アイコン
三 国 志

トップページに戻る

〇六一   濡須口の戦い





濡須(じゅしゅ)北部 曹操軍




「馬超は予測通り関中で決起したものの、楊阜らの反乱により撃退されました。
張魯のもとへ逃げ帰りましたが、夏侯淵将軍らの追撃により大打撃を受け、
しばらくは再起もままならないでしょう」
華歆
(かきん)


「韋康君や人質に取られた者が何人も殺されてしまったが、まずは首尾よく行ったね。
これで安心して東へ兵を向けられるよ」
曹操
(そうそう)


「……今回の出兵の最大の目的は馬超を釣り出すことにあった。
その目的が果たされたいま、孫権と戦う必要性はさほど無いと思うのだが?」
劉曄
(りゅうよう)


「赤壁の戦いにも劣らない大軍を率いておいて、何もせずに帰れと言われるのか?」
王朗
(おうろう)


「俺たちはともかく、将兵は濡須口を攻めることこそが本命だと考えてます。
ここで撤退しろと言われても、はいそうですか、とは行かないでしょうね」
蒋済
(しょうせい)


「戦いもせずに兵を引けとまでは言わない。
だが最大の目的は達成している以上、濡須口の攻略に執心する必要はない、と言っているんだ。
孫権との戦いは一定の戦果を得られればそれでいい。丞相はその線引きをどう考えているのか伺いたい」
劉曄
(りゅうよう)


「そうだね。孫権君の顔を見られればいいと思っているよ」
曹操
(そうそう)


「か、顔を?」
王朗
(おうろう)


「赤壁では奇襲を受けて大混乱に陥ってしまったからね。孫権君の顔を見られなかった。
この戦が初対面だから楽しみにしているんだ。
聞けば彼はずいぶんと個性的な顔をしているらしい。いったいどんな顔なんだろうね……」
曹操
(そうそう)



濡須口(じゅしゅこう) 孫権軍




「ちっきしょーめ! くしゃみが止まんねェぞ、おい!
オレの噂をしてやがんのは誰だ? 都に置いてきた張昭が悪口叩いてんのか?」
孫権
(そんけん)


「ははは。あるいは曹操が艦長の噂をしているのかも知れませんよ」
呂蒙
(りょもう)


「曹操のジジイか。赤壁ん時はてんやわんやでツラを拝めなかったからな。
乱世の奸雄サマはどんなツラしてんのか楽しみだぜ」
孫権
(そんけん)


「張昭さんがいたら『曹操に肉薄するほど前線に出るおつもりなのか! まったく!』
って言うところッスね」
魯粛
(ろしゅく)


「おお、すげー似てるじゃねェか魯粛!」
孫権
(そんけん)


「ウイッシュ。徹夜して練習した甲斐があったッス」
魯粛
(ろしゅく)


「……ええと、そろそろ陣立てを説明したいのですがよろしいでしょうか?」
吾粲
(ごさん)


「おうよ。遠慮せずやってくんな」
孫権
(そんけん)


「まず前衛として韓当、黄蓋、周泰が布陣しています。
遊撃隊として甘寧、蒋欽が後方に控え、水軍は董襲と徐盛が率いています」
吾粲
(ごさん)


「対する曹操軍ですが、前衛に張遼、徐晃、臧覇。
遊撃隊には曹休、楽進。水軍は于禁と李典が率いてます。つまり、あっしらと全く同じ布陣ですね。
同じ戦法をとれば、兵が多いほうが勝つ。ま、理にかなった考えだ」
呂蒙
(りょもう)


「正攻法ですか。それゆえに崩しづらいですな」
諸葛瑾
(しょかつきん)


「で、どう対抗するんだ呂蒙軍師サマは。
今回の戦は全面的におめェに任せっから、好きにやってみろ」
孫権
(そんけん)


「待ちましょう。あっしらは曹操軍を殲滅する必要はないし、そもそもそんなことはできやしません。
曹操だってこんな大軍をいつまでも遠征させることはできない。
あっしらは持久戦をとりつつ、反撃の機会をうかがいましょう」
呂蒙
(りょもう)


「……昔の呂蒙からは考えられない言葉だな」
周泰
(しゅうたい)


「おいどんらの知ってる呂蒙は誰よりも無鉄砲でごわしたからな」
蒋欽
(しょうきん)


「急にガリ勉になってさー。付き合いが悪くなったなこいつと思ってたら、
軍師ヅラしてオレらを指図する立場になってんだもんなー」
甘寧
(かんねい)


「ガリ勉ばかりで剣の腕が衰えてんじゃねえだろうな。
ちょっと表に出ろ。試してやる」
韓当
(かんとう)


