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三 国 志

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〇五四   美周郎の夢





江東(こうとう) 会稽(かいけい)




「劉備は曹操の南下に備えるため荊州に帰ったが、
尚香さんは早とちりで旦那を害されると思い、兄上に厳重に抗議したため、それには加わらず。
――ってことになりました。
離縁ではなく、あくまでも婚姻関係は保ったままですし、まあ結果的には良かったんじゃないッスか」
魯粛
(ろしゅく)


「フッ。気休めはやめてくれ。全ては私が至らなかっただけだ」
周瑜
(しゅうゆ)


「……そんな紙みたいに白い顔されてたら、気休めくらい言いたくなるッスよ」
魯粛
(ろしゅく)


「みすみす主君の妹君の縁談を壊し、妻には刃を向けられた。
フッ。顔色の一つも悪くなるさ」
周瑜
(しゅうゆ)


「精神面だけじゃなくて、身体も毒矢を浴びてガタガタなんでしょ?
ごまかしたって無駄ッスよ。少しは休んでください」
魯粛
(ろしゅく)


「休養ならたっぷりさせてもらったよ」
周瑜
(しゅうゆ)


「あれは療養ッス。休んでたんじゃなくてえ、ガチで倒れてただけでしょ。
毒も抜け切ってないって医者から聞いてるんスよ」
魯粛
(ろしゅく)


「我々は計画を次の段階に進めなくてはならん。休んでいる暇なんてないさ。
うわべだけとはいえ、劉備との強固な同盟が成ったいま、我々は西への進路を得たのだからな」
周瑜
(しゅうゆ)


「……益州(えきしゅう)を獲り、曹操と天下を二分する計略ッスね」
魯粛
(ろしゅく)


「だから落ち込んでいる暇はない。益州攻めの総大将を務める孫瑜(そんゆ)殿と、
益州に生まれ土地勘のある甘寧を呼んでくれ」
周瑜
(しゅうゆ)


「…………止めても無駄みたいッスね。
ウイッシュ。わかりましたよ提督殿」
魯粛
(ろしゅく)



荊州(けいしゅう) 江夏(こうか)




「荊州を通過して益州を攻めるから通行許可をよこしなさいですって?」
張飛
(ちょうひ)


「ウィッシュ。曹操は赤壁の敗戦で被った痛手から立ち直ってないッスから、
長江を越えて攻め寄せてくるとは考えられません。
今なら軍を二手に分けて、益州を攻められるッス」
魯粛
(ろしゅく)


「なるほど。天下二分の計か」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「なんだいそりゃ?」
簡雍
(かんよう)


「強大な曹操の勢力に対抗するため、曹操の手の及びにくい南に版図を広げ、
いわば天下を二つに分かち曹操と鼎立する計略だ。
地力ではとうてい曹操に敵わぬ孫権が採るべき策としては、定石と言えよう」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「話が早くて助かるッス。さては諸葛亮センセも同じことを企んでたんスか?」
魯粛
(ろしゅく)


「フン。策と呼ぶのもおこがましいくだらぬ考えだ。
漠然とした構想だけなら、そこの馬鹿でも抱いていた程度のな」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「………………」
劉備
(りゅうび)


「へええ。劉備さんも……」
魯粛
(ろしゅく)


「ふーん。まあ、アンタらが変なことを考えてなければ別にいいんじゃないの?」
張飛
(ちょうひ)


「変なことってなんスか?」
魯粛
(ろしゅく)


「たとえば、荊州を通過するフリして、油断したアタイたちを襲って荊州を乗っ取るとか」
張飛
(ちょうひ)


「そんなあ。俺らと劉備さんとで潰し合ってたら、それこそ曹操の思う壺じゃないッスか」
魯粛
(ろしゅく)


「そのあたりは警戒しておけばいいんじゃないですかね。
攻め落とせるものなら攻め落としてみろって構えで」
龐統
(ほうとう)


「ウィッシュ。そっちの考えは俺から口を出せることじゃないんでえ、お任せするッス」
魯粛
(ろしゅく)


「それにしてもアンタも使いっ走りみたいなことばっかさせられて大変ねえ。
劉備担当の外交官にでもなったの?」
張飛
(ちょうひ)


「ぶっちゃけ、俺や周瑜以外のみんなは劉備さんを敵視してるんでえ、俺が来るしかないッス」
魯粛
(ろしゅく)


(江東の人はみんなぶっちゃけすぎだろ……)
孫乾
(そんけん)


「では劉備様もそれでよろしいですかな?」
糜竺
(びじく)


「……………………尚香さん」
劉備
(りゅうび)


「はい?」
糜竺
(びじく)


「尚香さんに会いたい。
おーいおいおいおいおい。わしは尚香さんに会いたいんじゃあ……」
劉備
(りゅうび)


「は、はあ。い、いちおう孫権にも伝えておくッス。
この前の騒ぎで尚香さん蟄居させられてるんで、期待はしないで欲しいッスけど……」
魯粛
(ろしゅく)


