくじ)はミーのもとにあるザンス。
これは天がミーにもっと輝けとささやいてるに違いないザンス!」
袁術
(えんじゅつ)


「まさか……」
周瑜
(しゅうゆ)


「漢の世は終わったザンス!
これからはミーが『仲(ちゅう)』の国を建国し、皇帝として君臨するザンス!」
袁術
(えんじゅつ)


「おお! そりゃすげえ! ってことは俺たちは官軍ってわけだな!」
雷薄
(らいはく)


「袁術皇帝バンザーーイ!」
楽就
(がくしゅう)


「………………」
周瑜
(しゅうゆ)



宛城(えんじょう)

鄒氏
(すうし)

張繍の伯母。未亡人



「わかった、君たちの降伏を受け入れよう。
陛下をお守りする僕に歯向かわなかった判断は賢明だ」
曹操
(そうそう)


「はい。今後は陛下と曹操殿のお力になりましょう」
張繍
(ちょうしゅう)


「期待しているよ」
曹操
(そうそう)


「うっふ~ん。曹操様ぁ~ん。お話が終わったならアタシと遊びましょ~ん」
鄒氏
(すうし)


「ああ、今行くよ」
曹操
(そうそう)


「ぐぬぬ……」
張繍
(ちょうしゅう)



宛城 張繍邸



「曹操め! あの清らかな鄒氏の伯母上をたぶらかすとはッ!」
張繍
(ちょうしゅう)


「……小生には鄒氏殿のほうが誘惑していたように見えたのは気のせいかな」
賈詡
(かく)


「いっそのこと殺してやりたいところだが……。
しかし大軍を擁する曹操とは戦えない。それに陛下に歯向かえば逆賊にされてしまう」
張繍
(ちょうしゅう)


「本気で曹操を討つ気ならば、手はあるぞ」
賈詡
(かく)


「ほ、本当か!?」
張繍
(ちょうしゅう)


「しかし曹操を討てば後戻りはできんぞ。
曹操の後釜となり、陛下を擁立し、天下に覇を唱える覚悟がおありかな?」
賈詡
(かく)


「そ、そこまでは……」
張繍
(ちょうしゅう)


「あっはぁ~ん。うっふ~ん。曹操様ぁ~ん」
鄒氏
(すうし)


「こ、ここまで鄒氏の声が……おのれ曹操!
やってやる! 俺はやってやるぞ賈詡よ!!」
張繍
(ちょうしゅう)


(張繍殿ではいささか心もとないが、やむをえんか。
あの曹操の首を挙げられる好機を逃す手はあるまい……)
賈詡
(かく)



宛城 曹操陣営

曹昂
(そうこう)
曹安民
(そうあんみん)

曹操の長子

曹操の甥



「あっはぁ~ん。うっふ~ん」
鄒氏
(すうし)


「…………」
曹昂
(そうこう)


「おやおや曹昂、顔が赤いですよ。お坊ちゃんにこの声は刺激が強すぎるかな?」
曹安民
(そうあんみん)


「子供扱いするな!
しかしこうも昼夜を問わずやられていると……」
曹昂
(そうこう)


「はっはっはっ。曹操様はすっかり鄒氏にぞっこんだからな」
曹安民
(そうあんみん)


「……ぼくには鄒氏が父上にぞっこんに見えるのは気のせいだろうか」
曹昂
(そうこう)


「曹昂にはまだ男女の機微がわからないのだよ」
曹安民
(そうあんみん)


「おいアンミン。ザボるんじゃねえぞ。ぢゃんど見回りじろ」
典韋
(てんい)


「はいはいわかってるよ。典韋は真面目だなあ。
でもさあ、こんなに物々しく警備する必要があるの?
誰が今の曹操様に歯向かうって言うのさ?」
曹安民
(そうあんみん)


「いいがら見回れ! ゴジャジを見習うんだ」
典韋
(てんい)


「…………」
胡車児
(こしゃじ)


「きみが最近、典韋の配下になった胡車児か」
曹昂
(そうこう)


「ハイ」
胡車児
(こしゃじ)


「ゴジャジはあんまり中国語がわがらねえ。でもアンミンと違っで真面目だ」
典韋
(てんい)


「典韋にはかなわないなあ。
今夜の夜警は俺たちが当番だったよな。胡車児、頼りにしてるよ」
曹安民
(そうあんみん)


「ハイ。
……典韋サマ、ゴハンデス」
胡車児
(こしゃじ)


「おお、いつもずまんなゴジャジ。飯食っで力たぐわえるぞ!」
典韋
(てんい)



宛城 夜




「……とはいえ、死ぬほど平和な夜だなあ。
いちおう曹一族の俺が夜警なんてする必要があるのかね」
曹安民
(そうあんみん)


「曹安民殿」
張繍
(ちょうしゅう)


