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三 国 志

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〇五八   折れた槍





許昌(きょしょう)の都

馬休
(ばきゅう)
馬鉄
(ばてつ)

馬騰の子

馬騰の子



「………………」
馬騰
(ばとう)


「父ちゃんが陛下に謀反を企てただと?
馬鹿なことをぬかすな! 父ちゃんがどれだけ陛下のために尽力してきたか、忘れたとは言わせんぞ!」
馬鉄
(ばてつ)


「そうだ! 陛下をないがしろにし、危害を加えようとしているのはお前たちのほうではないか!」
馬休
(ばきゅう)


「わ、我々は決してそのようなことは――」
王必
(おうひつ)


「今すぐ父ちゃんの処罰を取り消せ! 父ちゃんはいつだって陛下の味方だ!」
馬鉄
(ばてつ)


「し、しかし、仮に陛下への謀叛がなかったとしても、馬超が反乱したことは事実で――」
王必
(おうひつ)


「ならばこの馬休と馬鉄が、あんちゃんの反乱の償いとして処罰を受けよう!
さあ、今すぐ首をはねろ! その代わり父ちゃんの命は助けてもらうぞ!」
馬休
(ばきゅう)


「わ、私にそのような権限は――」
王必
(おうひつ)


「…………もういい、休、鉄。王必殿も困っておられる」
馬騰
(ばとう)


「で、でも父ちゃん」
馬鉄
(ばてつ)


「黙れと言ったのがわからんのか!!
――たしかにこの馬騰も処分には納得しておらん。陛下への謀叛など夢にも思ったことはないからな!
だが馬超が反乱したのは動かしようのない事実だ。その罰は受けねばならん」
馬騰
(ばとう)


「父ちゃん……」
馬休
(ばきゅう)


「しかし間違うではないぞ! この馬騰は曹操の命に従うのではない! 法に従い首を差し出すのだ!
さあ、今すぐ馬騰の首を落とせ! だが息子たちは父に連れ添ってきただけのこと。
馬騰の首と引き換えに息子たちは釈放してもらうぞ!」
馬騰
(ばとう)


「だ、だから私の一存でそのようなことを決めるわけには――」
王必
(おうひつ)


「手ぬるいな王必君」
曹丕
(そうひ)


「こ、これは殿下!」
王必
(おうひつ)


「さっきから見ていればなにを手こずっている。
檻の中の連中に気圧されるなどだらしのな――へぶああっ!?」
呉質
(ごしつ)


「僕がしゃべっているんだ。黙りたまえ。
王必君、いつまでこんな所で油を売っているつもりだ。さっさと謀反人の首を3つ並べたらどうだい」
曹丕
(そうひ)


「……その顔、その声。お前は曹操の息子だな」
馬騰
(ばとう)


「だからどうしたんだい? 僕も死人と話している暇はないんだ」
曹丕
(そうひ)


「噂は聞いているぞ。お前が来たからにはもはや息子たちの助命もかなわぬか……。
しからば曹操に伝えるがいい! 馬騰ら父子は死してなお国家を守る鬼になろうと!」
馬騰
(ばとう)


「ふうん。それは立派な心掛けだ。でもあいにくだったね。
君たちの死は僕の策の一部になるだけさ」
曹丕
(そうひ)


「な、なんだと」
馬休
(ばきゅう)


「君たち雑魚の首も、僕の手にかかれば曹操を助ける一手の布石になるというわけさ。
国家を守る鬼だって? そんなものより僕の手駒になる方が光栄だろう?」
曹丕
(そうひ)


「な、なにをするつもりだ!?」
馬鉄
(ばてつ)


「死人に言う必要はないね」
曹丕
(そうひ)


「………………」
馬騰
(ばとう)



潼関(どうかん)




「父ちゃん! 休! 鉄! うううううううう……」
馬超
(ばちょう)


「無念や。かなわぬ夢とはいえ、馬騰様らには生きていて欲しかった」
馬岱
(ばたい)


「ううううううううううう……」
馬超
(ばちょう)


「……ち、ちょっと。落ち着きなさいよアンタ。
あたしらが反乱したら、都に残されたパパや弟は殺されるなんてわかってたことじゃないの」
董夫人
(とうふじん)


「ううううううううう……うれしいぞ、この馬超は!!」
馬超
(ばちょう)


「は?」
董夫人
(とうふじん)


「馬超はいま猛烈に感動している!
ああ、わかっていたとも董白! 父ちゃんや休や鉄が死ぬことは覚悟していた。
だから父ちゃんたちが馬超のために粛然と死んでくれたことが、たまらなくうれしい!」
馬超
(ばちょう)