「…………できれば二喬さんにも会いたい」
劉備
(りゅうび)


「そっちは人妻よバカ! どさくさにまぎれてなに言ってんのよ!」
張飛
(ちょうひ)



回想




「このまま許都(きょと)に攻め込むか、それとも荊州を抜いて益州を落とすか。
二つに一つだ。どっちかを選べ」
孫策
(そんさく)


「フッ。あいかわらず急な話だな。少し整理させてくれ。
曹操はいま、袁紹と対峙していて容易に身動きが取れない。
留守にしている許都を急襲し、献帝陛下を奪取する。――最初の計略はそういうことだな」
周瑜
(しゅうゆ)


「おうよ」
孫策
(そんさく)


「そしてもう一つが、劉表の荊州を落とし、さらに西の益州にまで勢力を伸ばす。
そうして曹操と正面からぶつかり合える力を蓄え、堂々と対決する。そういう考えか」
周瑜
(しゅうゆ)


「どうでェ、どっちも面白そうだろ!」
孫策
(そんさく)


「しかし二つ目の計略は、お前にしては迂遠な策だな。誰かに入れ知恵されたか?」
周瑜
(しゅうゆ)


「ははっ。おめェにはお見通しか。
益州を獲るってなァ、この前紹介してくれた魯粛のヤローの考えなんだ。
たしかにまだるっこしいけどよォ、曹操と正々堂々戦えるってのは面白そうじゃねェか!」
孫策
(そんさく)


「それに堅実な策だな。お前に天下を獲らせるためには、最も現実味のある手段だろう」
周瑜
(しゅうゆ)


「だが、今すぐ許都に殴り込んで、一か八かの戦いをするってのも、それはそれで楽しそうだ。
だからおめェに選んで欲しいんだ。おめェが選んだ方にオレは乗るぜ!」
孫策
(そんさく)


「藪から棒に責任重大な話だな。
フッ。だが迷うことはない。私の選択は二つ目だ。まずは荊州を、しかるのちに益州を落とす」
周瑜
(しゅうゆ)


「なら決まりだな! 周瑜! さっそく荊州と益州を落とす作戦を考えろ!
先陣はもちろんオレ、軍師はおめェだ。へへっ、楽しくなってきたぜ!」
孫策
(そんさく)


「任せろ孫策。必ずや君にこの中華の覇権を握らせてみせるよ」
周瑜
(しゅうゆ)



江夏 孫権軍

孫瑜
(そんゆ)

孫権の従兄



「…………ここは?」
周瑜
(しゅうゆ)


「江夏の近郊、孫瑜さんの陣中ッス。急にぶっ倒れたんスよ」
魯粛
(ろしゅく)


「……倒れた? 私がか?」
周瑜
(しゅうゆ)


「動かないで! 馬から落ちて激しく頭を打ってるッス。ガチで絶対安静なんで」
魯粛
(ろしゅく)


「……すこし記憶が混濁している。私はどこに向かっていたのだ」
周瑜
(しゅうゆ)


「荊州を通り抜け、益州の攻略に向かっていた途中だ。
……だから動くなと言っている。礼儀など気にしている場合か」
孫瑜
(そんゆ)


「………………」
魯粛
(ろしゅく)


「どうした魯粛。震えているのか? 君らしくもない」
周瑜
(しゅうゆ)


「こ、この顔はなんなんスか! 顔だけじゃない、手も! 足も! 体全体が変色してる!
毒矢の傷が完治してなかったんスね!
それを白塗りしてごまかしてたんスか……」
魯粛
(ろしゅく)


「フッ。化けの皮がはがれてしまったか。
もともと色が白かったおかげで気づかなかったろう?」
周瑜
(しゅうゆ)


「あんたは馬鹿ッス! ガチで大馬鹿者ッスよ!
こんな身体で、なにが益州攻略ッスか!?」
魯粛
(ろしゅく)


「…………孫策と約束したんだ。
私は行かなければならない。なぜなら私が選んだのだから……」
周瑜
(しゅうゆ)


「無理だ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「フッ。これは諸葛亮先生、いらしたのですか。
お見苦しい姿を見せたこと、お詫びしよう」
周瑜
(しゅうゆ)


「まったくだ。わざわざ見舞いに来てやったのに弔問になりそうだ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「では見舞金を香典に書き換えるです」
黄月英
(こうげつえい)


「……あいかわらず先生は愉快な方だ」
周瑜
(しゅうゆ)


「慈悲深い余が香典代わりに手を貸してやる。だから貴様は安心して死ね」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「と言うと?」
周瑜
(しゅうゆ)


「益州は余が落としてやろう。もっとも、益州は余の物になるがな」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「なっ……!? し、周瑜が病みついてる間になんて図々しい話ッスか!」
魯粛
(ろしゅく)


「しかし周瑜亡き後に遠征軍を率いられる人材がいるのか?
魯粛、貴様か? このぽっと出の誰だかわからない孫瑜とかいう男がやるのか?
それとも孫権が江東を空にして自ら赴くか?」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「そ、それは……」
孫瑜
(そんゆ)


