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三 国 志

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〇五七   潼関の戦い





関中(かんちゅう) 曹操軍




「米が足りない」
杜畿
(とき)


「米が足りない。どこかの誰かが牛馬もろとも兵糧を敵に与えてしまったからな」
韓浩
(かんこう)


「へへっ。でもおかげで無事に逃げられたでしょう?」
丁斐
(ていひ)


「何を偉そうに……。
おかげで我が軍は、気を回さなくてよかったはずの兵站にまで頭を悩ませるはめになったのだ。
お前がどさくさにまぎれて牛を何頭か略奪したことも知っているのだぞ!」
婁圭
(ろうけい)


「まあまあ、こうして愚痴を叩けるのも丁斐君のおかげで逃げられたからだよ。大目に見てあげたまえ」
曹操
(そうそう)


「へへっ。毎度」
丁斐
(ていひ)


「それに褒美が牛を何頭かで済むなら助かるじゃないか。
もし官位を欲しがられたら、彼みたいないいかげんな男をどの官職につければいいか悩むところだったよ」
曹操
(そうそう)


「無駄話はそのくらいとして、敵の状況はどうなっている?」
劉曄
(りゅうよう)


「馬超、韓遂(かんすい)らは潼関にこもり、城外には関中十部の大軍が布陣しています。
連携して朝な夕なに我が軍を挟撃し、休む間もありません」
荀攸
(じゅんゆう)


「殿! 関中十部の野郎どもがまた攻めてきたぞ! とりあえず俺が迎撃するぜ!」
曹仁
(そうじん)


「――ご覧のように、というわけだね。
ふむ。兵糧も心もとないし、このまま持久戦になると困ったことになりそうだね」
曹操
(そうそう)


「ワシの献策で砦の骨組みに水をかけ、氷の砦を築いたのはいいが、それも春になれば溶けてしまうぞ」
婁圭
(ろうけい)


「早期に決着をつけなければいかんな……」
鍾繇
(しょうよう)


「丞相! 別働隊の夏侯惇将軍から急報です。
漢中(かんちゅう)の張魯(ちょうろ)が派兵の準備を進めているとのこと。
我が軍の背後を狙う恐れもあります」
董昭
(とうしょう)


「ほう。馬超め、外交戦も仕掛けてきたか。おそらく張魯に援助をして兵を出させたのだろう。
実際に張魯が攻撃を仕掛けてこなくとも、我らは兵を割いて備えなければならんな」
劉曄
(りゅうよう)


「……嫌な予感がするね。事態は張魯君が動くだけでは済まない気がするよ。
各方面に斥候を放って、警戒するんだ。敵は只者ではない。あらゆる可能性を考えるとしよう」
曹操
(そうそう)



西羌(せいきょう)

軻比能
(かひのう)
徹里吉
(てつりきつ)

鮮卑族の王

羌族の王



「軻比能。考え直せ。曹操と戦う。利益ない」
閻柔
(えんじゅう)


「――――――――」
軻比能
(かひのう)


「また無言か。徹里吉。お前は何を考える
閻柔
(えんじゅう)


「口から糞を垂れる前と後にサーと言え!
曹操が怖いのか? タマ落としたかこのウジ虫が!」
徹里吉
(てつりきつ)


「約束した。曹操と戦わない。お前の言うとおり。曹操。怖い」
閻柔
(えんじゅう)


「曹操なんてカマ野郎は恐れるにも足りん。首を切り落として頭蓋骨でファックしてやる!」
徹里吉
(てつりきつ)


「曹操。強い。お前。死ぬ。お前の兵。もっと死ぬ。やめろ」
閻柔
(えんじゅう)


「そうかわかった。家に帰ってママのおっぱいか、曹操のアレをしゃぶって来いよケツ穴野郎。
脳味噌から糞をひねり出すような俺のしごきに耐えた兵どもは負けん!
曹操の首を持ち帰ったら、貴様の首とすげ替えて、残った貴様の首は豚に食わせてやる!」
徹里吉
(てつりきつ)


「……。もういい。お前。知る。曹操の怖さ。強さ。お前の兵。たくさん死なないこと。祈る」
閻柔
(えんじゅう)


「――――――――」
軻比能
(かひのう)



許昌(きょしょう)の都

王必
(おうひつ)

近衛兵長



「いったいなんの騒ぎだ」
荀彧
(じゅんいく)


「は、はい。何者かが反乱を起こし、南門に火を放ったようです」
王必
(おうひつ)