「そ、そう……。それはよかったわ」
董夫人
(とうふじん)


「父ちゃん! 休! 鉄! 星となって馬超を見守っていてくれ!
必ずや曹操の首をその星のもとまでかっ飛ばしてみせる!」
馬超
(ばちょう)


「せや! 明日はホームランや!」
馬岱
(ばたい)


(もう嫁入りしてずいぶん経つけどこいつらのノリにはついて行けない……)
董夫人
(とうふじん)


「おい馬超! てめぇこれはいってぇどういうことだ!」
馬玩
(ばがん)


「説明説明。求める求める」
張横
(ちょうおう)


「事と場合によってはーーッ! ただじゃおかねえぞーーッ!」
楊秋
(ようしゅう)


「なんやなんや藪から棒に。城外に布陣しとった関中十部のお歴々がわざわざなんの用や」
馬岱
(ばたい)


「おっと、まずはお悔やみを言わねぇとな。
馬騰の兄ィのことは残念だぜ。ま、気を落とさずやってくれや。
――で、話は韓遂のことだ馬超!」
馬玩
(ばがん)


「韓遂なら怪しいところがあるから城の外に出てもらってるが、それがなにか?」
馬超
(ばちょう)


「怪しいってレベルじゃねえぞーーッ!」
楊秋
(ようしゅう)


「馬騰馬騰。処刑されたされた。でもでも。韓遂の息子息子。生きてる生きてる」
張横
(ちょうおう)


「……馬騰パパと一緒に人質として都にいた、韓遂の息子は処罰を受けずに無事だって言うの?」
董夫人
(とうふじん)


「そうだ。これで決まったな。韓遂のヤローは曹操と内通してやがるんだ。
あのヤロー、味方ヅラして裏では俺たちをせせら笑ってやがったんだ!」
馬玩
(ばがん)


「韓遂はーーッ! 殺すぞーーッ!」
楊秋
(ようしゅう)


「ま、待ちなさい。今ここであたしたちが争ったら曹操の思う壺に――」
董夫人
(とうふじん)


「韓遂のヤローがこの潼関に曹操の兵を導き入れるまで、指をくわえて待ってるつもりか?」
馬玩
(ばがん)


「もう遅い遅い。攻撃は始まる始まる」
張横
(ちょうおう)


「殿! 関中十部の軍が韓遂に襲いかかった! 曹操もこれを好機と動くに違いない!」
龐徳
(ほうとく)


「な、なんてことなの……」
董夫人
(とうふじん)


「おのれ韓遂め……。かくなる上は韓遂と曹操の首をかっ飛ばしてやる!」
馬超
(ばちょう)


「止めなさい馬岱!」
董夫人
(とうふじん)


「落ち着け殿。やみくもに突撃したらそれこそ曹操の思う壺やで」
馬岱
(ばたい)


「潼関の守りはそうそう崩されないわ。韓遂は見殺しにしてでも、まずは守りを固めて――」
董夫人
(とうふじん)


「待て。なんか騒がしくねぇか。
――おい、潼関の裏に敵が現れたぞ!」
馬玩
(ばがん)


「なんですって!?」
董夫人
(とうふじん)


「首尾よく背後をとれたな。行くぞ! 褒美が待っている!」
曹洪
(そうこう)


「馬を狙え! 西涼の軍も騎馬を失えばただの兵だ!」
張既
(ちょうき)


「あれは……下弁(かべん)に布陣していた曹洪の軍よ。
いつの間に背後に回ったの!?」
董夫人
(とうふじん)


「曹洪のもとには我々と長年にわたり交渉していた張既がいる。
関中の地理を熟知する彼奴が手引きしたのだろう」
龐徳
(ほうとく)


「俺たちはーーッ! 軍に戻るぞーーッ!」
楊秋
(ようしゅう)


「挟み撃ち挟み撃ち。潼関も危うい危うい」
張横
(ちょうおう)


「韓遂と正面の曹操軍は俺たちが引き受けてやる。
お前らは一か八かの戦いを挑むか、それとも西涼に逃げて態勢を立て直すか考えろ。
……気にするな。馬騰の兄ィには世話になったんだ。じゃあな」
馬玩
(ばがん)


「戦況は厳しいわね……。司馬懿! 次の策を出しなさい!」
董夫人
(とうふじん)


「木彫り……私は木彫り……」
司馬懿
(しばい)


