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三 国 志

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〇四一   北へ





并州(へいしゅう)




「逆賊め! この馬超の正義に熱く燃える槍を受け止められると思ったか!」
馬超
(ばちょう)


「ぐおわああああっ!!」
郭援
(かくえん)


「若、お見事だ」
龐徳
(ほうとく)


「フン、呂布の再来などと言うからどれほどの物か楽しみにしていたが、ただの雑魚であったぞ。
これでは呂布も噂ほどではないな!」
馬超
(ばちょう)


(郭援が噂ほどではなかっただけだろうな)
杜畿
(とき)


「この勢いをかって袁煕、袁尚の首を挙げる! ついて参れ!」
馬超
(ばちょう)


「いいえ若、それは曹操の役目だ。我らの働きは郭援を討つだけで十分。
そうだろう杜畿殿?」
龐徳
(ほうとく)


「んー。まあ、そりゃそうだな」
杜畿
(とき)


「なんと歯がゆいことだ! 中途半端にしか戦えず馬超の槍は哭いているぞ!」
馬超
(ばちょう)


(あれだけ出陣を渋っていたのに、それにしてもこの男ノリノリですね。
――馬騰が退き、馬超の代になった時、彼が我々に従うのか、今から不安ですね……)
張既
(ちょうき)



青州(せいしゅう)




「ま、待て! 見逃してくれれば褒美を与えるぞ。悪い話じゃないだろう? なあ?」
袁譚
(えんたん)


「見苦しいなアンタ。死んどけよ」
曹純
(そうじゅん)


「ぎゃあああああっ!!!」
袁譚
(えんたん)


「袁譚は討ち取った! 命が惜しい奴は降伏しな!」
曹純
(そうじゅん)


「こ、こ、こ、降伏しよう! 私は今すぐ降伏するぞ! 降伏するとも!」
郭図
(かくと)


「アンタはもっと見苦しいな。殺してえとこだけど、降伏する奴を斬るのも――」
曹純
(そうじゅん)


「うぎぇぇぇぇぇっ!!」
郭図
(かくと)


「なんと見苦しい男だ! 地獄に落ちるがいい!!」
臧覇
(ぞうは)


「………………」
曹純
(そうじゅん)


「ん? どうかしたか曹純?」
臧覇
(ぞうは)


「いや。手間が省けた」
曹純
(そうじゅん)



幽州(ゆうしゅう)

焦触
(しょうしょく)

沮鵠
(そこく)


袁熙の家臣

沮授の息子



「………………」
袁煕
(えんき)


「兄ちゃんしっかりしろ! 郭援も袁譚のバカ兄貴も殺されて、曹操軍が迫ってるんだ!」
袁尚
(えんしょう)


「わ、私の、必勝の策が、あっさりと……」
袁煕
(えんき)


「兄ちゃん! 次の策は!? なんもないの!? マジで!?」
袁尚
(えんしょう)


「……どうやらここらが潮時だな。俺は曹操に降るから、後はよろしく」

焦触
(しょうしょく)


「な!? こ、この薄情者め! お前なんかこっちから願い下げだバーカバーカ!
ええい、呂曠(りょこう)! 呂翔(りょしょう)!
兄ちゃんをつれてオレたちも逃げるぞ!」
袁尚
(えんしょう)


「………………」
袁煕
(えんき)


「…………あ、あれ? 呂曠? 呂翔?
ま、まさかあいつらも寝返ったのか!? くそう! どうすりゃいいんだ!?」
袁尚
(えんしょう)


「閣下! 曹操軍はもはや目の前です。一刻も早くお逃げください!」

沮鵠
(そこく)


「に、逃げたいのはやまやまだけど、兄ちゃんがこんな状態でどうすりゃ――」」
袁尚
(えんしょう)


「………………蹋頓(とうとん)」
袁煕
(えんき)


「え?」
袁尚
(えんしょう)


「蹋頓。キット、守ッテ、クレル」
袁煕
(えんき)