「……私はいま南門から来たところだ。何も異変はなかったぞ。
情報が錯綜しているようだな。早く状況を調べ上げるんだ」
荀彧
(じゅんいく)


「北門だ。北門で火の手が上がっている」
曹丕
(そうひ)


「これは殿下。お騒がせしています」
荀彧
(じゅんいく)


「僕がさっき宮殿の上階から見てきた。北門から西門へと松明を持った一団が移動している。西門に兵を送りたまえ」
曹丕
(そうひ)


「はッ!」
王必
(おうひつ)


「……荀彧、殿下がなぜこんな時間に宮殿にいたか、なんて野暮なことは聞くなよ!
殿下は女官と遊ばれていたわけでは――へぶあっ!!」
呉質
(ごしつ)


「君はいつも一言多い。舌を一本減らしてあげようか?」
曹丕
(そうひ)


「あはは。わかっていますよ。陛下に嫁がれた妹君に会いに行っていたのでしょう?」
荀彧
(じゅんいく)


「さあね。――そんなことより、いったいどうなっているんだい。
ここのところ、小規模ながら反乱が相次いでいる。
父上が留守にしているからとはいえ、ちと多すぎはしないかい」
曹丕
(そうひ)


「……正直に申し上げますと、反乱を起こした者は口をそろえて、
殿の王への即位に異議を唱えるため、と言っています」
荀彧
(じゅんいく)


「ずいぶん気の早い話だね。父上はまだ王になっていないというのに、話が出ただけでその有様かい」
曹丕
(そうひ)


「単なる口実でしょう。即位を阻止するため、つまり陛下のためと言えば、大義名分が立つと思っているのです」
荀彧
(じゅんいく)


「なるほど。そういえば荀彧君も反対している一人だったっけ。
君が反対しているおかげで、彼らも心強いことだろうね」
曹丕
(そうひ)


「あはは。私は反対などしていませんよ」
荀彧
(じゅんいく)


「まだ具体的な話が出ていないからね。でも、こたびの遠征から父上が凱旋すれば、
陛下は必ずや父上を王位に推すよ。その時は君も明確に反対するのだろう?」
曹丕
(そうひ)


「……仮定の話をしてもしかたありません」
荀彧
(じゅんいく)


「申し上げます。荀彧殿、反乱の首謀者を捕らえました」
魏諷
(ぎふう)


「ずいぶん早かったな」
荀彧
(じゅんいく)


「首謀者は前々から目を付けていた者でした。
他の反乱分子と連携すれば、一網打尽にできると思い、泳がせていたのです。
あいにくと今回は単独で反乱を起こしたようですが」
魏諷
(ぎふう)


「……感心しないやり方だな。もし万一のことがあったらどうするつもりだ」
荀彧
(じゅんいく)


「万一のことなんてありませんよ。私は都の周辺の反乱分子を全て把握しています。
彼らが不穏な動きを見せれば、即座に捕らえて見せます。今夜のようにね」
魏諷
(ぎふう)


(……いつかこの男は、自分自身がその反乱分子を束ね上げようとしているのではないか)
荀彧
(じゅんいく)


「荀彧殿! 敵はどこだ!? いま駆けつけたぞ!」
王朗
(おうろう)


「あはは。もう鎮圧しましたよ。ご苦労様です」
荀彧
(じゅんいく)


「終わった? そ、そうか。私が出張るまでもなかったな!
――あ、これは殿下! いらしたのですな。
ご安心ください! 都は私が守り通して見せます!」
王朗
(おうろう)


「安心したまえ。君には期待していない」
曹丕
(そうひ)


「は!? い、いや。ははは。こ、これはおたわむれを!」
王朗
(おうろう)


「それでは私は、陛下も心配されているでしょうからご報告に上がります。
魏諷、王必殿とともに後始末を頼む」
荀彧
(じゅんいく)


「お任せください」
魏諷
(ぎふう)


「………………」
荀彧
(じゅんいく)


「なにか?」
魏諷
(ぎふう)


「いや、なんでもない」
荀彧
(じゅんいく)



関中(かんちゅう) 曹操軍




「南の張魯に連動するように、北の羌族が兵を挙げました!
さらに東では孫権が大軍を催し、合肥(がっぴ)に迫っています!
また小規模なものに留まってはいますが、都では反乱が相次いでいるという情報も入っています」
荀攸
(じゅんゆう)