「いつまで木彫りごっこやってんのよ!
だいたい木彫りのくせにアンタ、飯は食うわ布団で寝るわ、普通に暮らしてるじゃないの!
しゃべんのがめんどくさいだけでしょ!」
董夫人
(とうふじん)


「……はっ! も、申し訳ありません奥様。
木彫りとして暮らそうにも、餓死や失神をしては迷惑でしょうから、心は木彫り、体は人間として生きようと心がけて――」
司馬懿
(しばい)


「いいから次・の・策!!」
董夫人
(とうふじん)


「は、はい! 採るべき道は二つです。
一つは背後の曹洪を蹴散らし本拠地の西涼まで退き、羌族と連携して態勢を立て直す。
もう一つは正面の曹操を破り、漢中の張魯(ちょうろ)に庇護を求めるか、です」
司馬懿
(しばい)


「……潼関を捨てて逃げるしかないわけね」
董夫人
(とうふじん)


「韓遂や関中十部ら城外の軍と連携して、はじめて曹操に対抗できます。
しかし城外の軍はこの同士討ちに乗じた曹操によって大打撃を被るでしょう。
そうなっては我々に勝ち目はありません。退却する余力のあるうちに逃げるべきです」
司馬懿
(しばい)


「なら、北か南かどちらに逃げるか決めないとね。馬超、アンタの考えは?」
董夫人
(とうふじん)


「東だ! 馬超は韓遂と曹操を討つ!」
馬超
(ばちょう)


「……駄目だこいつ早くなんとかしないと。
馬岱、龐徳、アンタらの考えは――」
董夫人
(とうふじん)


「えーと。その前に報告や。羌族の軍が曹彰(そうしょう)の別働隊に撃破されたと、いま連絡が入ったで」
馬岱
(ばたい)


「…………あっそう」
董夫人
(とうふじん)


「ならば南だな。これだけの兵を連れていれば、張魯も受け入れてくれるだろう。
我が一足早く漢中に向かい、張魯に助けを求めてこよう。御免!」
龐徳
(ほうとく)


「わては背後の曹洪を食い止める。姐御と殿はなんとか敵中を突破してくれ」
馬岱
(ばたい)


「わかった、曹操と韓遂の首を手土産に漢中へ向かおう!」
馬超
(ばちょう)


「それができないから漢中へ向かうのよ!
誰か、このヤドロクをふん縛ってつれてきなさい!」
董夫人
(とうふじん)



潼関前 曹操軍




「策は当たりました。関中十部の連携は瓦解し、韓遂と激しく戦っています」
荀攸
(じゅんゆう)


「曹丕殿下が気を回してくれたおかげで、予想より早く事が進んだのう!」
婁圭
(ろうけい)


「ふむ。僕は馬騰君を見逃してもいいと思っていたんだが……まあ、過ぎたことはしょうがない。
この機に乗じて一気に勝利を収めるとしよう」
曹操
(そうそう)


「ああ。韓遂の軍には手出しは無用だな。
馬超はおそらく漢中に逃れようとするだろう。それを迎え撃とう」
劉曄
(りゅうよう)


「相手はあの馬超じゃ。正面から戦っては我が軍の被害も大きくなる。
いったん馬超を通過させて、それから背後を襲うのはどうじゃ?」
鍾繇
(しょうよう)


「しからば小生が退路を予測し、夏侯淵将軍とともに追撃をかけるとしよう」
賈詡
(かく)


「ここで決着をつける。目標は関中十部、全員の首だ」
曹操
(そうそう)


「はッ!!!」
夏侯淵
(かこうえん)
曹仁
(そうじん)
徐晃
(じょこう)



潼関 曹操軍




「曹操ーーッ! 俺の負けだーーッ! 降伏するぞーーッ!」
楊秋
(ようしゅう)


「進退きわまったか……。もう俺は抵抗せん。好きにするがいい!」
侯選
(こうせん)


「今さら降伏とは虫のいいことを……。丞相! もちろん首をはねるじゃろう?」
婁圭
(ろうけい)


「どうしてだい? 関中はこれから僕の傘下に入るんだ。
降伏者を斬ったりしたら反感を買って統治が面倒になってしまうよ」
曹操
(そうそう)


「たしかに今さら降伏など気に食わんが、後々のことを考えれば、受け入れたほうが得じゃろうな」
鍾繇
(しょうよう)


「し、しかしさっきは関中十部全員の首が目標じゃと――」
婁圭
(ろうけい)


「履き違えるな。首を集めるのが目的ではない。臨機応変という言葉を知らないのか?」
劉曄
(りゅうよう)