「烏丸(うがん)族の王の蹋頓を頼ればいいんだね? わかった、蹋頓の所へ逃げよう。
まさか曹操も万里の長城を越えてまで追ってこないもんね……」
袁尚
(えんしょう)


「ヒャッハー! 袁尚ちゃん、年貢の納め時でちゅよーwwwww」
許攸
(きょゆう)


「許攸か! 裏切り者がよくもおめおめと顔を出せたものだな!」

沮鵠
(そこく)


「裏切り者? なにそれおいしい?
そーら、ぼくがかんがえた超人たちよ! 袁尚たちを皆殺しにしちゃいなちゃ~~いwwwww」
許攸
(きょゆう)


「………………」

沮鵠
(そこく)


「………………あ、あれ?
み、みんなどこに行ったのかな? かな?」
許攸
(きょゆう)


「……どうやらその性格のおかげで、曹操軍の中でも嫌われていたようだな。
年貢の納め時はお前のほうだ!」

沮鵠
(そこく)


「なん……だ……と? ち、ちょっと待って! タンマ!
ちょwwww 痛いwwww 死ぬこれwwwww つか死んだwwwww」
許攸
(きょゆう)


「七三バカの始末は済んだか? ご苦労だったな。お礼に皆殺しにしてやろう!」
許褚
(きょちょ)


「閣下! ここは俺が引き受けます!」

沮鵠
(そこく)


「……お前の閣下とやらはとうの昔に逃げ去ったようだぞ」
許褚
(きょちょ)


「そうか。それはよかった。ならば後は、父と同じように主君に殉じるだけだ。行くぞ!」

沮鵠
(そこく)


「いい覚悟だ! 来い!」
許褚
(きょちょ)



幽州




『袁煕、袁尚は万里の長城を越え、烏丸(うがん)族のもとへ落ち延びたようです』

呂曠
(りょこう)

呂翔
(りょこう)


「袁熙は烏丸王の蹋頓とは以前から交流を結んでいた。
追い詰められてなりふり構わず異民族を頼ったのだろう」

焦触
(しょうしょく)


「長城の向こう側か。それはまた随分と遠くまで逃げたものだね」
曹操
(そうそう)


「ひっひっひっ。それだけ殿が怖いんじゃろう」
程昱
(ていいく)


「もう中華の大地へ戻ってくることはないだろう。我々も引き上げようぞ」
王朗
(おうろう)


「うん? 王朗君は一足先に帰りたいのかい? それじゃあ誰かに送らせてあげるよ」
曹操
(そうそう)


「え? と、殿は引き上げないのですか?」
王朗
(おうろう)


「もちろん。ここまで来て袁煕君たちの顔も見ないで帰れるもんか。
それに烏丸族にも挨拶しておかないとね」
曹操
(そうそう)


「し、秦の始皇帝でさえ万里の長城を築き、それより北へと行こうとはしなかった……。
そ、それなのに殿は……」
王朗
(おうろう)


「簡単な話だ。我が殿は始皇帝よりも上だということだ。
万里の長城など越えるべき壁にすぎぬ」
賈詡
(かく)


「さすが、始皇帝より上らしい僕を殺そうとした賈詡君は良いことを言うね」
曹操
(そうそう)


「ぐ」
賈詡
(かく)


「おっ。聞いたか諸君? 賈詡君が絶句したよ。これは珍しい。
これだけでもはるばる北までやって来た甲斐があったね」
曹操
(そうそう)


「烏丸族と戦うならば、情報が必要です。
黒山賊が交流を結んでいたはずですから、つれて参りましょう」
荀攸
(じゅんゆう)


「――ああ、蹋頓なら知っている。敵に回したら手強い相手だ」
張燕
(ちょうえん)


「勝算はあるのか?」
劉曄
(りゅうよう)


「奴らは険しい山岳地帯を、まるで平地のように騎馬で疾走できる。
まずは足止めすることが肝心だ。その役目は我々に任せてもらおう。
なに、交流があったといっても経済的な理由でだ。遠慮をするつもりはない」
張燕
(ちょうえん)


