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三 国 志

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〇五五   馬超、起つ





許昌(きょしょう)の都




「機は熟した。今こそ関中(かんちゅう)の諸勢力、いわゆる関中十部を一掃する時じゃ。
ワシの策を聞いてくれるかな、丞相よ」
鍾繇
(しょうよう)


「もちろん。長安(ちょうあん)の統治を任せている君を、わざわざ都まで呼び寄せたんだ。
この日のために練り上げた秘策を存分に語ってくれたまえ」
曹操
(そうそう)


「まず、この戦は丞相自ら遠征軍を率いてもらわなくてはならん。
そして――張魯(ちょうろ)が治める漢中(かんちゅう)を攻略すると盛んに喧伝するのじゃ」
鍾繇
(しょうよう)


「漢中だと? 馬超ら関中十部を討伐するのではなかったのか」
王朗
(おうろう)


「いちいち話の腰を折るでない! 最後までワシの話を聞くんじゃ。
――しかし関中十部どもは疑ってかかるじゃろう。
たかが張魯を討つために曹操が出てくるとは考えられん。
そもそも漢中を攻めるためには、我々の領土を通らねばならない。これは罠なのではないか。
張魯を攻めると見せかけて、実は我々を急襲するのではないか……」
鍾繇
(しょうよう)


「なるほど。そうして彼らの反乱を煽るんだね」
曹操
(そうそう)


「左様。もともと血の気の多い彼奴らのことだ。
関中十部の連中のうち何人かは、やられる前にやってやれと、必ずや蜂起することじゃろう」
鍾繇
(しょうよう)


「長年、関中の諸侯と丁々発止のやりとりをしてきた君だ。その目を信じるよ」
曹操
(そうそう)


「蜂起されればもうこっちのものじゃ。遠征軍はそのまま張魯ではなく関中を叩く。
彼奴らが叩かれれば、次は我が身じゃと蜂起しなかった者どもも立ち上がるじゃろう。
そうして各個撃破すれば、関中十部など恐るるに足らぬ!」
鍾繇
(しょうよう)


「彼らが一致団結して我々に対するとは考えられんか?
関中の全戦力を結集すれば脅威となるぞ」
劉曄
(りゅうよう)


「それはありえん。なぜなら関中十部の要となる、馬超と韓遂(かんすい)が蜂起することはないからじゃ。
馬超の父と兄弟は都に出仕しており、韓遂もまた息子を我々に人質として差し出している。
馬超と韓遂が加わらなければ、あとは烏合の衆に過ぎぬわ!」
鍾繇
(しょうよう)


「ふむ。面白い策だね。関中で育った賈詡君はどう思うかな?」
曹操
(そうそう)


「関中十部の大半と面識のある小生も、妥当な策だと考える。
だが――馬超と韓遂は根っからの反骨の志士だ。そこに一抹の不安を感じることは、禁じえませんな」
賈詡
(かく)


「要するに注意しろってことじゃな。フン、お前に言われんでもわかっておるわ。
丞相! こたびの遠征の準備はすでに整っておる。
兵糧は5年の遠征に堪える備蓄があり、兵の鍛錬も十分。
関中十部の反乱を煽るために、多くの間者も放ってあるぞ!」
鍾繇
(しょうよう)


「あとは僕の一存だけ、というわけだね。頼もしいことだ。
まだ孫権君を攻められるだけの水軍は完成していない。
陸路で攻められる西へ目を向けたいと思っていたところだ。君の考えに乗ろうじゃないか」
曹操
(そうそう)


「かしこまった! すぐに長安へ戻り、丞相と遠征軍を迎え入れる準備を整えてこよう!」
鍾繇
(しょうよう)


「張魯君を討つと見せかけて関中十部を煽る、か。いいね。実に意地の悪い策だ。
程昱(ていいく)君が引退したけど、すぐに後釜が見つかったようだね。
それじゃあ僕らも遠征軍の編成に取り掛かろう。今度の戦は数年がかりになりそうだ。
留守の間に孫権君や劉備君も侵攻してくるだろう。万全の備えをしないとね……」
曹操
(そうそう)



西涼(せいりょう)

馬超
(ばちょう)

西涼の太守



「迷うことなどない! 曹操を討つ!」
馬超
(ばちょう)


「…………お前に反論するだけ時間の無駄だとは思うが、いちおう反論させてくれ。
私は曹操に息子を人質に出している。お前も父の馬騰や弟たちが人質同然に、都に出仕しているのだぞ。
我々が曹操に歯向かえば、人質たちは殺されてしまう。それでも反逆するのか?」
韓遂
(かんすい)


「する! 曹操を討つ!
なぜなら馬超と父ちゃんの立場が反対だったとしたら、
必ずや父ちゃんは馬超の身の心配などせず、曹操と戦うに違いないからだ!」
馬超
(ばちょう)


「……私の息子はそうは思っていないはずだが」
韓遂
(かんすい)


「今日からは馬超は父ちゃんのことを忘れ、韓遂殿を父ちゃんと仰ごう。韓遂殿も馬超を息子と思ってくれ。
そうすればなんの問題もない!」
馬超
(ばちょう)