「馬超君が仕掛けてきたようだね。東西南北、四方からの一斉蜂起とはやるじゃないか。
張魯君や孫権君はまだしも、羌族や都の反乱までは予期していなかった。不意をつかれたね」
曹操
(そうそう)


「感心している場合ではないぞ! 下手をすればワシら遠征軍は敵中で孤立してしまう!」
鍾繇
(しょうよう)


「というか、すでに孤立しているな。
どうする? 今ならまだ長安(ちょうあん)へ引き上げることはできるぞ。いったん退いて出直すか?」
劉曄
(りゅうよう)


「ここまでたどり着くだけでも一万の兵を失ったんだ。逃げるとなれば一万じゃ済まないだろうね。
それに逃げている間に羌族や張魯君が勢力を延ばせば、西方は手が付けられなくなってしまう恐れがある」
曹操
(そうそう)


「ならば戦うしかあるまい! もともと短期決戦を挑むしかないとわかっていたんじゃ」
婁圭
(ろうけい)


「そうとなれば前方の馬超か後方の関中十部か、どちらかの敵は俺に任せろ! 五千もあれば打ち破ってやる!」
夏侯淵
(かこうえん)


「待たれよ諸君。早期決着を狙うことに異議はないが、無為無策で挑んでもしかたあるまい。
小生に策がある。まずはそれを聞きたまえ」
賈詡
(かく)


「そういえば君は、張繍(ちょうしゅう)君に仕えていた頃に、馬超君と戦っているんだったね。
その策というのを聞かせてもらおうか」
曹操
(そうそう)


「取るに足らない簡単な策だ。だが実行するためには多少の損害は覚悟していただきたい。
その代わり、効力のほどは保証いたそう……」
賈詡
(かく)



潼関(どうかん)




「曹操のほうから仕掛けてきたか。四方から囲まれて尻に火がついたようだね」
董夫人
(とうふじん)


「都の反乱こそ何者かの介入によって不発に終わりましたが、それ以外の策はまずまず成功しました。
曹操はこのままでは押しつぶされると判断し、決着を急いでいるのでしょう」
司馬懿
(しばい)


「曹操が来たか! じゃあ馬超が早速迎え撃ってくるよ!」
馬超
(ばちょう)


「待ちなさい。総大将がのこのこ出ていって、もしものことがあったらどうすんのよ。
アンタはおとなしく潼関の中に残ってなさい」
董夫人
(とうふじん)


「それじゃあ誰が曹操と戦うんだ!?」
馬超
(ばちょう)


「……私が行こう。馬岱、龐徳を借りていくぞ」
韓遂
(かんすい)


「すぐに曹操軍の背後を、城外に布陣した関中十部が襲うわ。それまで防戦すれば十分よ」
董夫人
(とうふじん)


「わかっている。どうせ奴らは持久戦に持ち込めば、なす術もないんだ。無理はせんよ」
韓遂
(かんすい)


「……それにしても臭うわね。たしかに曹操は決着を急がなくてはいけない。
でもこの潼関は、強引に落とせる代物ではないわ。なにか策があるのかしら」
董夫人
(とうふじん)


「いかな曹操といえども――ああ、申し訳ありません!
発言を求められていないのに、先走ってしゃべり出してしまいました。
二度とお耳汚しをしないよう、今すぐこの舌を引っこ抜いて見せます!」
司馬懿
(しばい)


「うっさい。発言を許してあげるからさっさとしゃべんなさいよ」
董夫人
(とうふじん)


「奥様の蒼天よりも広き度量に感謝いたします!
――いかな曹操といえども、戦場にあっては打てる手は限られます。
我々は急がずあわてず、落ち着いて対処すれば問題ないでしょう」
司馬懿
(しばい)


「……そんだけ? だったらやっぱり一生黙ってなさい」
董夫人
(とうふじん)


「黙ります! 山奥に人知れず飾られた木彫りの像よりも静かな一生を送るとここに誓いを立てます!」
司馬懿
(しばい)


「あら? ち、ちょっと司馬懿。うちのヤドロクはどこ行ったのよ」
董夫人
(とうふじん)


「………………」
司馬懿
(しばい)


「黙ってんじゃないわよ! またあのバカ、勝手に出撃したんじゃないの!?」
董夫人
(とうふじん)


「………………私は木彫り、私は木彫り……」
司馬懿
(しばい)


「ああもう、どいつもこいつも!!」
董夫人
(とうふじん)



潼関前 韓遂軍




「曹操軍め、ずいぶん強引に攻めて来てへんか?」
馬岱
(ばたい)