「あの蹋頓が相手とはヒゲが鳴るわ!」

左髭丈八
(さしじょうはち)


「ガオォォォーーーーン!!」
張雷公
(ちょうらいこう)


「み、耳が……」
張繍
(ちょうしゅう)


「ふむ、頼もしい限りだね。それじゃあ先陣は張燕君たちにお願いするとしよう」
曹操
(そうそう)



烏丸

蹋頓
(とうとん)
閻柔
(えんじゅう)

烏丸族の王

北の放浪者



「むうううん!!」
蹋頓
(とうとん)


「ぐああああっ!」

左髭丈八
(さしじょうはち)


「うおおりゃああああ!!」
蹋頓
(とうとん)


「うおおおおおおぉぉぉん!」
張雷公
(ちょうらいこう)


「な、なんという男だ! あ、あの二人をあっさり片付けてしまうとは……ッ!?」
張燕
(ちょうえん)


「次はお前か!」
蹋頓
(とうとん)


「ここで死ぬわけにはいかん! 退け! 退けーい!」
張燕
(ちょうえん)


「逃がすかあッ!!」
蹋頓
(とうとん)


「待てい!」
??
(??)


「!?」
蹋頓
(とうとん)


「文化の光届かぬ北の果て、恐れを知らぬ男あり。
人それを野蛮と言う」
??
(??)


「何者だてめえ!」
蹋頓
(とうとん)


「お前たちに名乗る名はない! サンライズボンバー!」
張郃
(ちょうこう)


「一人で突っ走るな張郃!」
高覧
(こうらん)


「俺様の鉄鎖を喰らえ仮面野郎!」
蹋頓
(とうとん)


「ぐっ! なんという重い一撃だ……」
張郃
(ちょうこう)


「敵はそいつだけではない、囲まれるぞ!」
高覧
(こうらん)


「もう遅い。包囲は成ったぞ。行け!」
蹋頓
(とうとん)


「張郃君たちを殺させはしないよ。合図を送りたまえ」
曹操
(そうそう)


「突撃の合図だ! ヤローども蹋頓の背後を襲え!」
張遼
(ちょうりょう)


「ほほう。包囲されたのは俺様の方だったか。
ならばこれ以上の戦いは無用。退くぞ!」
蹋頓
(とうとん)


「チッ! マジで丘をものともせずに騎馬で駆け上がりやがる。とても追いつけねーぞ」
張遼
(ちょうりょう)


「話には聞いていたが、見ると聞くとでは大違いだね。あれでは張遼君でも追いつけはしない。
しかたない、策を練り直して――」
曹操
(そうそう)


「殿! あ、あれを!」
荀攸
(じゅんゆう)


「…………」
郭嘉
(かくか)


「あ、あいつ蹋頓の真ん前に立ちふさがって何をする気だ?」
王朗
(おうろう)


「やめるんだ郭嘉君!」
曹操
(そうそう)


「なんだこのヒョロヒョロした男は? 死にたいのか!」
蹋頓
(とうとん)


「…………」
郭嘉
(かくか)


「こ、こいつ丸腰のくせに全く動じていない。何か罠があるのか?
ええい、矢を放て!」
蹋頓
(とうとん)


「…………」
郭嘉
(かくか)


(! 矢を何発か浴びても一歩も動かんだと?
こ、こいつは人か魔か……。このまま正面から突っ込んでもいいものか……)
蹋頓
(とうとん)


「止まったな」
于禁
(うきん)


「ぐわあっ!? こ、この一瞬の迷いが……命取りか……」
蹋頓
(とうとん)


「郭嘉のダンナ! た、たしかに一歩でも動きを止めてくれりゃ、討ち取ってみせるって言ったけどよ。
こんな無茶するとは思ってなかったぜ!」
于禁
(うきん)


「御苦労……」
郭嘉
(かくか)


「お、おいしっかりしろダンナ!」
于禁
(うきん)


