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三 国 志

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〇四三   名無しの軍師





荊州(けいしゅう) 新野(しんや)

陳矯
(ちんきょう)

曹仁の参謀



「劉備軍は包囲の輪に入ったぞ。今だ!」
陳矯
(ちんきょう)


「呂曠! 呂翔! 側面から攻撃を仕掛けろ!」
曹仁
(そうじん)


『おう!!』

呂曠
(りょこう)

呂翔
(りょしょう)


「いかん! 退け! 退くんじゃ!」
劉備
(りゅうび)


「だから罠だって言ったじゃないのよ!!」
張飛
(ちょうひ)


「…………」
関羽
(かんう)


「ここは我らが抑えるゆえ、兄者は逃げられよ!
……と父は言いたそうにしています」
関平
(かんぺい)


「言いなさいよ! 言えばいいじゃないの!」
張飛
(ちょうひ)


「先輩! こっちッス! 自分の後をついてきてください!」
趙雲
(ちょううん)



新野城




「いやーこてんぱんにやられてしもうたな!」
劉備
(りゅうび)


「本当にもう……毎度毎度そうだけど死ぬかと思ったわ。
どうにか城に逃げ込んだけど、曹仁はじきに城に迫ってくるわよ。どうすんのよ」
張飛
(ちょうひ)


「そこでじゃ張さん。どうしてわしらは弱いんじゃと思う?」
劉備
(りゅうび)


「なぞなぞやってる暇はないわよ!」
張飛
(ちょうひ)


「いやいや、これが大切なことなんじゃ。
いいか、わしらが弱いのはな……。軍師がいないからじゃ!」
劉備
(りゅうび)


「あっそう。それで?」
張飛
(ちょうひ)


「軍師を探すんじゃ! 軍師を迎えればこれで勝つる!」
劉備
(りゅうび)


「いま? これから? 軍師を? この新野で?
はあ…………。いっそのこと誰かこのバカ殺してくんないかしら」
張飛
(ちょうひ)


「? なんか言ったか? ほれほれ張さん、さっそく探しに行くぞ」
劉備
(りゅうび)


「……マジでこれから探す気なのね」
張飛
(ちょうひ)


「灯台下暗しと言うじゃろ。探してみればこの新野にいるかもしれんぞ」
劉備
(りゅうび)


「はいはい、がんばってね。
アタイはちょっといま籠城戦のこととかで忙しいから、代わりに関羽でもつれてきなさいな」
張飛
(ちょうひ)


「そうか。じゃあ行くぞ関さん!」
劉備
(りゅうび)


「…………」
関羽
(かんう)



新野城

単福
(ぜんふく)

流浪の軍師



「うんうん、やっぱり半壊してる南門が狙われるわよね。そこはアタイが守るとして――」
張飛
(ちょうひ)


「ただいまー、張さん。ねんがんの軍師をてにいれたぞ!」
劉備
(りゅうび)


「マジで!?」
張飛
(ちょうひ)


「……ども、軍師です」
??
(??)


「あー。ええと、誰だか知らないけど悪かったわね。
このアンポンタンは後でアタイが殴っておくから、帰っていいわよ」
張飛
(ちょうひ)


「いや……俺は単福(ぜんふく)って者だが、任せてくれれば、曹仁を撃退して見せるよ」
単福
(ぜんふく)


「聞いたか張さん! 頼もしいじゃろ!
単さんは水鏡先生の紹介で、わしを訪ねてきてくれたそうじゃ」
劉備
(りゅうび)


「噂の水鏡先生の? それなら少しは使えそうね。
ふーん。ガタイはまあまあじゃない」
張飛
(ちょうひ)


「……剣の心得も多少はある」
単福
(ぜんふく)


「どうせ人手が足りないんだから、手伝ってくれるなら歓迎するわよ。
で、曹仁を撃退する策とやら、いちおう聞いてやろうじゃないの」
張飛
(ちょうひ)


「籠城してもジリ貧に陥るだけだ。……野戦を挑み、打ち破るしかない」
単福
(ぜんふく)


「や、野戦? 5千ぽっちの兵で、10万の曹仁軍に?」
張飛
(ちょうひ)


「曹仁もそう思っているだろう。……その虚をつき、逆手にとって見せる」
単福
(ぜんふく)



新野 北部




「は、八門金鎖(はちもんきんさ)の陣だと? 劉備軍が?」
陳矯
(ちんきょう)


「なんだそのパチモンなんたらと言うのは!」
曹仁
(そうじん)


「休・生・傷・杜・景・死・驚・開……八つの門を陣に築き、敵を迎撃する複雑きわまりない陣形だ。
劉備や張飛がそんな陣立てを知っているとは思えん」
陳矯
(ちんきょう)


