アイコン
三 国 志

トップページに戻る

〇三七   小覇王の死





呉(ご)

華歆
(かきん)

孫策の謀臣



「官渡(かんと)の戦いで袁紹を破った曹操は、追撃をかけずにそのまま都へと引き上げたそうじゃ」
張昭
(ちょうしょう)


「兵糧を失った袁紹軍は大半の兵が脱走したり、曹操に降伏したそうだぞ。
袁紹は敗戦の失意から立ち直れず、病の床についたと聞くぞ。
もう曹操は手を下す必要はないぞ。待っていれば袁紹軍は勝手に瓦解するぞ」
張紘
(ちょうこう)


「しかし曹操にしては消極的な作戦でゲス。戦勝の勢いをかって、一息に押し潰せばいいのに」
虞翻
(ぐほん)


「それは逆だ。曹操が攻め寄せれば、追い詰められた袁紹軍は結託して抵抗する。
曹操はそれを恐れているに違いない」
華歆
(かきん)


「フッ。曹操は袁紹が死ぬのを待っているのだろう。
彼らは幼なじみだという。曹操は我々ほど袁紹を甘く見ていないのだ。
坐していれば袁紹が死ぬのなら、それに越したことはない」
周瑜
(しゅうゆ)


「じゃが袁譚(えんたん)、袁煕(えんき)の大軍はそっくり残っておる。
彼奴らはそれぞれ東西の戦線を担当していたから、兵糧も失っていない。
それを放置したまま引き上げるとは、まったく曹操は何を考えているのやら――」
張昭
(ちょうしょう)


「聞いてくりゃいいじゃねェか」
孫策
(そんさく)


「は?」
張昭
(ちょうしょう)


「ここでぎゃーぎゃー議論してるヒマがあったらよ、
誰か都に行って曹操に聞いてくりゃいいじゃねェかっての」
孫策
(そんさく)


「それはごもっともだぞ。直接聞くのは無理でも、都なら情報も集まるぞ。
名目は孫策殿に官位を与えてくれと、献帝陛下にお願いすることでいいぞ。
どれ、私が行ってくるぞ」
張紘
(ちょうこう)


「それなら私もおつれください! 宮中に上がるのが夢でした」
華歆
(かきん)


「おう、行ってこい」
孫策
(そんさく)


「都とはいえ敵地に乗り込むのを、散歩に行くかのように言いおって……。
孫策殿もお前たちもまったく!」
張昭
(ちょうしょう)



呉郡(ごぐん)

許貢
(きょこう)
于吉
(うきつ)
呉沌
(ごとん)

呉郡の太守

仙人

許貢の配下



「皆の者、干ばつに苦しむのは今日までだ! 于吉大仙人が雨を降らしてくださるぞ!」
許貢
(きょこう)


「アブラカタブラピンポンパンノポンキッキ……ビビデバビデブー!」
于吉
(うきつ)


「見よ! 雨だ! 雨が降ってきたぞ! 于吉様の力を思い知ったか!
さあ、于吉様にお礼のお布施をするのだ! はっはっはっはっはっ!」
許貢
(きょこう)


「そこまでだ! お前たち、淫祀邪教を広めたかどで逮捕する」
朱治
(しゅち)


「な、なんと? これは言われのないことを。
于吉様は善意から雨を降らし、人々は善意からお布施をしているだけですよ?
それに人々のためになることをしているのに、淫祀邪教とは言いがかりです!」
許貢
(きょこう)


「江東ではお前たちの信者がはびこり、于吉にお布施は払っても税金は払わない者が急増している。
お前たちは治安を乱しているのだ」
朱治
(しゅち)


「それはいけませんなあ。信者の方々には私から納税もするよう言い含めておきましょう」
許貢
(きょこう)


「信者にはお布施と納税を要求し、自分たちは私腹を肥やすのか。
言い訳はたくさんだ。お布施は没収し、教団には解散してもらう」
朱治
(しゅち)


「こ、これは権力の横暴だ! 信者の皆さん、こんなことが許されるのですか!?」
許貢
(きょこう)


「……我々を取り囲んでなんのつもりだ?」
朱治
(しゅち)


「いいえ、何もいたしません。
ですが于吉様の仙術が、たとえばあなたの身に災いを起こすかも知れませんなあ」
許貢
(きょこう)