「郭嘉君……。早く手当てをするんだ!」
曹操
(そうそう)


「む。曹操殿、周囲を見られよ。これは……」
賈詡
(かく)


「馬鹿な! 蹋頓の部下は逃げ散ったのにどこからこんな大軍が……」
曹洪
(そうこう)


「これは烏丸の軍だけじゃねえ! 北方の異民族の連合軍だ!
こんな混成軍を率いられるヤツといえば、一人しかいねえ……」
張燕
(ちょうえん)


「ご名答。張燕。久しぶり」
閻柔
(えんじゅう)


「やはりお前か! 曹操、この男は閻柔といい、各地の異民族と深いつながりを持つ男だ」
張燕
(ちょうえん)


「君が閻柔君か。名前は常々うかがっているよ。
こんな物騒な大軍をつれていったい何の用かな」
曹操
(そうそう)


「蹋頓。遺言。預かった。代わり。伝える」
閻柔
(えんじゅう)


「蹋頓の遺言だと? なんだそれは。さっさとしゃべれ!」
夏侯淵
(かこうえん)


「蹋頓。自分の死。予測。だから。自分の首。手土産。曹操。帰れ」
閻柔
(えんじゅう)


「ふむ。烏丸の王である自分の首を差し出すから、それで満足して引き上げろと言うんだね。
しかし僕たちは袁煕君たちを追って、はるばる訪ねてきたんだ。蹋頓君の首をもらっただけでは帰れないよ」
曹操
(そうそう)


「袁煕。袁尚。いない。追い返した。公孫康(こうそんこう)。逃げた」
閻柔
(えんじゅう)


「袁煕たちは公孫康のもとへと逃げたのじゃな?」
程昱
(ていいく)


「そうか。それならこれ以上の戦いは無意味だね」
曹操
(そうそう)


「帰れ。早く。さもなくば。包囲。殲滅」
閻柔
(えんじゅう)


「お前、俺たちを脅すつもりか!?」
曹仁
(そうじん)


「逆。包囲。される。我々。殲滅。される。我々。曹操。伏兵。用意」
閻柔
(えんじゅう)


「そう、よく気づいたね。すでに君たちは僕の伏兵に包囲されている。
帰れ、さもなくば我々を殺しそれを手土産に帰れ、というわけか。
気に入ったよ閻柔君。君のその覚悟に免じて、ここは兵を引くとしよう」
曹操
(そうそう)


「感謝」
閻柔
(えんじゅう)


「ただし、君たちが今後もし、僕やその眷属に弓引くことがあれば――。
僕は何度でもここに舞い戻ってくる。それだけは覚えておいてくれたまえ」
曹操
(そうそう)


「承知。曹操。恐ろしい。知っている。我々。逆らわない」
閻柔
(えんじゅう)


「なに、敵対さえしなければ、よき隣人でありたいと思っているよ。
それじゃあ閻柔君、他の諸君にもよろしく頼む」
曹操
(そうそう)


「さらば」
閻柔
(えんじゅう)


「――引き上げましたな。まったく、一時はどうなることかと思いました」
荀攸
(じゅんゆう)


「そ、それにしても、いつの間に伏兵を用意していたのですか。さすがは殿だ!」
王朗
(おうろう)


「伏兵だって? そんなものが用意してあれば、郭嘉君を負傷させたものか!」
曹操
(そうそう)


「へ?」
王朗
(おうろう)


「閻柔君は僕を買いかぶってくれたのさ。いもしない伏兵を恐れて兵を引いたのか、
それとも、僕たちを殺して報復を受けることを恐れ、伏兵が怖いという逃げる口実を作ったのか、
そこまではわからないけどね」
曹操
(そうそう)


「郭嘉は都に帰す手はずを整えた。我々は袁煕を追おう」
劉曄
(りゅうよう)


「いや、それには及ばない。公孫康君は目端の利く人だからね。
きっと、僕たちの代わりに手を下してくれることだろう」
曹操
(そうそう)


「どういうことだそりゃ?」
夏侯惇
(かこうとん)