「はいはい?」
曹安民
(そうあんみん)


「死ねッ!」
張繍
(ちょうしゅう)


「!? あ、があああっ……」
曹安民
(そうあんみん)


「よし、見回りは片付けた。曹操の屋敷に突入するぞ!」
張繍
(ちょうしゅう)



宛城 曹操邸




「ゴジャジ……。毒を……。盛っだな……」
典韋
(てんい)


「ハイ」
胡車児
(こしゃじ)


「おでを騙じでだのが……。ゾウゾウだま……」
典韋
(てんい)


「首尾よく行きましたな。典韋が死ねば曹操は丸裸も同然だ」
賈詡
(かく)


「張繍!! 貴様……よくも裏切ったな!」
曹昂
(そうこう)


「何を言うか! 天女のように清純な鄒氏の心を弄んだ罪を償うがいい!」
張繍
(ちょうしゅう)


「……突っ込むのはやめておこう。胡車児、曹昂殿と遊んで差し上げなさい」
賈詡
(かく)


「ハイ」
胡車児
(こしゃじ)


「邪魔をするな!
父上! 反乱です! 早くお逃げ下さい!」
曹昂
(そうこう)


「聞こえているよ曹昂君」
曹操
(そうそう)


「曹操が現れたぞ! 矢を射かけ――いや、やめろ! 撃つな!」
張繍
(ちょうしゅう)


「んもう~。曹操様を撃つなんてダ・メ・よ張繍ったら」
鄒氏
(すうし)


「き、貴様! 鄒氏の汚れなき柔肌を盾に使うとは卑怯な!」
張繍
(ちょうしゅう)


「……鄒氏君が僕をかばってくれているように見えるのは気のせいかな。
まあいい、僕は裏口から逃げるから後は任せたよ。
典韋君、早く起きたまえ。そんな所で寝ている場合かい?」
曹操
(そうそう)


「父上、典韋はもう……」
曹昂
(そうこう)


「…………ゾウゾウだま!」
典韋
(てんい)


「!?」
胡車児
(こしゃじ)


「いいか典韋君、この線だ。この線から先に敵を一歩も通すな」
曹操
(そうそう)


「わがっだ!!」
典韋
(てんい)


「あ、相手は死にぞこないとガキだ! 押しつぶせ!」
張繍
(ちょうしゅう)


「させるかあああッ!」
曹昂
(そうこう)


「ぬおおおおおおおお!!」
典韋
(てんい)


「やれやれ。これが死にぞこないとガキの戦いかね。
とても突破できそうにないぞ。張繍殿、屋敷の裏に回るのだ」
賈詡
(かく)


「あ、ああ」
張繍
(ちょうしゅう)



宛城 曹操邸 裏口




「なに? 曹操は裏口から出てきていないだと?
ならばまだ屋敷の中にいるのだな。曹操! 覚悟しろ!」
張繍
(ちょうしゅう)


「あらぁ~ん。張繍、どうしたのそんなにあわててぇ~ん」
鄒氏
(すうし)


「お、伯母上。曹操はどこに行きましたかな?」
張繍
(ちょうしゅう)


「曹操様なら寝室に作らせた抜け穴から逃げたわよ~ん」
鄒氏
(すうし)


「抜け穴だと……。あの野郎、そんな用心をしておったのか!」
張繍
(ちょうしゅう)


「そんなことより張繍~ん。アタシと遊んでいかな~い?」
鄒氏
(すうし)


「よ、喜んで! ……いやいや、今はそんな場合ではない。
抜け穴を探せ! 曹操を逃がすな!」
張繍
(ちょうしゅう)



宛城 東




「ダンナ、おケガはねえかい」
于禁
(うきん)


「ああ、よく来てくれたね。曹昂君と典韋君、それに鄒氏君のおかげで助かったよ」
曹操
(そうそう)


「鄒氏のおかげで?
……ああ、屋敷に火の手が上がっちまったぜ」
于禁
(うきん)


「曹昂君だな……。張繍君が抜け穴を見つけたのを知り、追撃させないように火をかけたんだ」
曹操
(そうそう)


「ダンナ! おれっちだけでも曹昂の加勢に行かせてくんな!」
于禁
(うきん)


「いや、もう遅いよ。せっかく曹昂君と典韋君が時間を稼いでくれたんだ。
君まで犠牲にはできない。早くここを離れよう」
曹操
(そうそう)


「チッキショウ……」
于禁
(うきん)


(戯志才、曹昂、典韋……。君たちが稼いでくれた僕の時間は大切に使うよ)
曹操
(そうそう)





かくして曹操は息子と腹心の犠牲により窮地を脱した。
しかし曹操の前には多くの敵が立ちはだかろうとしていた。
そして最強の男との決戦も、間近に迫りつつあった。




〇二五   呂布、最後の戦い 前編