(……乱暴だが馬超にしては筋の通った意見だな。こいつ、誰かに知恵を付けられたのか?)
韓遂
(かんすい)


「父ちゃん、なにをぼんやりしてるんだ!」
馬超
(ばちょう)


「父ちゃんはやめろ。
――しかし曹操に勝つ方策はあるのか?
地の利こそあれ、我々は兵力では曹操にはるかに劣るのだぞ」
韓遂
(かんすい)


「策はある。大船に乗ったつもりで馬超にどんと任せてくれ!」
馬超
(ばちょう)


「……ここで断れば、私を斬ってでもお前は立つのだろうな。
わかった。曹操におとなしく従うのは私の本意でもない。お前にこの命を預けよう」
韓遂
(かんすい)



許昌の都




「殿!」
荀彧
(じゅんいく)


「おや、荀彧君。どうしたんだい血相を変えて。
遠征の見送りに来てくれた、というわけじゃなさそうだね」
曹操
(そうそう)


「こたびの遠征軍には私も従軍したいと重ねてお願いいたしました。
しかし、どうして私に留守を命じられるのですか」
荀彧
(じゅんいく)


「君の他に都を、そして陛下を任せられる人がいないからだよ。
軍師は他にもいるが、僕の代わりを務められるのは君だけなんだ」
曹操
(そうそう)


「………………」
荀彧
(じゅんいく)


「納得していない顔だね。実を言うと、君にはすこし休んで欲しいんだ。
僕の不始末のせいで儒者との間にあつれきが生じているんだろう?
そんな君をとても従軍なんてさせられないよ」
曹操
(そうそう)


「私は長らく都を任され、戦から遠ざかっています。疲れてなどいません。お気遣いは無用です」
荀彧
(じゅんいく)


「そんな顔色で言われても説得力がないよ。
王朗君と、それに鍾繇君が推薦してくれた者を、君の補佐につける。これですこしは楽になるだろう」
曹操
(そうそう)


「ですが――」
荀彧
(じゅんいく)


「もう郭嘉のような逸材を若くして失いたくないんだ。僕の気持ちを汲んでくれたまえ」
曹操
(そうそう)


「……郭嘉の名前を出されてはしかたありませんね。
あはは。しからば都の守りはお任せください! ご武運をお祈りしています!」
荀彧
(じゅんいく)


「…………頼んだよ」
曹操
(そうそう)


「………………………………」
荀彧
(じゅんいく)



関中 曹操軍

婁圭
(ろうけい)
楊阜
(ようふ)
馬玩
(ばがん)
程銀
(ていぎん)

曹操の参謀

鍾繇の副官

関中十部の一人

関中十部の一人



「馬超、韓遂はともに兵を挙げました。
関中の諸侯もそれに連動して蜂起し、長安以西の郡はほとんどが反旗を翻しました」
荀攸
(じゅんゆう)


「馬超らと交渉を続けていますが、まったく聞く耳を持っていません。
衝突は避けられないでしょう」
張既
(ちょうき)


「当てが外れたね、鍾繇君」
曹操
(そうそう)


「フン! ここまで馬超が馬鹿で愚かで短絡的とは思わなかったわ!
なんの、各個撃破はできなくなったが、代わりに一網打尽にできるわい!」
鍾繇
(しょうよう)


「短期決戦となれば、私の治める郡だけで遠征軍すべての兵糧はまかなえます。
存分に采配をおふるいください」
杜畿
(とき)


「策が大外れしたのに態度のでかい連中じゃのう……」
婁圭
(ろうけい)


「なってしまったものはしかたない。一網打尽にする手を考えるとしよう。
まずは夏侯惇君、君には漢中の張魯君に備えて欲しい。
こちらから手は出さずに、張魯君が動かないよう牽制してくれ」
曹操
(そうそう)


「わかった」
夏侯惇
(かこうとん)


「夏侯淵君、朱霊君は軽騎兵を率いて敵の背後に回ってくれ。
道案内は土地勘のある賈詡君に任せるよ」
曹操
(そうそう)


「おう。隙あらば馬超の首を獲ってやる」
夏侯淵
(かこうえん)


「と、血気にはやる夏侯淵将軍を抑えればよろしいのですな。承知した」
朱霊
(しゅれい)


「冬の間だけ河が凍り、兵を通せる間道がある。そこを案内しよう」
賈詡
(かく)


「さて、他にも打つ手はあるかな」
曹操
(そうそう)


「我が軍の兵力にはまだまだ余裕がある。益州(えきしゅう)にもにらみを利かすため、
敵の南、下弁(かべん)方面にも兵を回すべきではないか」
劉曄
(りゅうよう)


「そうだね。そちらは曹洪君にお願いしよう。
長く関中を担当してきた張既君に場所を選んでもらい、下弁に駐屯基地を築いてくれたまえ」
曹操
(そうそう)


「ああ、すぐに向かう」
曹洪
(そうこう)