「フ、フン。わかっておるわ。ワシはただ丞相の言葉を尊重してじゃなあ……」
婁圭
(ろうけい)


「殿! 馬玩、成宜、張横、李堪、梁興、程銀の首は挙げたぞ!
だが大軍を持つ韓遂は西涼に、馬超は漢中に逃がしちまった! 追撃するだろ!?」
曹仁
(そうじん)


「そう急ぐな。西涼にしろ漢中にしろ、容易に侵攻できない険阻な地だ。
僕らも無傷では済んでいない。慎重に軍を進めるとしよう」
曹操
(そうそう)


「しかし基盤を失った馬超はまだしも、本拠地に戻った韓遂は勢力を盛り返す恐れがあります。
韓遂だけでも今のうちに叩くべきだと考えます」
荀攸
(じゅんゆう)


「ワシも賛成じゃ。曹彰殿が羌族の足止めをしている今なら、邪魔立てされずに西涼に攻め込めるじゃろう」
鍾繇
(しょうよう)


「そうだね。それじゃあ電撃戦の得意な夏侯淵君に向かってもらうとしよう。
賈詡君、参謀と道案内を頼めるかな」
曹操
(そうそう)


「承知いたした。徐晃殿、張郃殿、それに羌族の情勢に詳しい者をつれていって構いませぬかな」
賈詡
(かく)


「それなら夏侯淵君のもとにいる郭淮(かくわい)君が年若いが適任だろう。彼を活用したまえ」
曹操
(そうそう)


「郭淮? ふむ。誰かは知らぬが丞相が言われるのなら適任なのだろう。では行って参る」
賈詡
(かく)


「殿! 我が軍にまぎれてた怪しいヤツを捕らえたぞ!
落馬して頭でも打ったようで、自分は木彫りの人形だと言い張ってやがる。拷問して素性を吐かせるか?」
楊沛
(ようはい)


「おおかた気が触れているんじゃろう。好きにしろ」
婁圭
(ろうけい)


「いや……。もし敵方の人間なら、いろいろと役に立つ。つれてきたまえ」
曹操
(そうそう)


「奇人にまで興味を示すのか? 丞相の人材好きは筋金入りだな」
劉曄
(りゅうよう)


「……この戦、あまり智略を重んじない馬超君にしては、多くの鋭い策を放ってきた。
彼に知恵を付けた何者かがいるんだ。そうだろう、鍾繇君?」
曹操
(そうそう)


「ああ、馬超に、いや関中にこんな手の込んだ策を出せる者はおらん!」
鍾繇
(しょうよう)


「その木彫りの彼が、くだんの策士だとまでは言わないよ。
でも僕たちをここまで苦しめた才能は、ぜひ幕下に迎え入れたい。
そのためにはあらゆる手を尽くすつもりさ……」
曹操
(そうそう)



潼関 南 馬超軍




「関中十部は壊滅した。潼関は落ちた。生まれ育った西涼の地を失った……」
馬超
(ばちょう)


「ついでに司馬懿も見当たらないわ。死んだか逃げたかまでは知らないけど」
董夫人
(とうふじん)


「でも董白、君は残った。馬岱も龐徳も生き残った」
馬超
(ばちょう)


「おう、わてらが無事な限り、関中十部は死んどらんぞ!」
馬岱
(ばたい)


「その通りだ。我らの最後の一人が果てるまで、関中の灯は消えぬ」
龐徳
(ほうとく)


「それなら馬超たちの勝ちだ! この戦は馬超が勝った!
見たか曹操! 馬超の槍は折れるとも、正義の心まで折ることはできない!!」
馬超
(ばちょう)


「はあ……。アンタらの能天気さには困らされてきたけど、今日ばかりは頼もしく思うわ。
馬超、馬岱、龐徳、アンタらまだ戦えるのね」
董夫人
(とうふじん)


「当然だ! 曹操の首をあの星空に打ち上げる日まで、馬超の歩みが止まることはない!」
馬超
(ばちょう)


「あたしも同じよ。曹操と戦うためにあたしは生きてきた。曹操を討つことだけを考えてきた。
張魯でも誰でも、どんな手を使ってでも必ず曹操を討つ」
董夫人
(とうふじん)


「そうだ! 馬超の星をつかむまで、馬超はどんと行く!!」
馬超
(ばちょう)





かくして関中十部の反乱は潰えた。
しかし馬超の野望の灯は消えることなく燃え盛っていた。
一方、劉備もまた自身の野望実現のため、ついに壮大な計画を実行に移そうとしていた。




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