「だが現にパツキンなんたらの陣を敷いてるのだろう!?」
曹仁
(そうじん)


「ああ、どうせただの悪あがきだ。兵法書からそのまま引き写しただけの付け焼刃に違いない。
呂曠、呂翔。八門金鎖の陣は生門から入り、景門へ抜ければたやすく破れる。
5万の兵を率いて切り裂いてやれ!」
陳矯
(ちんきょう)


『おう!』

呂曠
(りょこう)

呂翔
(りょしょう)



新野 北部




『そ、そんな……5万の兵がなぜ5千ぽっちの兵の中で散り散りになってしまうのだ!?』

呂曠
(りょこう)

呂翔
(りょしょう)


「敵将は迷子になって孤立したわよ! それッ!」
張飛
(ちょうひ)


「隙ありッス!」
趙雲
(ちょううん)


『ぐわああああッッ!!』

呂曠
(りょこう)

呂翔
(りょしょう)


「……うまく行ったな」
単福
(ぜんふく)


「うまく行きすぎよ! 単福、アンタすごいじゃないの!」
張飛
(ちょうひ)


「よーしよし! この勢いで残る曹仁軍も蹴散らしてしまうんじゃ!」
劉備
(りゅうび)


「……その必要はない」
単福
(ぜんふく)


「へ?」
劉備
(りゅうび)


「もう済んでいる……」
単福
(ぜんふく)



新野 北部




「ご、5万の兵が壊滅だと!? 陳矯! 何がどうなってんだ!?」
曹仁
(そうじん)


「わ、私にもわからぬ……。ただ一つ言えることは、
あの八門金鎖の陣は悪あがきどころか、練りに練られた必勝の策だったということだ」
陳矯
(ちんきょう)


「く、くそ! こうなったら俺が自ら突撃して蹴散らしてやる!」
曹仁
(そうじん)


「し、将軍! あれを!」
陳矯
(ちんきょう)


「…………」
関羽
(かんう)


「曹仁よ、逃げ出すなら今のうちだ! 三國無双の勇者・関羽ここにあり!」
関平
(かんぺい)


「関羽が背後に現れただと!?」
曹仁
(そうじん)


「これは絶景かな。曹仁殿が泡を喰っていらっしゃる」
周倉
(しゅうそう)


「単福殿の智謀はなんと見事なことであるか! 俺は感動したぞ!」
廖化
(りょうか)


「廖化殿、泣くのは曹仁の首を獲ってからにいたそう」
陳到
(ちんとう)


「突っ込むぜ野郎ども!」
裴元紹
(はいげんしょう)


「将軍! ここは退くしかない!」
陳矯
(ちんきょう)


「劉備め……この屈辱、必ず晴らしてやるからな!!」
曹仁
(そうじん)



新野 北部 曹操陣営




「手酷くやられたようですね、はい。
予定を早めて助けに来てよかったです、はい」
李典
(りてん)


「世話をかけたな李典! お前が来てくれなければ危なかったぞ!」
曹仁
(そうじん)


「つい昨日まではいつもの劉備軍であった。
張飛、関羽らの武勇に任せた突撃をくり返すばかりで、容易に我らの策にかかった。
だがさっきの劉備軍はまるで別物だ!」
陳矯
(ちんきょう)


「誰かが知恵を貸したのでしょうね、はい。
丞相(曹操)は長雨で到着の遅れている第二陣の夏侯惇将軍が合流するまで、
進撃は控えるように、とのことです、はい」
李典
(りてん)


「くそ! 多くの兵を失っちまったからな! 無念だがそうするしかあるまい!
だが惇兄が加わったらこうはいかんぞ! 目にもの見せてやるからな!」
曹仁
(そうじん)



許昌(きょしょう)の都




「ふむ。劉備君に軍師がついたと。これまで彼に欠けていた要素をついに補ったのか。
それも曹仁君を破るなんてただ者ではない。いったい誰を味方につけたのか興味深いね」
曹操
(そうそう)


「名前だけはわかっています。単福という20代の若者だとか」
荀攸
(じゅんゆう)


「単福? 何か引っかかるな……。単という姓は仮名にもよく用いられる。
荊州で福という名の若者なら、徐福(じょふく)という者がおるな」
程昱
(ていいく)


「徐福なら聞いたことがあるぞ。友人の仇討ちに協力して投獄されたが、
助け出されて放浪しているヤツだ。剣の使い手で頭も切れるという」
王朗
(おうろう)


「脱獄者なら仮名を使っているのもうなずけるな」
劉曄
(りゅうよう)