「無理だ。
よしんば益州を攻略できたとして、得体のしれない劉備の率いる荊州をはさみ、
誰が遠く離れた西の果てで益州を統治できる? 劉備と摩擦を起こさずに交渉できる?
もし一人だけいるとしたら、それはここで死相を浮かべている男をおいて他にあるまい」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「…………」
魯粛
(ろしゅく)


「いや、そもそもが無理な話なのだ。
周瑜、貴様一人では益州を落とせぬ。統治もできぬ。
貴様と孫策、どちらが欠けても不可能なのだ。貴様とて、そんなことはわかっていただろうに」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「……あなたは優しい方だ」
周瑜
(しゅうゆ)


「なに?」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「私の、孫策の夢を継いでくれるのだろう?
もちろんあなたや劉備にとって得になる話だから、代わりにやるというだけなのだろう。
だが死に瀕した私に、あえて夢を継いでくれると言う。あなたは優しい方だ」
周瑜
(しゅうゆ)


「やめろ。虫酸が走る」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「フッ。あなたもそんな顔をするのだな。それだけでも倒れた甲斐がある。
……ああ、そうだ。これも孫策の言葉だったか。
私はどこまで行っても、孫策の、小覇王と呼ばれた男の真似に過ぎないのかな」
周瑜
(しゅうゆ)


「し、周瑜。しっかりするッス!」
魯粛
(ろしゅく)


「私の後は魯粛に任せる。
諸葛先生が益州を落とせば、曹操と江東と益州で三国鼎立の形となる。天下三分の計だ。
私と孫策の夢は、孫家と劉備との間で続いていくんだ……」
周瑜
(しゅうゆ)


「周瑜! お前はまだまだ孫家に必要な人間なんだぞ!」
孫瑜
(そんゆ)


「諸葛亮先生……あなたとはもっと話したかった」
周瑜
(しゅうゆ)


「余は貴様ごときに話すことなどない」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「フッ。天はどうして私とあなたを、同じ時に産んだのだろうか……。
あなたの後に産まれていれば、書を通じてでももっとあなたの言葉を聞くことができたのに」
周瑜
(しゅうゆ)


「もう一度言う。やめろ。虫酸が走る」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「益州攻略は孫権の夢でもあった……。
彼もまた孫策に憧れ、孫策の後を追っていたのだからな……。
孫権に、すまないと言ってくれ……」
周瑜
(しゅうゆ)


「周瑜ーーーーーっ!!」
魯粛
(ろしゅく)


「周瑜…………」
孫瑜
(そんゆ)



江夏




「戻ったらすぐに諸葛均(しょかつきん)と馬謖(ばしょく)を呼べ。あいつらに仕事をさせる」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「はいです。
……周瑜が死んで残念です。御主人様を歴史上初めて慕ってくれた友人だったです」
黄月英
(こうげつえい)


「余に友人などおらぬ。もとい、いらぬ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「龐統と馬良(ばりょう)がいるです」
黄月英
(こうげつえい)


「あれは知人だ。あんな趣味の悪い友人は必要ない」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「…………」
黄月英
(こうげつえい)


「黙れ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「何も言ってないです」
黄月英
(こうげつえい)


「いま思ったことを黙れ。死ね」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「嫌です」
黄月英
(こうげつえい)


「お呼びですか兄上」
諸葛均
(しょかつきん)


「これから呼ぶところだ。……やけに手際がいいな」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「周瑜様が亡くなれば、兄はすぐに私に仕事を命じるだろうと龐統様がおっしゃられました」
諸葛均
(しょかつきん)


「フン。あいかわらず小ざかしい男だ。
……貴様はすぐに益州と関中(かんちゅう)に飛べ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「わかりました」
諸葛均
(しょかつきん)


「お呼びですか御主人様」
馬謖
(ばしょく)


「……貴様も龐統の指示で来たか。まったく忌々しい」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「つまり御主人様は自分の考えを読まれるのが嫌なのです」
黄月英
(こうげつえい)


「誰に向けた説明だ。
……馬謖、貴様は馬良をつれてこい。そろそろあのものぐさ者にも手伝わせてやる」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「うっ。……あ、兄を呼ぶのですか。
御主人様の命令とはいえ気が進まないな……」
馬謖
(ばしょく)


「ごちゃごちゃ言わずにさっさと行くです」
黄月英
(こうげつえい)


「チッ。いつか半殺しにしてやるからな小娘」
馬謖
(ばしょく)


「返り討ちで全殺しにしてやるです長っ鼻」
黄月英
(こうげつえい)


「黙れ。さっさと行け」
諸葛亮
(しょかつりょう)





かくして龍鳳にも比肩し得た俊英、周瑜は没した。
龍鳳の力を得た劉備の目は益州へと注がれていたが、
さらに西の彼方、関中ではついにあの男が立ち上がろうとしていた。




〇五五   馬超、起つ