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三 国 志

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漢中 定軍山

夏侯尚
(かこうしょう)

夏侯淵の従弟



「黄忠が兵を二手に分けただと?」
夏侯淵
(かこうえん)


「はい。一隊は黄忠が自ら率い、張郃と戦う張飛軍の後詰めへ。
もう一隊は天蕩山(てんとうざん)へ向かっています」
杜襲
(としゅう)


「天蕩山? まずいであります!
あそこには定軍山の兵糧や軍需物資を貯蔵してあるのです!」
郭淮
(かくわい)


「天蕩山は従弟の夏侯徳(かこうとく)が大軍で守ってるから、ちょっとやそっとじゃ落ちないが……。
よし、ならば俺が救援に行こう」
夏侯淵
(かこうえん)


「いけません。これも黄忠の罠です。
この定軍山を攻めあぐねているから、我々を定軍山から前線に引きずり出そうとしているのでしょう」
杜襲
(としゅう)


「しかし黄忠軍を放っておいては、天蕩山はともかく、張郃殿は危険であります!」
郭淮
(かくわい)


「……張郃の救援には私と夏侯尚が向かおう。
夏侯淵将軍と郭淮は、引き続き定軍山の守りを固めてくれ。
それと、南鄭(なんてい)の朱霊に増援を要請しよう。
間もなく魏王(曹操)の遠征軍が到着するから、南鄭の守りはある程度は薄くできるからな」
杜襲
(としゅう)


「フン。また留守番か。
まあいい、殿が到着したら、先鋒として存分に暴れさせてもらおう」
夏侯淵
(かこうえん)


「…………妻よ。お出かけするよ。
いっぱいおめかししていこうね…………。

まあ、楽しみ!(夏侯尚裏声)」
夏侯尚
(かこうしょう)



定軍山 北部



「せっかくまた馬超と戦えると楽しみにしとったのに、相手が黄忠とは期待はずれじゃな。
しかも定軍山の留守番を手伝わされるんじゃろ? 退屈な任務じゃ」
趙昂
(ちょうこう)


「なあに、馬超も目と鼻の先にいるんじゃ。いずれ戦う機会はあるじゃろう」
王異
(おうい)


「こ、黄忠もおじいさんなのにとっても強いと聞いています……。
どんなおじいさんなんだろ。鬼婆みたいなのかなあ……」
姜叙
(きょうじょ)


「馬超との戦いが終わったら、すっかり姜叙も元通りになってもうたな。
心配するな。わしらが守ってやるけんのう」
趙昂
(ちょうこう)


「こう見えて姜叙もやる時はやる男じゃけん。心配いらん」
王異
(おうい)


「……あ、あれ? あれはなんでしょうか。
も、もしかして敵軍なんじゃあ……」
姜叙
(きょうじょ)


「…………ああっ。ほ、本当にやってきた。な、南鄭からの援軍だ!!」
陳式
(ちんしき)


「たしかに敵兵のようじゃが……なんか逃げ腰じゃな。
どうする? 行き掛けの駄賃がわりにぶっ叩くか」
趙昂
(ちょうこう)


「結構、数は多いようじゃがあの様子なら大したことないじゃろ。
しかも旗を見てみい。黄忠の本隊じゃ!
やったろうやないか、あんた!」
王異
(おうい)


「よし、野郎ども突撃じゃ!!」
趙昂
(ちょうこう)


「うわああっ!? む、向かってくる……。
に、逃げたい。でも命令だから逃げられない……。
や、やるしかないんだ。い、行くぞおおっ!」
陳式
(ちんしき)


「将軍! 南鄭から向かってきた趙昂殿らの援軍が黄忠軍に襲われてるであります!」
郭淮
(かくわい)


「なんだと。
…………かなり数が多いな。黄忠の野郎、まずは援軍を叩いて俺たちを孤立させる魂胆か」
夏侯淵
(かこうえん)


「どういたしますか将軍」
郭淮
(かくわい)


「趙昂を見殺しにはできない。俺が出よう。後は任せたぞ」
夏侯淵
(かこうえん)


「わかりました。定軍山は本官が守ります!」
郭淮
(かくわい)


「まずは軽騎兵で趙昂のもとに駆けつける。歩兵は後からついてこい!」
夏侯淵
(かこうえん)



定軍山



「黄忠のクソジジイめ……。
殿から預かった漢中を我が物顔で歩き回りやがってよ!」
夏侯淵
(かこうえん)


(来たぜよ!)
法正
(ほうせい)


「もらったあああ!!」
黄忠
(こうちゅう)


「ぐわああっ!?」
夏侯淵
(かこうえん)


「むう、首は外したか」
黄忠
(こうちゅう)


「てめえ……黄忠!! げふっ!
ひ、卑怯者め! 俺を不意打ちしやがったな!」
夏侯淵
(かこうえん)


「戦に卑怯も糞もないぞ青二才よ。
不意を打てるならば不意を打つのは当然だ。悔しければお前も儂の不意を打てば良いだけなんだからな!」
黄忠
(こうちゅう)


「ちっきしょう……。この俺としたことが、なんてザマだ……」
夏侯淵
(かこうえん)


「無理はするな。急所は外したが致命傷にはなる。
即死させてやれなくてすまなかったな」
黄忠
(こうちゅう)


「俺が……この夏侯淵が老いぼれに情けを掛けられるものか……。
来いよ黄忠……。俺と一騎打ちしろ……」
夏侯淵
(かこうえん)


「良かろう。弓でやるか? それとも剣か?」
黄忠
(こうちゅう)