「袁紹君と戦った時とは雲泥の差だね。兵力に余裕があるというのはいいものだ。
あとは馬超君の動きをうかがうとしようか」
曹操
(そうそう)


「む。おい丞相、あれはなんじゃい?
向こうの山の奥、なにかが光ったような……」
婁圭
(ろうけい)


「あれは……いけません! 伏兵です! 槍や剣が陽光に反射しているのです」
荀攸
(じゅんゆう)


「――先手を打たれたか」
曹操
(そうそう)


「現れたな曹操! てめえは既に囲まれている! 観念しやがれ!」
馬玩
(ばがん)


「後ろは取ったぞ! このまま押しつぶす!」
程銀
(ていぎん)


「背後にも敵影だ。まずいな、一万はいるぞ」
劉曄
(りゅうよう)


「僕らが兵を分散させるのを待っていたようだね。いい策だ」
曹操
(そうそう)


「感心している場合か! 楊阜! 楊阜はおるか!」
鍾繇
(しょうよう)


「ここだ!」
楊阜
(ようふ)


「丞相、この者は長く馬超と戦ってきたワシの腹心じゃ。
このあたりの地理は手に取るように把握しておる。楊阜に案内させて退路を――」
鍾繇
(しょうよう)


「それはちょうどいい。楊阜君といったか。このまま馬超君の所まで案内してくれ」
曹操
(そうそう)


「は?」
鍾繇
(しょうよう)


「この隘路では、下手に逃げて囲まれたらどこにも逃げ場がない。
それより、夏侯淵君らと連携できる位置まで兵を進めるべきだ」
曹操
(そうそう)


「わ、わかった。大軍を展開できる平地まで案内しよう」
楊阜
(ようふ)


「先陣は俺が務める! 殿は軍の中ほどを進んでくれ!」
曹仁
(そうじん)


「無為無策の猪武者だと聞いていたけど、どうしてどうして。やるじゃないか馬超君。
追いついたら君の勝ち、逃げ切ったら僕の勝ち。ひとつ知恵比べを始めようか……」
曹操
(そうそう)



許昌の都

魏諷
(ぎふう)

官吏



「つまり、あなたは丞相の信頼を失ったのですよ」
魏諷
(ぎふう)


「……馬鹿なことを言うな」
荀彧
(じゅんいく)


「それならなぜ、王朗殿や私をあなたの補佐に付けたのですか?
これまではあなたに都の統治を一任していたのに、なぜ急に今になって?」
魏諷
(ぎふう)


「こたびの遠征軍にも、殿は鍾繇殿ら多くの新鋭を登用している。これもその一環だろう。
お前や王朗殿の政治手腕を試したいと、私に育てさせようとしているだけだ」
荀彧
(じゅんいく)


「なるほど。――それなら丞相の周りにおられる軍師団も同じですかね。
かつては郭嘉、荀攸、程昱、賈詡、王朗らが丞相の頭脳代わりになっていました。
郭嘉が没すると劉曄が、程昱が退き王朗が都に残された今回は鍾繇、婁圭が抜擢されました。
新鋭が次々と出てきている一方で、はてさて、
第一に名前が上がるべき荀彧殿の名は、どこに行ってしまったのでしょうか?
一族の荀攸殿はずっと丞相の側に仕えているというのに?」
魏諷
(ぎふう)


「私は殿に都を任されているのだ!」
荀彧
(じゅんいく)


「孔融(こうゆう)の処刑以来、彼を信奉していた儒者たちは、丞相への反発を強めています。
同じく儒者の代表格として君臨していたあなたは、
むしろ逆に丞相の弁護を努め、ずいぶん反発の風当たりが強かったことでしょう」
魏諷
(ぎふう)


「なにが言いたいのだ」
荀彧
(じゅんいく)


「都を任されたといえば聞こえはいいですが、あなたは丞相に利用されているだけなのでは?
儒者との争いが面倒で、あなたを生贄がわりに差し出しただけではないですか?」
魏諷
(ぎふう)


「…………話にならん」
荀彧
(じゅんいく)


「官渡の戦い以来、あなたはずっと都に残されている。
官渡の戦いからいったい何年が経ったのでしょうか。
あなたはもう何年にわたって、丞相の隣で戦っていないのでしょうか」
魏諷
(ぎふう)


「戦場と都に離れようとも、私の心は常に殿とともにある!
もういい、不愉快だ! 鍾繇殿の推薦だからと、我慢して聞いていたら図に乗って……下がれ魏諷!」
荀彧
(じゅんいく)


「私はあなたの身の上を案じているだけです。
あなたほどの俊英が使い捨てられないかと、ただ心配で――」
魏諷
(ぎふう)


「下がれ!!」
荀彧
(じゅんいく)


「失礼いたします」
魏諷
(ぎふう)


「………………………………」
荀彧
(じゅんいく)





かくして反逆児・馬超は先手を奪い、曹操に襲いかかった。
関中十部の刃は曹操に届くのか? 曹操の反撃の一手とは?
馬超の思わぬ策謀は、覇王の計算を狂わそうとしていた……。




〇五六   馬超の智略