「僕たちも郭嘉君といっしょに都に帰ろう、という話さ。
諸君、長旅ご苦労さん」
曹操
(そうそう)


「?? お、おう……」
夏侯惇
(かこうとん)



遼東(りょうとう)




「お、おいお前! 公孫康! 俺たちをこんな目にあわせてどうなるかわかってるのか?」
袁尚
(えんしょう)


「どうなるのですか?」
公孫康
(こうそんこう)


「お、俺は名族の後継者だぞ! パパの、袁紹の息子なんだぞ!」
袁尚
(えんしょう)


「ははは。それはすごい。ではではそういうわけで、そろそろ覚悟はよろしいでしょうか?」
公孫康
(こうそんこう)


「や、やめろ! 殺してやる! 殺してやるぞ!」
袁尚
(えんしょう)


「どうぞどうぞ。両手両足縛られたその状態から殺せるのでしたら、どうぞご自由に」
公孫康
(こうそんこう)


「くそ! 殺せ! 誰かこいつを殺せ! 兄ちゃん! 助けて兄ちゃん!」
袁尚
(えんしょう)


「アハハハハハハハハ。アハハハハハハハハ」
袁煕
(えんき)


「ははは。兄上は一足先に旅立たれたようですな」
公孫康
(こうそんこう)


(息子め、あの鬼畜っぷりはいったい誰に似たのやら……)
公孫度
(こうそんど)


「わーんわーん。怖いよ! やだよ! この部屋寒いよ! 毛布が欲しいよ!」
袁尚
(えんしょう)


「よしよし。首と胴が離れたらもう寒くありませんからね」
公孫康
(こうそんこう)


(それにしても晩飯はまだだろうか……)
公孫度
(こうそんど)



許都(きょと)




「…………」
荀彧
(じゅんいく)


「…………」
荀攸
(じゅんゆう)


「…………」
賈詡
(かく)


「諸君はみな、僕と同年輩か、それとも年上だ。
そんななかで郭嘉は、飛び抜けて若かった」
曹操
(そうそう)


「…………」
程昱
(ていいく)


「品行方正な男ではなかった。人の模範になる男でもなかった。でも、とても頼りになる男だった。
中華統一がなった暁には、僕は郭嘉に後を任せるつもりだったんだ」
曹操
(そうそう)


「…………」
劉曄
(りゅうよう)


「郭嘉は不治の病に侵され、烏丸の討伐が最期の戦いになるとわかっていた。
だから一命を賭して、蹋頓(とうとん)を討ってくれたんだ。
無理をしなければ、戦いには出られなくてももう少し長生きできたものを、僕のために命を投げ出してくれたのさ。
そんな彼のことを忘れられるものか!」
曹操
(そうそう)


「…………」
于禁
(うきん)


「惜しいよ。痛ましいよ。悲しいよ、郭嘉……。
また忘れられない人が増えてしまった。でも僕らは前に進まなくてはいけない。
去っていったみんなも、それを望んでいるだろうからね」
曹操
(そうそう)


「おう、その通りだ!」
夏侯惇
(かこうとん)


「では報告を聞こう。
公孫康(こうそんこう)君は読み通り、袁煕(えんき)君たちの首を送ってきてくれたね」
曹操
(そうそう)


「はい。恭順の証として、大量の貢物とともに袁煕、袁尚(えんしょう)兄弟の首が届けられました」
董昭
(とうしょう)


「公孫康君の目の黒いうちは、僕らに逆らおうとは考えないだろう。
じゃあ次に、孫策君が急死して跡を継いだ孫権君はどうしているかな」
曹操
(そうそう)


「江夏(こうか)の黄祖(こうそ)を攻めているぞ。
父と兄の仇だからはりきっておるぞ」
張紘
(ちょうこう)


「それは好機じゃ。手薄になった孫権の本拠地を襲ってしまおう」
程昱
(ていいく)


「たったいま郭嘉の葬儀が終わったばかりなのに、他人の不幸に乗じるなんてさすが程昱君だね」
曹操
(そうそう)