「あっはは。こいつは手厳しい。わかりました、お付き合いしましょ」
呂蒙
(りょもう)


「待ったッス。呂蒙とはこれから細かい作戦を詰めていかなきゃなんないんでえ。
つれてかれたら困るッス」
魯粛
(ろしゅく)


「しかし、あっしから申し上げられることなんて、別にありませんよ」
呂蒙
(りょもう)


「とにかく待って、相手の隙をつく。軍師殿が言えるのはそれだけなのですか?」
諸葛瑾
(しょかつきん)


「はっはっはっ。文官と武官から板挟みにされて困ってるぜ呂蒙のヤツ」
孫権
(そんけん)


「参りましたね……。ひとつ言えることは、待てば必ず勝機は訪れます。
曹操軍は巨大な、それこそ海のような溜め池で水軍を鍛えてきましたが、それでも長江とはわけが違います。
長江の機嫌までは、さすがの曹操も読めはしません。
波が荒れ、河が怒り狂ったその時こそ、あっしらの攻め時でしょう」
呂蒙
(りょもう)



濡須 孫権軍




「長江は荒れ狂い、敵味方問わず多くの艦船が被害を受けています!」
厳畯
(げんしゅん)


「……呂蒙。おめェが待ってたのはこいつか?」
孫権
(そんけん)


「あっはは。ここまで激しいのはちょっと想定外ですね。
これじゃあ反撃どころの騒ぎじゃないでしょう」
呂蒙
(りょもう)


「大変ッス! 水軍を率いていた徐盛の旗艦が、曹操軍のまっただ中に流れ着いたそうッス!」
魯粛
(ろしゅく)


「この荒れ模様では曹操軍もすぐには包囲できません。すぐに遊撃隊を救援に向かわせましょう」
吾粲
(ごさん)


「ついでに董襲にも、徐盛の二の舞になる前に引き上げろって伝えてくんな」
孫権
(そんけん)


「了解です。ただちに向かいます!」
吾粲
(ごさん)


「報告です。前線の韓当、黄蓋、周泰ら各将軍が独断で兵を進めています。
『待ってたら好機が訪れたから予定通り攻める』、とのことでした」
諸葛瑾
(しょかつきん)


「聞いたか呂蒙。おめェの思ってた通りに事は進んでるじゃねェか」
孫権
(そんけん)


「……あっしも昔は似たようなものでしたが、兵法を知った今となっちゃ怖くて真似できません。
将軍らはこの荒波の中でも自在に船を操れるでしょうが、それでも心配ですね。
あっしも後詰めに向かいましょう」
呂蒙
(りょもう)


「駄目ッス。まだ昔の気質が抜けてないようッスね。
周瑜みたく軍師はどっしり構えてえ。後方にいるものッス」
魯粛
(ろしゅく)


「いや、何もかも周瑜にならうこたァねェよ。
周瑜は周瑜。おめェはおめェだ。呂蒙、おめェの好きにやんな」
孫権
(そんけん)


「わかりました。それではひとつ前線に出て指揮をとります」
呂蒙
(りょもう)


「……戦う軍師ッスか。頼れるけど危なっかしいッス」
魯粛
(ろしゅく)


「なーに。周瑜だって荒くれ者のあいつらには振り回されてたんだ。
周瑜のヤツは好き勝手に動き回るのをうまいこと予測して、作戦に組み込んでやがった。
だが呂蒙はあいつらの中に入って、内側から制御しようってんだろうよ。
荒くれ者の心をよく知ってる、呂蒙らしい軍師っぷりじゃねェか」
孫権
(そんけん)


「なるほど……。さすが荒くれ仲間の艦長の言葉ッス。心からガチで納得できるッス」
魯粛
(ろしゅく)


「だろ?
さて、お手並み拝見といこうじゃねェか。がんばれよ呂蒙……」
孫権
(そんけん)



濡須 曹操軍 前衛




「こんな荒波の中を突き進んでくるなんて、あいつら正気か!?」
張遼
(ちょうりょう)


「さすがは長江と暮らし長江と育った江東の御仁よ!」
徐晃
(じょこう)


「か、感心してる場合じゃねえだろ……。
あいつら次々と上陸して来るぜ……」
臧覇
(ぞうは)


「大丈夫か臧覇の旦那? 顔色が悪いぜ」
張遼
(ちょうりょう)


「大丈夫なものか……。俺はもともと山賊だぞ……。
山の物なら虎でも熊でも恐れんが、水だけは不得手だ……」
臧覇
(ぞうは)


