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三 国 志

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〇四九   赤壁の戦い





荊州(けいしゅう) 赤壁(せきへき)




「まずは濃霧に包み、曹操水軍の連携を断つ。
クックックッ。この下らぬ書物も存外、役に立ったな」
諸葛亮
(しょかつりょう)


太平要術の書
(たいへいようじゅつのしょ)


「仙人からぶんどった妖術書を使ってるだけなのに、
さも自分には不思議な力があるように見せかけるなんてさすが御主人様です」
黄月英
(こうげつえい)


「これはまぎれもない余の力だ。それにこの書はもらい受けたものであり、強奪した覚えはない」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「そういえばそうです。もらう前に23回刺しただけで、もともとくれようとしてたです。
勘違いです。てへっです」
黄月英
(こうげつえい)


「舌を出すな。かわいくねえんだよ」
馬謖
(ばしょく)


「馬謖にかわいく思われたくなんてないです」
黄月英
(こうげつえい)


「黙れ。気が散る。死ね」
諸葛亮
(しょかつりょう)


『嫌です』
黄月英
(こうげつえい)
馬謖
(ばしょく)



赤壁 曹操軍




「……霧が出てきたな」
蔡瑁
(さいぼう)


「霧なんて珍しくもないだろ」
蔡中
(さいちゅう)


「で、でもこれはちょっと尋常じゃないぞ。天変地異の前触れか?」
蔡和
(さいか)


「なにを馬鹿なことを。前触れだとしたら、それは孫権が滅びる前触れだ。
ついに曹操丞相が中華を統一する。時は来た! それだけだ」
張允
(ちょういん)


「…………なに言ってんだおま」
蔡瑁
(さいぼう)


「へ? お、おい蔡瑁様?」
蔡和
(さいか)


「チョリース」
甘寧
(かんねい)


「な!? お、お前は――」
蔡中
(さいちゅう)


「て、敵だ――」
蔡和
(さいか)


「ば、馬鹿な――」
張允
(ちょういん)


「腕を上げたな甘寧。絶叫される前に殺すなんて良い手際だ」
蘇飛
(そひ)


「久々に蘇飛サンと仕事できるから張り切ってんデスよ。元気そうじゃん?」
甘寧
(かんねい)


「お前こそ。関羽将軍に拾ってもらった縁で、お前とまた働けて俺もうれしいぜ」
蘇飛
(そひ)


「テンション上がるわー。んじゃ、荊州水軍の旗艦で曹操軍の中を遊覧と行きますか!」
甘寧
(かんねい)



赤壁 曹操軍

許褚
(きょちょ)

曹操の腹心



「それにしてもすごい霧じゃな。荊州ではこのくらい珍しくないのか?」
程昱
(ていいく)


「……いや、ここまでの濃霧は経験がない」
徐福
(じょふく)


「! じ、丞相。この風は……」
荀攸
(じゅんゆう)


「東南の風だね。情報ではまだ十日ほどは吹かないはずだったのでは?」
曹操
(そうそう)


「そのはずです。霧といい風といい不可解だ……」
徐福
(じょふく)


「まあ天は気まぐれなものさ。しかし霧と風が一度にそろうのは、ちょっと解せないね。
何者かの意思を感じるよ」
曹操
(そうそう)


「見えました! 黄蓋の船です!」
王朗
(おうろう)


「…………濃霧と東南の風を計ったように寝返りか。出来すぎだね。
本当に降伏だったら気の毒だが、念には念を入れておこう。
黄蓋君の船を沈めたまえ」
曹操
(そうそう)


「ああ。射てッ!!」
劉曄
(りゅうよう)


「矢が弾かれます! あれは小船に偽装しているが軍船です!」
荀攸
(じゅんゆう)


「我が軍の艦に衝突しましたぞ。……火を放っていますな」
賈詡
(かく)


「やはり偽装投降か。この風では延焼は免れない。
蔡瑁君、張允君に命じて船を離させるんだ」
曹操
(そうそう)


「そ、それが先刻から蔡瑁らに連絡がつかなくなっています」
王朗
(おうろう)


「なんじゃと? しかしあれを見てみい。
こっちに向かってくるのは荊州水軍の旗艦、蔡瑁の船ではないのか?」
程昱
(ていいく)