「弓だ。この傷じゃあ格闘戦はできっこない……」
夏侯淵
(かこうえん)


「いいだろう。その闘志に免じて先に撃たせてやる。来るがいい!」
黄忠
(こうちゅう)


「けっ。不意打ちしときながら、偉そうに……。
おい黄忠。黙るな。お前がどこにいるのか、もう暗くて見えねえんだからよ……」
夏侯淵
(かこうえん)


「こっちだこっち。しっかり狙えよ。
…………惜しかったな。さらばだ、夏侯淵」
黄忠
(こうちゅう)


「…………ぐふっ」
夏侯淵
(かこうえん)


「……………………」
黄忠
(こうちゅう)


「……嫌な役回りをさせてすまんな、黄忠殿」
法正
(ほうせい)


「フン。老い先短い儂が、殿のお役に立つためならなんでもやってやるわ。
この前、夏侯淵とやり合って、正面から戦ったのでは勝ち目がないとわかった。
だが定軍山を落とすためには夏侯淵は討たねばならん。汚い不意打ちをしてでもな」
黄忠
(こうちゅう)


「感謝するき」
法正
(ほうせい)


「そんなことより夏侯淵の残兵は定軍山に逃げ込んでおる。
奴らを追って儂らも攻め込むぞ!」
黄忠
(こうちゅう)



天蕩山

夏侯徳
(かこうとく)

夏侯尚の兄




「か、夏侯淵の兄ィが討たれただと?
そ、そんな馬鹿な!?」
夏侯徳
(かこうとく)


「疑うならば定軍山をよおく見てみろ。
儂ら劉備軍の旗が翻っておるぞ! お前らも観念して降伏するがいい!」
厳顔
(げんがん)


「言わせておけば……。
い、いや。ここは冷静にならねばいかん。
夏侯淵の兄ィがそう簡単に討たれるものか。敵は俺を天蕩山から誘い出そうと虚言を弄しているだけだ!」
夏侯徳
(かこうとく)


「疑り深い奴だな。ほれ、周りを見てみよ。
お前らはすっかり包囲されておるぞ」
厳顔
(げんがん)


「なっ!? し、四方に劉備軍の旗が掲げられている……。
ぬうう。かくなる上は包囲網を突破し、定軍山も奪回してやる!」
夏侯徳
(かこうとく)


「よかろう、逃げたければこの厳顔の首を獲ってみよ!」
厳顔
(げんがん)


「どけクソジジイ!!」
夏侯徳
(かこうとく)


「十年早いわこわっぱが!!」
厳顔
(げんがん)


「ぐわあああああっ!!!」
夏侯徳
(かこうとく)


「夏侯徳は討ち取った!
抵抗する者は容赦せんぞ! おとなしく降伏しろ!」
厳顔
(げんがん)


「おお…………。お見事です厳顔様…………」
陳式
(ちんしき)


「陳式もご苦労であったな」
厳顔
(げんがん)


「いえ…………。趙昂に敗れて無様な姿をさらしてしまいました…………」
陳式
(ちんしき)


「なんの、お主が黄忠殿に偽装して趙昂と戦ったから、騙された夏侯淵をおびき出すことができたのだ。
それにしても法正の策は大当たりじゃ。
夏侯徳もわずかな兵に囲まれていたことに気づかず、自ら飛び出してきおったぞ!」
厳顔
(げんがん)


「黄忠様も定軍山を占拠し、残っていた郭淮は趙昂と合流して南鄭城に撤退したようです…………」
陳式
(ちんしき)


「これで漢中制圧に大きく近づいたな。
劉備様もさぞかし喜ばれよう!」
厳顔
(げんがん)



漢中 魏軍



「本官がついていながら夏侯淵将軍を止められませんでした……。
弁解のしようもない!!」
郭淮
(かくわい)


「お前の責任ではない。参謀を務めていた私が責任を問われるべきだ」
杜襲
(としゅう)


「定軍山、天蕩山がこうもたやすく落とされるとはな……」
趙昂
(ちょうこう)


「いや、それは結果にすぎない。
敵ははじめから、夏侯淵将軍と夏侯徳の首だけを狙って策を仕掛けたのだ。
私はそれを読めなかった……」
杜襲
(としゅう)


「ところで夏侯淵将軍が討たれたいま、うちらは誰を総大将に据えるんじゃ?
曹洪将軍は馬超と対峙していて動けんぞ」
王異
(おうい)


「……張郃、お前に任せよう」
杜襲
(としゅう)


「俺に? だが俺は自分の身勝手な考えで張飛に敗れた。
位も低いし、杜襲殿や趙昂殿がふさわしいのではないか」
張郃
(ちょうこう)


「いや、この非常時には歴戦の勇士であるお前がふさわしい。
お前が後任となれば兵の動揺も収まるだろう」
杜襲
(としゅう)


「張郃殿ならば夏侯淵将軍の代役も務まるでありましょう!」
郭淮
(かくわい)


「わしも異存は無いけんのう」
趙昂
(ちょうこう)


「だが今後は独断を控え、私たちの指示を聞いてもらうぞ」
楊阜
(ようふ)


「……わかった。務めさせていただこう」
張郃
(ちょうこう)


「魏王の援軍も近くに迫っている。いましばらくの辛抱だ。
この漢中を劉備の手に渡すわけにはいかん!」
杜襲
(としゅう)







かくして魏の重鎮・夏侯淵は討たれた。
優勢に事を進める劉備軍だが、行く手には覇王・曹操が立ちはだかる。
ついに劉備と曹操、宿命の好敵手同士による総力戦の幕が開こうとしていた。




〇七二   法正の戦略