「……我々を皆殺しにして、それを于吉の呪いによるものと偽るのだな」
朱治
(しゅち)


「スーイスーイスーダララ……ギッチョンチョンノパーイパイ」
于吉
(うきつ)


「手ぬりィよ朱治」
孫策
(そんさく)


「こ、これは孫策様。御自ら出てこられるとは」
朱治
(しゅち)


「仙人とやらがいるなら、ぜひ見てみてェと思ってな。
でもがっかりだぜ。こんな真っ黒な曇り空じゃ、于吉がなんもしなくたって雨くらい降らァな。
朱治を呪い殺すのかと思ったら、信者どもは武器を片手に忍び寄ってるしよ」
孫策
(そんさく)


「そ、孫策様が出てきたのなら話は早い。今すぐ兵を引き上げてください。
さもなくば、孫策様にも于吉仙人の呪いが――」
許貢
(きょこう)


「ふーん」
孫策
(そんさく)


「がああああっ!?」
許貢
(きょこう)


「ほれ于吉、仙術とやらでこの許貢の生首を、胴体に元通りくっつけてみろや。
太守の任を忘れて、民をいじめて金儲けすることしか考えてねェバカの首をよ」
孫策
(そんさく)


「オ……オッペケペッポーペッポッポー……アジャラカモクレン」
于吉
(うきつ)


「てめェらが劉繇(りゅうよう)んとこにいた笮融(さくゆう)の指示で動いてんのは知ってんだよ。
笮融の居場所を吐け。そしたら見逃してやんよ」
孫策
(そんさく)


「ナ……ナンジャラモンジャラ……ホニャラカピー!」
于吉
(うきつ)


「うるせェよ」
孫策
(そんさく)


「ぎゃあああああ!!」
于吉
(うきつ)


「見たかおめェら! こいつは仙人でもなんでもねェよ。
オレの手刀で死んじまう、ただのジジイだぜ。おめェらは騙されてたんだよ!」
孫策
(そんさく)


「そ……孫策様、すこし強引ではありませんか?」
朱治
(しゅち)


「こうやってさっさと片付けちまえば、笮融のヤローはあわてて逃げ出す。
あわてればどこに隠れてようと尻尾を出すだろうよ」
孫策
(そんさく)


「そ、そうですな。ではすぐに笮融を探す手配を――」
朱治
(しゅち)


(おのれ孫策……許貢様と于吉様の仇!)
呉沌
(ごとん)


「ぐうっ!?」
孫策
(そんさく)


「孫策様!?」
朱治
(しゅち)


「矢でオレを狙ってやがったか……。
やべえ、毒矢だぜこいつは……」
孫策
(そんさく)


「げ、下手人を探せ! い、いやそれより先に孫策様の手当てだ!」
朱治
(しゅち)



董襲
(とうしゅう)
孫権
(そんけん)

孫策の家臣

孫策の弟



「だから軽挙妄動を慎めとワシは常日頃から言っておったのだ!
なぜ孫策殿が自ら出ていったのだ!」
張昭
(ちょうしょう)


「そう怒鳴るなよ……背中の傷口に響くだろうが……。
オレは笮融に殺されかけてんだ。そん時は影武者が代わりに死んじまった。
だからオレ自ら仕返ししなきゃ気が済まなくてよォ……」
孫策
(そんさく)


「たかが影武者の仇討ちに、主君が乗り出すとは……。まったく!」
張昭
(ちょうしょう)


「孫策様を撃った者は捕らえました。
拷問して笮融の潜伏場所も吐かせましたので、じきに笮融も捕まるでしょう」
董襲
(とうしゅう)


「そうか。オレのしたことが無駄にならなくてよかったぜ……。
ところでおい、周瑜はいるか?」
孫策
(そんさく)


「ここだ。孫策、お前まさか目が……」
周瑜
(しゅうゆ)


「いや、見えてるぜ。ただよォ、おめェらの顔が全員、于吉に見えるんだ」
孫策
(そんさく)


「孫策……!」
呂範
(りょはん)


「ははっ。やべえな……アイツ、本当に妖術師だったんじゃねェか?
呪いだけはマジで使えたんかもな……」
孫策
(そんさく)


「そ、孫策しっかりしろ! いま名医の華佗(かだ)を探しているんだ」
周瑜
(しゅうゆ)