「たしかに。この戦が乾坤一擲と言わんばかりの猛攻だな」
龐徳
(ほうとく)


「多少の犠牲は無視して、なんとかして潼関に取りつこうという構えのようだな。
ならば我らは兵を三つに分けて、迎撃するぞ。
私が城門前を守るから、馬岱と龐徳は左右から曹操軍を押し包め」
韓遂
(かんすい)


「はいな。じきに関中十部も駆けつけまっから。無理せんといてな」
馬岱
(ばたい)


「ああ。防戦に努めれば心配はあるまい」
韓遂
(かんすい)


「それでは参ろう」
龐徳
(ほうとく)


「中央突破だ! 中央を突き崩せ!」
曹仁
(そうじん)


「道を阻まばこの徐晃が押し通る!」
徐晃
(じょこう)


「この曹操軍の遮二無二な突撃。まるで潼関の城門にさえ取りつけば、どうにかなると思っているようではないか。
いったいなにを考えておるのだ」
韓遂
(かんすい)


「韓遂! 韓遂はどこだ!」
夏侯淵
(かこうえん)


「韓遂殿、狙われているようです。後ろにお下がりください」
成公英
(せいこうえい)


「止まれ! 韓遂殿の代わりに私が相手になろう」
閻行
(えんこう)


「おお、そこにいらしたか韓遂殿! 丞相からよろしく伝えてくれと言われて、参った次第だ。
たしかに伝えたぞ。それではさらばだ!」
夏侯淵
(かこうえん)


「…………は?」
韓遂
(かんすい)


「目的は果たした! 引き上げるぞ!!」
曹仁
(そうじん)


「馬岱と龐徳の追撃は拙者が防ぐ! 関中十部に背後を襲われる前に逃げられよ!」
徐晃
(じょこう)


「な、なんだ今のは。この強引な突撃はまさか、私に会うことだけが目的だったのか?」
韓遂
(かんすい)


「…………韓遂、今のはなんだ」
馬超
(ばちょう)


「ば、馬超。城を守っているはずのお前がなぜここにいる。さてはまた抜け駆けを――」
韓遂
(かんすい)


「そんなことはどうでもいい! 質問に答えろ! お前は曹操と内通しているのか!?」
馬超
(ばちょう)


「バカなことを言うな。私とて戸惑っているのだ。
いいか、これは私とお前の仲を裂こうとする曹操の計略だ。
以前、董卓と戦った時にもこんなことがあっただろう」
韓遂
(かんすい)


「…………馬超もいったんは父ちゃんと仰いだお前を疑いたくない。
だが覚えておくがいい。もし馬超や同志を裏切ることがあれば、この正義の槍がお前を貫くと!」
馬超
(ばちょう)



潼関(どうかん)




「曹操軍はこの無謀な突撃で多大な損害を出してるわ。
韓遂、そうまでして曹操はあなたに何を伝えたかったのかしら?」
董夫人
(とうふじん)


「……私によろしく伝えてくれ、と」
韓遂
(かんすい)


「ただの挨拶だけ? あんさん、そないアホな話がありまっか」
馬岱
(ばたい)


「私も驚いている。だがこれは事実だ」
韓遂
(かんすい)


「韓遂殿の言葉に間違いはありません」
成公英
(せいこうえい)


「……腹心の言葉だけではとうてい信じられんな」
龐徳
(ほうとく)


「追い詰められた曹操が望んでいるのは、我々が仲違いをし、内部分裂を起こすことだ。
多少の犠牲を払ってでも、揺さぶりを掛ける価値があると踏んだのだろう」
韓遂
(かんすい)


「……一理あるわね。
でも、もともとアンタとは敵同士だったし、アンタと曹操は旧知の仲だって聞くわ。
どうしても疑いは捨て切れない。同じ屋根の下で暮らすのは御免こうむりたいわ」
董夫人
(とうふじん)


「我々が曹操と内通し、敵を導き入れるとでも?
曹操に反旗を翻した時から、我々は一蓮托生の身だ。濡れ衣を着せるのはやめていただきたい!」
成公英
(せいこうえい)


「やめろ成公英。味方同士で言い合ってもしかたない。
……我々の軍は城外に布陣しよう。それなら心配なかろう」
韓遂
(かんすい)


「………………」
馬岱
(ばたい)


「か、韓遂殿。曹操の使者から書状が届きました」
閻行
(えんこう)