「……どうやら先手を取られたようだね」
曹操
(そうそう)


「丞相、まさか――」
荀攸
(じゅんゆう)


「ヒャッホー! 曹操はそこか!」
甘寧
(かんねい)


「奇襲ですな。あの様子では彼らだけではなく、我が軍の懐深くにまで敵に入り込まれていると見ていいでしょう」
賈詡
(かく)


「殿! ここは危険だ! 早くこちらへ!」
許褚
(きょちょ)


「お前が先走って叫ばなければ、もうちょい近寄れたんだがな……」
蘇飛
(そひ)


「これが叫ばずにいられるかっての! イクぜ!!」
甘寧
(かんねい)




赤壁 孫権軍




「……ガチで東南の風を吹かせたんですけど。ぶっちゃけ諸葛亮って何者なんスか」
魯粛
(ろしゅく)


「今は詮索している暇はない。望みどおりに東南の風が吹いたのならば、それに乗じるまでだ」
周瑜
(しゅうゆ)


「さあ、曹操様の首を頂戴に伺いましょう」
程普
(ていふ)


「野郎ども! 面舵いっぱい! 突撃するぜ!」
韓当
(かんとう)


「行くぞ。黄蓋殿を見殺しにするな」
周泰
(しゅうたい)


「ワシに続けえええええ!!」
徐盛
(じょせい)


「逃げるな曹操でごわす!」
蒋欽
(しょうきん)


「私も前線で指揮をとる。後方支援は任せた」
周瑜
(しゅうゆ)


「ウィッシュ」
魯粛
(ろしゅく)



赤壁 曹操軍

文聘
(ぶんぺい)

劉表の旧臣



「ここまで逃げればひとまず安心であろう」
徐晃
(じょこう)


「やれやれだね。後方に残っていた君が来てくれて助かったよ」
曹操
(そうそう)


「いや、もしものことがあればいち早く丞相のもとへ駆けつけるよう、荀彧(じゅんいく)殿に言われていたのだ」
徐晃
(じょこう)


「……そうか。さすが荀彧君だ。彼がいればこんなことにはならなかっただろう。
まったく自分が情けないよ」
曹操
(そうそう)


「いいえ、丞相が素早く全軍撤退を決断なさったから、これだけの被害で済んだのです。
主だった将や軍師の無事も確認しています。戦線はすぐに立て直せるでしょう」
荀攸
(じゅんゆう)


「しかし軍船のほとんどを焼き払われてしまった。これでは孫権君を攻められないよ。
この戦いは僕の惨敗さ」
曹操
(そうそう)


「ならば次はどこまで撤退するかだな。荊州を捨てるか?」
劉曄
(りゅうよう)


「それでは孫権君にご奉仕しすぎだよ。劉備君だって黙っちゃいないだろう。
せめて襄陽は手元に残しておきたい。徐晃君、すぐに向かってくれたまえ」
曹操
(そうそう)


「拙者にそのような大役を……心得た!」
徐晃
(じょこう)


「荊州南部の四郡は諦めるしかないかな……。
あとは南郡に入れた曹仁君にできるだけ粘ってもらおう。
それより心配なのは東だ。孫権君だけじゃない。僕の敗北を聞けば揚州の不穏分子が動き出すだろう」
曹操
(そうそう)


「じ、丞相! ぜ、前方に軍が見えます!」
王朗
(おうろう)


「何者だ!?」
許褚
(きょちょ)


「……劉表の旧臣、文聘だ。戦いに来たのではない。降伏に来た」
文聘
(ぶんぺい)


「君が文聘君か。噂に聞いているよ。よく来てくれた。僕に降伏してくれるんだね」
曹操
(そうそう)


「劉表に誓った忠義を、劉表亡きいまどこへ向ければよいか悩んだ。
いろいろ考えたが、あなたに勝つ方策はないようだ。おとなしく降伏したい」
文聘
(ぶんぺい)


「それは光栄だ。でもいいのかい? ご覧のとおり僕らは敗残兵で数も少ない。
今なら討ち取れるかもしれないよ」
曹操
(そうそう)


「じ、丞相……」
程昱
(ていいく)