「なかなかの傑物のようだね。劉備君に預けておくのはもったいないな……」
曹操
(そうそう)


「そうじゃ! たしか徐福の母親は荊州ではなく都の近くに住んでおる。
母親を人質に取れば、きっと寝返るじゃろう」
程昱
(ていいく)


「おいおい、人質だなんて乱暴なことはやめたまえ。
しかし、徐福君の御母堂が近くにいると聞いては黙っていられないね。
都にお迎えして、もてなして差し上げるんだ」
曹操
(そうそう)



新野城




「なに、表さんが倒れたじゃと?」
劉備
(りゅうび)


「はい、襄陽(じょうよう)の伊籍(いせき)殿から連絡がありました。
曹操軍の侵攻や、兼ねてから頭を悩ませていた後継者問題で心労が重なったようです。
持病もおありだったとか」
孫乾
(そんけん)


「そういえば長男と次男の取り巻きが激しく争ってたわよね。
殺しても死なないようなジジイだったけど、ああ見えて弱ってたのね」
張飛
(ちょうひ)


「先日には重臣の黄祖(こうそ)さんも孫権に討ち取られちまったからな。悪いことが続いとるわ。
お見舞いに行きたいところじゃが、曹さんの軍がすぐそこにいるから離れられんのう」
劉備
(りゅうび)


「いや、それ以前に見舞いに行ったら蔡瑁に殺されると思うッスよ……」
趙雲
(ちょううん)


「…………ども」
単福
(ぜんふく)


「うん? どうした単さん、青い顔しとるけど大丈夫か?」
劉備
(りゅうび)


「お別れに来ました……」
単福
(ぜんふく)


「お別れ? 急になに言ってんのよアンタ。なにこの手紙? 読めっての?
ふんふん。あちゃー……。こりゃお別れだわ……」
張飛
(ちょうひ)


「なんじゃなんじゃ。わしにも手紙を見せい。
ふんふん。曹さんが単さんの母ちゃんをもてなしとるのか。良かったな単さん!
母ちゃんは単さんにわざわざ手紙を送ってくるほど喜んどるじゃないか。
――で、これの何がお別れなんじゃ?」
劉備
(りゅうび)


「………………」
張飛
(ちょうひ)


「張飛は呆れて物が言えんようだな。つまりな劉ちゃん、これは脅迫状だ。
単福の母上は預かっとるから、おとなしく寝返れってこった」
簡雍
(かんよう)


「あーあー、言われてみればそういう見方もあるのう」
劉備
(りゅうび)


「そういう見方しかないのよ!」
張飛
(ちょうひ)


「……実は俺は脱獄者です。単福というのも偽名で、本名は徐福と言います。
母には迷惑をかけてきました。これ以上、苦労をかけたくありません……」
徐福
(じょふく)


「おうおう、母ちゃんは大事にせんといかんもんな。すぐに会ってくるんじゃ」
劉備
(りゅうび)


「短い間でしたがお世話になりました……」
徐福
(じょふく)


「こっちこそ。アンタがいなかったら、今頃アタイたちは曹仁の捕虜になってたわ」
張飛
(ちょうひ)


「……俺なりに軍を指揮するための兵法をまとめて来ました。よかったら参考にしてください。
でも、なるべく早く代わりの軍師を探すことをおすすめします……」
徐福
(じょふく)


「じゃが単さんの、おっと徐さんの代わりになるほどの軍師なんてそうは見つからんからな~」
劉備
(りゅうび)


「……俺くらいの才能なんて掃いて捨てるほどいますよ。
たとえば伏龍と呼ばれるあいつとか……」
徐福
(じょふく)


「なに!? いま伏龍と言ったか? その名は水鏡先生からも聞いとるぞ。すげえヤツなんじゃろ?」
劉備
(りゅうび)


「……たしかにすごいヤツですが、別の意味でもすごいヤツです。
でもあいつが人に仕えるなんてことありえるのかな……」
徐福
(じょふく)


「よくわからんが、とにかく徐さんは伏龍の居場所を知っとるのか? 教えとくれ!」
劉備
(りゅうび)


「……できれば俺から聞いたとは言わないでください。
あとでどんな仕返しをされることか……。
……あいつの名は諸葛亮(しょかつりょう)、字(あざな)は孔明(こうめい)。
もしあいつを軍師に迎えられれば、間違いなく天下が獲れますよ……」
徐福
(じょふく)





かくして名無しの軍師は母のもとへ帰り、劉備はまたも軍師を失った。
はたして劉備は"伏龍"と呼ばれる男を迎えられるのか?
そして"伏龍"は窮地を脱する策を胸に秘めているのか?




〇四四   三顧の礼