「なんだと。馬超に見せてみろ!
こ、これは……ッ!」
馬超
(ばちょう)


(む……。この展開には見覚えがある)
韓遂
(かんすい)


「韓遂! やはりお前は裏切っていたんだな!
この手紙を見ろ! 一見ただの挨拶に見えるが、ところどころ塗りつぶされているじゃないか!
都合の悪いところを消したんだろ!」
馬超
(ばちょう)


「やはりそうか……。
馬超、思いだせ。お前の父とともに董卓と戦った時も、同じことがあった。これは敵の罠だ」
韓遂
(かんすい)


「同じこと? あったような無かったような……。
とにかくこれは曹操と内通している証拠だ! 韓遂、そこに直れ! 馬超が成敗してやる!」
馬超
(ばちょう)


「待て。この書状を受け取ったのはついさっきのことだ。
韓遂殿が添削する時間などなかっただろう」
閻行
(えんこう)


「……腹心のアンタが気を利かせて消したんじゃないの?」
董夫人
(とうふじん)


「そんなことを言い出したら切りがない。
だいたいこれが内通の証拠だったとして、なぜわざわざお前たちに見せる必要がある?
曹操から書状が来たことなど黙っていればよいではないか」
韓遂
(かんすい)


「ちょいと待った。前にも敵からの手紙が塗りつぶされることがあったってホンマか?
それはおかしな話やな。前回ん時の相手は董卓で、今回は曹操が相手なんやで。
敵が変わってるのに同じ策を使ってくるなんて、ありえへんやろ」
馬岱
(ばたい)


「……曹操軍に、以前の時と同じ策士がいるのかもしれん」
韓遂
(かんすい)


「ずいぶん都合のいい解釈ね。
でも万が一、同じ策士がいたとして、わざわざ同じ離間の策を仕掛けてきたりするかしら?」
董夫人
(とうふじん)


「……もういい。我々の軍が外に出ればいいだけの話だ。
私を疑いたければ勝手にしろ。私は潼関の外で独自に兵を動かす。
お前たちは私を無視して戦えば良かろう」
韓遂
(かんすい)


「韓遂殿の軍だけではたちまち曹操軍に撃破されよう。
我も一軍を率いて城外に布陣し、韓遂殿を監視しつつ、潼関内の軍との連携を図ろう」
龐徳
(ほうとく)


「感謝するぞ、龐徳。
――馬超、これだけは覚えておけ。我々が戦うべき相手は曹操だ。
曹操の首を挙げることだけを考えろ!」
韓遂
(かんすい)


「韓遂、これだけは覚えておけ! 馬超の槍は常に正義の旗のもとにあると!」
馬超
(ばちょう)


「………………」
韓遂
(かんすい)



関中(かんちゅう) 曹操軍




「董卓君のもとにいた時と同じ策を仕掛ける、か。
大胆不敵な策だったね、賈詡君」
曹操
(そうそう)


「小生は馬超の性情を熟知しておる。あえて同じ策を試みることで、疑心暗鬼を誘ったのだ」
賈詡
(かく)


「だがこれだけでは不十分だ。韓遂の軍を城外へ出させたが、それでもなお潼関の守りは堅い」
劉曄
(りゅうよう)


「内通していると疑わせている以上、韓遂の軍を叩くこともできませんしな」
荀攸
(じゅんゆう)


「無論、小生の策はこれだけでは終わらぬ。
韓遂と馬超の仲を決定的に裂き、彼奴らを同士討ちさせる所まで持って行こう」
賈詡
(かく)


「そ、それは何をどうするのじゃ?」
婁圭
(ろうけい)


「……僕はすでに賈詡君から次の手を聞いている。正直言って、あまり気は進まないんだけどね」
曹操
(そうそう)


「なんじゃその策とは? もったいぶらずに言いなされ」
鍾繇
(しょうよう)


「それは――」
曹操
(そうそう)


「軍議中に失礼いたします! 都の曹丕様から急報です!」
董昭
(とうしょう)


「……いや、その報告は聞くまでもない。
どうやら、僕らより先に曹丕君が気を回してくれたようだ。
これで馬超君と韓遂君の、いや関中十部の命運は終わりだろう」
曹操
(そうそう)





かくして関中十部の諸侯の間には大きな亀裂が入った。
さらなる賈詡の策謀とは? それに先んじて曹丕はいかなる手を打ったのか?
馬超の正義の槍は、曹操の喉元にまでは届かないのか?




〇五八   折れた槍