「おっ。おめェがあわててるとこは初めて見るな。ケガして良かったぜ。
そうだ、華佗はいいから孫権のヤツを呼んでくれ。すぐにだ」
孫策
(そんさく)


「兄貴、オレならここにいるよ」
孫権
(そんけん)


「ああ、そのちょっと若い于吉がおめェだったか。
おめェ、まだ19歳だったよな。オレが袁術に兵を借りて、決起したのが20歳んときだ。
それよりゃ1つ若いけど、おめェはオレよりしっかりしてるから大丈夫だ」
孫策
(そんさく)


「なんだそりゃ。ひょっとして遺言なのか兄貴?」
孫権
(そんけん)


「!」
程普
(ていふ)


「おう、遺言だ。ははっ。やっぱりおめェはすげえや。
オレが死ぬってのにぜんぜん動じてねェな。驚いてねェのか?」
孫策
(そんさく)


「オヤジがいきなり死んだ時には驚いたけどよ。
兄貴は矢で撃たれてるし、こうして寝込んでるじゃねェか。
ああ、やっぱりって感じだな」
孫権
(そんけん)


「聞いたかみんな? 権はたいした大物だぜ!
これなら心配いらねェや。オレよりもっといい当主になれそうだ……」
孫策
(そんさく)


「そ、孫策殿! 何を弱気なことを!
孫策殿には教えなければならぬことが、まだ700はあるのだぞ!」
張昭
(ちょうしょう)


「700もあんのか。そりゃだりィな……。
そいつぁ、代わりに権に教えてくんな」
孫策
(そんさく)


「えー。マジかよ兄貴」
孫権
(そんけん)


「そいつも含めておめェには苦労をかけるな……。
長生きしろよ、権。オヤジやオレを見てわかったろ? 早死にされると、こんなに迷惑なんだ」
孫策
(そんさく)


「本当だよ。勘弁してくれよな」
孫権
(そんけん)


「周瑜、張昭。後はおめェらが中心になって、まあなんとかしてくれや。
700の続きは、あの世で聞くからよ。先に待ってんぜ張昭……」
孫策
(そんさく)


「孫策殿……。必ずや、必ずや!」
張昭
(ちょうしょう)


「私の命に替えても孫家を守ってみせる!」
周瑜
(しゅうゆ)


「頼もしいこった。きっとオヤジも、こんな気持ちで死んだんだろうな……。
なーんも、心配いらねェや……」
孫策
(そんさく)


「旦那様!」
程普
(ていふ)


「艦長!」
韓当
(かんとう)


「殿…………」
黄蓋
(こうがい)


「…………馬鹿野郎が」
太史慈
(たいしじ)


「兄貴、任されたぜ。まあ、なんとかして見せるよ。
……だりィけどな」
孫権
(そんけん)



江夏(こうか)

甘寧
(かんねい)

黄祖の配下



「……どうにか振り切ったか。集合場所はここだな」
笮融
(さくゆう)


「あんたが笮融か? ご苦労だったな」
蘇飛
(そひ)


「……孫家の兵に追われている。安全な隠れ場を提供してくれ」
笮融
(さくゆう)


「わかった。一番安全な所につれていってやれ、甘寧」
蘇飛
(そひ)


「ウェ~イ。あの世行きだー!!」
甘寧
(かんねい)


「!? …………ば、馬鹿な……」
笮融
(さくゆう)


「さすが劉表(りゅうひょう)様だな。
うさんくさい教祖と組んで大丈夫かと思ったが、まさか孫策を殺してくれるとは。
利用価値がなくなったら、あっさり笮融も殺しちまうってのもさすがだ」
蘇飛
(そひ)


「………………」
黄祖
(こうそ)


「でも孫策が待ってるあの世じゃさー、一番安全とは言えなくね?」
甘寧
(かんねい)


「黙れ。帰るぞ」
黄祖
(こうそ)


「はい。笮融の首は国境線で捕らえたと言って、孫家に送っておきます。
これで孫家の目をごまかせればいいがな……」
蘇飛
(そひ)





かくして孫策もまた父・孫堅と同じく短い生涯を閉じた。
後を継いだ孫権は弱冠19歳。孫家の行く末に待つのは闇か、それとも光か?
新当主・孫権は早くも決断を迫られていた。




〇三八   孫権の船出