「あんたほどじゃねーが、オレたちだって満足に戦えそうにねえ。
ここは退くしかねえか……」
張遼
(ちょうりょう)


「ダンナ方! 曹操のダンナから撤退命令が下ったぜ。
殿軍はおれっちの水軍が引き受けるから早いとこ逃げちまいな!」
于禁
(うきん)


「かたじけない。負傷兵を急ぎ収容し引き上げようぞ!」
徐晃
(じょこう)



濡須 呂蒙軍

駱統
(らくとう)
凌統
(りょうとう)

孫権の参謀

孫権の将



「曹操軍の前衛は総崩れです! 韓当将軍らは逃げる敵軍に猛追をかけています!」
駱統
(らくとう)


「さすがは韓当さんらだ。だが曹操相手に深追いはちょっといただけない。
遊撃隊の甘寧さんを敵の背後に回して、撹乱してもらいましょうか」
呂蒙
(りょもう)


「そ、その甘寧将軍ですが、すでに決死隊を募って敵の本陣に切り込んでいるそうです」
駱統
(らくとう)


「あいつ毎度毎度、命令無視すんなよな!」
凌統
(りょうとう)


「ま、それが甘寧さんのお人柄ですからね。
こうなったらあっしが敵の背後に回るとしますか。
凌統は駱統さんと一緒にこのまま進み、韓当さんらの援護をしてくれ」
呂蒙
(りょもう)


「わかった!」
凌統
(りょうとう)



濡須 孫権軍 水軍




「わしは退かぬ」
董襲
(とうしゅう)


「し、しかし将軍! このまま暴風にさらされていては危険です! 転覆の恐れもあります!」
吾粲
(ごさん)


「水軍を任されているのはわしだ。
わしが退けば、せっかく追撃にかかっている前衛は退路を気にして勢いを失う。
前衛が崩れれば後方の本陣も危機にさらされる。
ここで水軍を下げるわけにはいかぬ」
董襲
(とうしゅう)


「……船と運命をともにするつもりですか」
吾粲
(ごさん)


「船ではない。わしは孫権艦長と運命をともにするつもりだ」
董襲
(とうしゅう)


「……わかりました」
吾粲
(ごさん)


「……何をしている。座り込んでなんのつもりだ」
董襲
(とうしゅう)


「わ、私は将軍と運命をともにさせていただきます!」
吾粲
(ごさん)


「お前はまだ若い。死に急ぐな」
董襲
(とうしゅう)


「死ぬと決まったわけではありません! たとえ船が沈んでも、荒波の中に投げ出されても死ぬと決まったわけではない!
ここで待ちましょう! 我らの勝利を!」
吾粲
(ごさん)


「フン。わかっているではないか」
董襲
(とうしゅう)



濡須 曹操軍 本陣近く




「やべー。囲まれたんじゃねーのこれ」
甘寧
(かんねい)


「ふっ……。本陣の危機を感じて戻ってきて正解でしたね。
我ながらエクセレントな判断でした」
曹休
(そうきゅう)


「は? アンタがしゃべってるのは何語デスカ?
オレ、頭がわりーから中国語でしゃべってくんねーかな」
甘寧
(かんねい)


「あいにく教養のない方とトークするつもりはありません。
そろそろ死んでもらいましょう」
曹休
(そうきゅう)


「あぁん? やれんのか? マジでオレをやれんのか?」
甘寧
(かんねい)


「やらなくていいですよ甘寧さん」
呂蒙
(りょもう)


「ホワット!? さらに敵が現れただと!?」
曹休
(そうきゅう)


「いいえ、とんでもない。あっしは一人ですよ。敵はあちらです」
呂蒙
(りょもう)


「曹休様! 本陣の背後に伏兵の蒋欽が現れました!
早く逃げないと包囲されつつあります!」
華歆
(かきん)


「わ、わかりました。みなさん、至急エスケープしなさい!」
曹休
(そうきゅう)


「おや、これは懐かしいお顔だ」
呂蒙
(りょもう)


「……呂蒙か。孫権軍を率いているのはお前なのか?」
華歆
(かきん)


「さあ、ご想像にお任せしますよ」
呂蒙
(りょもう)


「……士、三日会わざればなんとやら、だな。
次はこうは行かない。退却するぞ!」
華歆
(かきん)


「おーっと。退却なんてさせねーけど?」
甘寧
(かんねい)


「待った待った。……あそこをご覧なさい。
敵の伏兵がいますよ。華歆さんは無防備に出てきたりしません。
追撃したらあっしらをはめるおつもりだ」
呂蒙
(りょもう)