「……あなたを討ち取って、その後はどうすればいい? 私はそんな器用な人間ではない。
劉表の跡を継いだ劉琮(りゅうそう)と同じように、私も降るだけだ」
文聘
(ぶんぺい)


「わかった。降伏を受け入れよう。早速だけど任務についてくれるかい。
江夏(こうか)の劉備君が襄陽や南郡をうかがわないように牽制してくれたまえ」
曹操
(そうそう)


「承知した」
文聘
(ぶんぺい)


「多くの兵や将を失ったが、代わりに文聘君ら荊州の人士を多く獲得した。
土地は孫権君に、民は劉備君に譲ったが、人材は僕のものだよ。

……でも不思議な戦いだった。長坂といい赤壁といい、常に何者かの意思が介在しているようだった。
ちょっと詩的な表現だけど、邪悪な何者かに見つめられているような心地がしていたよ」
曹操
(そうそう)


「……その邪悪な存在に心当たりがあります」
徐福
(じょふく)


「ほう。それは何者ですかな」
賈詡
(かく)


「おそらく俺が劉備に紹介した、"伏龍"諸葛亮孔明……」
徐福
(じょふく)


「伏龍! あの伏龍が劉備についておるのか!」
程昱
(ていいく)


「……他人に仕えることなどない男だと思っていたが、たしかに俺もあいつの気配を感じていました。
俺はとんでもない力を劉備に与えてしまったのかもしれない……」
徐福
(じょふく)


「なるほど、伏龍か。
兵も領土も軍師もない、ないない尽くしだった劉備君が、ようやく手に入れた新たな力だね。
今回は伏龍にしてやられたのだとしても、とんとん拍子に統一できるほど、この中華は狭くないということさ。
いい勉強になったよ。さあ、都に帰ってこれからのことを考えるとしよう」
曹操
(そうそう)



赤壁 孫権軍




「諸葛亮は霧に紛れていつの間にか劉備のもとへ帰ったようスね」
魯粛
(ろしゅく)


「あの霧は自分が無事に帰るための煙幕でもあったというわけか。
つくづく用意周到な男だ」
周瑜
(しゅうゆ)


「あの人を人とも思わぬ横暴な態度! 霧やら風やらを操る妖かしの術!
生かしておいては必ず大きな災いとなるぞ!」
張昭
(ちょうしょう)


「わかってますよ。だが逃がしてしまったものはしかたない。
曹操と戦うために我々も必死だったのです」
周瑜
(しゅうゆ)


「まったく……どうなってもワシは知らんぞ!」
張昭
(ちょうしょう)


「まあまあ、何はともあれ大勝してよ、あの曹操を追い返したんだ。大戦果じゃねェか。
黄蓋も周瑜も甘寧も闞沢もみんなよくやってくれたけどよ、オレは殊勲者は魯粛だと思ってるぜ」
孫権
(そんけん)


「光栄ウィッシュ」
魯粛
(ろしゅく)


「おめェが諸葛亮のヤローをつれてきてみんなを挑発しなけりゃ、やる気にならなかったもんな。
おめェにはなんかお礼をしねえとな。とりあえず下馬でも手伝ってやろうか?」
孫権
(そんけん)


「ぶっちゃけこの程度の小さな勝利でお礼なんか不要ッス。
それより殿が皇帝になった暁には、凱旋する俺や周瑜を立派な馬車で迎えて、
ガチで頭の一つも下げて欲しウィッシュ」
魯粛
(ろしゅく)


「はっはっはっ! そりゃあいい! そん時は土下座でも逆立ちでもなんでもしてやらあ!」
孫権
(そんけん)


「皇帝……土下座……な、なんという不敬な……この大馬鹿者たちは……ッッ」
張昭
(ちょうしょう)


「あれ、張昭がまたのびちまったぜ。久々の戦場で疲れがたまってたんかな。
誰か医者を呼んでくんな!」
孫権
(そんけん)





かくして曹操の中華統一の野望は赤壁の地に潰えた。
諸葛亮は妖かしの霧の彼方に去り、周瑜の眼は南郡に向けられる。
一方、次なる戦いは早くも始まろうとしていた。




〇五〇   城塞都市・合肥