「それはあまり賢い選択ではないぞ。孫権にはむしろ恩を売るべきだぞ」
張紘
(ちょうこう)


「フン、孫権の間諜の言葉に耳を貸す必要はないぞ。
程昱殿の言うとおり、この隙を見逃す手はない!」
王朗
(おうろう)


「あはは。そう結論を急がれるな。
我々は――といっても私は従軍してませんが。あはは――大規模な遠征を終えたばかりです。
今すぐに長江を攻め下る余裕はありませんよ」
荀彧
(じゅんいく)


「ああ。兵糧も十分じゃない。
袁紹との戦いで、烏巣(うそう)を焼き払わなければ飢え死にしていたのを忘れたか」
韓浩
(かんこう)


「それに大河を渡るなら軍船も必要です、はい。もちろん水軍もですね、はい」
李典
(りてん)


「大きな溜め池を作り、そこで軍船の建造と水軍の鍛錬をしている。
もうすこし時間が欲しいところだな」
劉曄
(りゅうよう)


「それ以前に、孫権の背後を襲うには揚州(ようしゅう)を渡らなくてはいかぬ。
袁術(えんじゅつ)の残党が跋扈していたはずだが、今はどうなっているのかな」
賈詡
(かく)


「揚州の平定に向かわせた劉馥(りゅうふく)殿は、空き城に目をつけ、そこを拠点にしようとしています。
次第に人が集まり始め、袁術の残党たちも警戒して何度か攻め寄せたのですが、
そのたびに撃退されて、今では劉馥殿に従う素振りを見せているとか」
荀攸
(じゅんゆう)


「あ、あれっぽっちの兵で残党を撃退しているのか」
満寵
(まんちょう)


「それなら下手に手出しはせず、劉馥君に任せきりにしたほうが良さそうだね」
曹操
(そうそう)


「ならばどこを攻めればいい? 漢中(かんちゅう)か?
それとも北に戻って公孫康を討つか?」
夏侯淵
(かこうえん)


「あはは。わざわざ遠出してまで敵を作りに行くことはないでしょう。そんなに焦らないでください」
荀彧
(じゅんいく)


「荀彧、さっきからお前は遠征に反対してばかりだな!
なにか他に考えがあるのか!」
曹仁
(そうじん)


「それはもちろんです。私はみなさんと違って都に残っていましたから、策を練る時間はたくさんありましたからね。
我が軍のとるべき最良の道をお教えしてあげますよ」
荀彧
(じゅんいく)


「それは大きく出たね。軍師様の案をうかがおうじゃないか」
曹操
(そうそう)


「はい! 我が軍は――荊州(けいしゅう)を攻めましょう!」
荀彧
(じゅんいく)


「荊州!」
曹洪
(そうこう)


「荊州はいいですよ。船があります。操舵に長けた水軍もいます。
これをそっくりいただいてしまえば、わざわざ我々が新しく水軍をこしらえる必要はありません。
戦に慣れていない彼らは、大軍で攻め寄せれば、すぐに降伏するでしょう。
荊州の人馬と兵糧をそっくりいただいてしまい、それを使って孫権を攻めるのです」
荀彧
(じゅんいく)


「なるほど。自前の水軍を持つ荊州をおさえれば、孫権君とも互角以上に戦えるだろうね。
遠征続きで疲れている兵士たちも温存できるし、いいことずくめだ。
それになんといっても、荊州は人材の宝庫だ。いずれは荊州を手にしたいと僕もかねがね思っていたよ」
曹操
(そうそう)


「それでは殿!」
荀彧
(じゅんいく)


「うん、僕たちは荊州を攻める。そのための準備を整えてくれたまえ」
曹操
(そうそう)





かくして名族の血脈は北の大地で果てた。
北方の統一を成し遂げた曹操の次なる目標は荊州。
荊州の命運は? そして日の出の勢いの曹操を止める者は現れるのか?




〇四二   髀肉の嘆