「チッ。マジで伏兵がいやがんな。じゃあどうすんよ呂蒙?」
甘寧
(かんねい)


「敵は逃げながらも反撃の態勢を整えつあります。
韓当さんらもぼちぼち危険でしょう。戦果は十分だから、あっしらも引き上げるのが上策です」
呂蒙
(りょもう)


「……呂蒙の読みは当たりまくってもんな。わかったよ。帰るとすっか」
甘寧
(かんねい)


「ちょうど帰り道になりますから、ついでに韓当さんらがぶつかってる于禁軍の中を通っていきましょうか」
呂蒙
(りょもう)


「ははっ。なんつーか、呂蒙。
アンタ、頭は良くなったけど中身はあんま変わってねーのな」
甘寧
(かんねい)


「あっはは。褒め言葉として受け取っておきますよ」
呂蒙
(りょもう)



濡須 曹操軍 前衛




「背後から呂蒙に甘寧が攻めてきたって?
そろそろおれっちもやばくなってきたかな……」
于禁
(うきん)


「敵は焦りの色が見えるぞ! 一気に突き崩せ!」
韓当
(かんとう)


「へへっ。まだまだ御老体には負けませんよっと!」
于禁
(うきん)


「引っ込め韓当! この若僧はワシが倒す!」
黄蓋
(こうがい)


「死にぞこないはどいてろ! 俺がやってやる!」
周泰
(しゅうたい)


「ち、ちょい待てよ! さ、三人がかりは卑怯だろダンナ方!」
于禁
(うきん)


「知るか! こいつらは無視して俺とだけ戦えばいいだろ!」
韓当
(かんとう)


「邪魔だ韓当周泰! お前らは寝てろ!」
黄蓋
(こうがい)


「俺の刃の巻き添えになっても知らんぞ老いぼれども!」
周泰
(しゅうたい)


「じ、冗談じゃねえよ!」
于禁
(うきん)


「……于禁。楽しそうですね、はい」
李典
(りてん)


「り、李典か! ちょうどいいとこに来た。手を貸せ!」
于禁
(うきん)


「貸しません。向こうに船を着けましたからそこまで逃げましょう、はい」
李典
(りてん)


「了解! おれっちもこんな連中は相手にしてらんねえよ!」
于禁
(うきん)


「がっはっはっ! どうやって逃げる気だ愚か者め!
貴様らの船はこの徐盛が乗っ取ってやったわ!」
徐盛
(じょせい)


「徐盛!? てめえ、敵のまっただ中に漂着して死んだんじゃなかったのか?」
韓当
(かんとう)


「ワシがあの程度で死ぬものか!
助けが来ないから暇つぶしに付近の雑魚どもを蹴散らしてたら、おあつらえ向きに船が捨ててあったぞ!」
徐盛
(じょせい)


「むちゃくちゃだこいつら……」
于禁
(うきん)


「呆れてる暇はないですよ、はい。
困りました。別の逃げ道を探しましょう」
李典
(りてん)


「生きてるか于禁! 李典!」
張遼
(ちょうりょう)


「張遼のダンナ! 逃げてなかったんですかい」
于禁
(うきん)


「兵は徐晃と臧覇に任せて、オレの手勢だけで戻ってきてやったんだよ。
曹操の旦那も反撃に移っている。もう少し持ちこたえろ!」
張遼
(ちょうりょう)


「こしゃくな! 一人や二人増えたところで問題ないわ!」
黄蓋
(こうがい)


「曹操の本隊は一人や二人じゃありませんよ。
早いとこあっしらのほうが逃げましょう」
呂蒙
(りょもう)


「呂蒙! なぜ敵の背後を襲っていたお前がここにいる?」
周泰
(しゅうたい)


「韓当さんらが無茶しないよう、ちょいと敵中を突破して止めに来ました」
呂蒙
(りょもう)


「……単身でか? お前のほうがよっぽど無茶ではないか!」
韓当
(かんとう)


「安心したぞ呂蒙。お前はなんにも変わってない」
周泰
(しゅうたい)


「あっはは。まあ固いことは言いっこなしで。それよりほら、急いで逃げますよ」
呂蒙
(りょもう)


「面白そうなヤツが出てきやがったな! 待て! オレと勝負しろ!」
張遼
(ちょうりょう)


「それはまたの機会にお願いします」
呂蒙
(りょもう)


「呂蒙! 韓当! こっちだこっちだ! ワシの奪った船に来い!」
徐盛
(じょせい)


「こいつは助かります。
――徐盛さん、まさか右腕が……」
呂蒙
(りょもう)


「がっはっはっ。片腕を持っていかれたわ!
なあに、かすり傷だ。つばでもつけとけば治るわい」
徐盛
(じょせい)


「……みなさんにはかないませんよ」
呂蒙
(りょもう)


「逃がすかてめーら!」
張遼
(ちょうりょう)


「じきに甘寧さんと凌統も駆けつけます。さあ、もうひと踏ん張りですよ!」
呂蒙
(りょもう)



濡須 孫権軍




「……そうか、董襲は最期まで隊列を守って、船とともに沈んじまったか」
孫権
(そんけん)


「私だけは運良く岸に流れ着くことができました。おめおめと逃げ帰って申し訳ありません……」
吾粲
(ごさん)


「いや、責任を問われるべきは策を立てたあっしです」
呂蒙
(りょもう)


「その論でいきゃあ、最終的に悪ィのは主君のオレになっちまうわな」
孫権
(そんけん)


「……そいつは困ります」
呂蒙
(りょもう)


「オレも困る。なあ呂蒙。この戦に勝てたのはおめェのおかげだ。
おめェがいなけりゃ、勝手に突っ走ってた韓当や甘寧も生きては帰れなかったろうよ。
しかも天候が味方したとはいえ、曹操の水軍にも大打撃を与えて追い返しちまった。
これ以上、何を望むってんだ?」
孫権
(そんけん)


「……しかし、策を立てたのが周瑜さんだったら、もっと味方に被害を出さずに、もっと楽に勝っていたでしょう」
呂蒙
(りょもう)


「おめェは周瑜じゃねェだろうが。
鏡でも見てこいよ。周瑜と比べたらたいした色男じゃねェぞ。
おめェはおめェにできることをやった。オレらはそれに満足してる。
――なあ、そうだろてめェら?」
孫権
(そんけん)


「俺は認めるぞ! 呂蒙は俺たちの軍師だ!」
韓当
(かんとう)


「ああ、ワシらとともに戦う軍師だ!」
徐盛
(じょせい)


「オレは難しいことはよくわかんねーけど、オレの部下がみんな無事だったのは呂蒙のおかげっしょ」
甘寧
(かんねい)


「みなさん方……」
呂蒙
(りょもう)


「つーこった。呂蒙、今後もよろしく頼むぜ」
孫権
(そんけん)


「…………はッ!」
呂蒙
(りょもう)


「それにしても成長したものッスね。ガチで驚きました」
魯粛
(ろしゅく)


「おう、周瑜や張紘は死んじまったが、オレらにゃあ魯粛や呂蒙がいる。
なんも心配してねェよ」
孫権
(そんけん)


(……いや。俺が驚いたのは孫権さん、あなたの成長ぶりッスよ。
あなたこそ、俺らがガチで誇れる主君ッス……)
魯粛
(ろしゅく)



濡須 曹操軍




「呂蒙の成長ぶり、あの荒天の中でも抜群の働きを見せた孫権の水軍。
全て私の認識不足でした」
華歆
(かきん)


「いや、君の責任じゃないよ。
僕だってあんな嵐の中でも戦えるとまでは想像できなかった。
水軍だけじゃない。陸戦の指揮も見事なものだった。
呂蒙君か。江東にはまだまだ隠れた人材がいるようだね」
曹操
(そうそう)


「だがこれでまた水軍の編成は振り出しに戻った。
沈められた船も十や二十ではきかないぞ」
劉曄
(りゅうよう)


「やはり江東を攻めるには、いや、孫権と戦うにはまだまだ準備が足りませんでしたね」
蒋済
(しょうせい)


「だがこの戦いの最大の目的は二つとも果たせた。それに満足するとしよう」
曹操
(そうそう)


「二つ? 馬超を誘い出したことと……もう一つはなんですかな?」
王朗
(おうろう)


「孫権君の顔を見られたじゃないか。
無名の呂蒙君を抜擢した眼力。
董襲君に死をもいとわせなかった人望。
あれだけの個性的な面々をまとめる統率。
すべて戦でしか見られない、孫権君の顔さ」
曹操
(そうそう)


「……たしかに。孫権こそ、江東で最も頭角を現した男でしょう」
華歆
(かきん)


「こんなことを言ったら曹丕君たちに悪いから内緒だけど、
孫権君のような息子がいたら、さぞかし頼もしいだろうね……」
曹操
(そうそう)






かくして濡須の戦いは呂蒙の果敢な戦術により孫権の勝利に終わった。
――舞台は移り、益州の地。
長き雌伏の時を経て、ついに劉備は夢の第一歩に挑もうとしていた。




〇六二   益州奪取