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三 国 志

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〇七二   法正の戦略





漢中 南鄭(なんてい)城




「そうか……。夏侯淵が……。
葭萌関(かぼうかん)を攻めている夏侯惇君も悲しむだろう……」
曹操
(そうそう)


「我々がついていながらまことに面目ない……ッ!」
楊阜
(ようふ)


「自分の武勇に絶対的な自信を持ち、独断専行を好む男だった。
孫堅君や孫策君のように、いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたよ。
夏侯淵は僕の頼もしい弟だった。心から残念だよ……。
だが僕たちは前に進まなければならない。戦況を報告してくれたまえ」
曹操
(そうそう)


「はッ。まず定軍山を制圧した黄忠は、天蕩山(てんとうざん)の厳顔と連携し、
張郃と戦っている。敵の守備は堅く、両山の奪回は難しい様相だ」
楊阜
(ようふ)


「黄忠も守将の夏侯淵が討たれた動揺を突かなければ定軍山を落とせなかった。
逆の立場になった我々も攻略は困難なことだろう」
劉曄
(りゅうよう)


「曹洪将軍は馬超とにらみ合いを続けている。
両軍ともにうかつに動けず、戦線は膠着しているようだ」
楊阜
(ようふ)


「馬超は曹洪殿の軍を引きつけておけば十分だと考えているのでしょう。
……あの猪突猛進の男が、指示に従い慎重に動くと厄介なものです」
華歆
(かきん)


「僕らも馬超君を足止めできれば十分さ。
……そして張飛君と趙雲君を先鋒に、劉備君の本隊がこの南鄭城を目指していると。
ふむ。なかなか不利な情勢のようだね。
打開策を出せる人はいるかな?」
曹操
(そうそう)


「葭萌関を攻める夏侯惇殿に増援を送りましょう!
葭萌関を落とせば敵を側面から襲えます!」
王朗
(おうろう)


「王朗君らしい常識的な、それゆえに効果的な策だね。
それじゃあ于禁君、徐晃君に増援に行ってもらおうか」
曹操
(そうそう)


「了解したぜ!」
于禁
(うきん)


「承知!」
徐晃
(じょこう)


「ふふん!(ドヤァ)」
王朗
(おうろう)


「……王朗、なぜ私を見る?」
華歆
(かきん)


「魏王。小生に一つ考えがあるのだが、申し上げても構いませんかな」
賈詡
(かく)


「待っていたよ。関中の牢名主のお出ましだ。
どんな策なんだい?」
曹操
(そうそう)


「策、というほどの物ではない。
だが実行すればさぞ劉備はあわてふためくことだろう……」
賈詡
(かく)



定軍山




「では儂らは葭萌関の救援に行って参る!」
黄忠
(こうちゅう)


「曹操は必ずや葭萌関へ増兵するじゃろう。
おまんらが頼りぜよ」
法正
(ほうせい)


「任せよ。定軍山の守りは頼んだぞ!」
厳顔
(げんがん)


「法正殿もお気をつけて…………」
陳式
(ちんしき)


「殿、ワシの意見を聞き入れてもらいありがたく思っとるき」
法正
(ほうせい)


「ここのところ法正さんの読みは冴えまくっとるからのう。
葭萌関にも本当に増援が来るんじゃろう。
好きなように采配をふるって構わんぞ」
劉備
(りゅうび)


「あの曹操との戦いの全権を任されるなんて、軍師冥利に尽きるぜよ」
法正
(ほうせい)


「……じゃが激務で無理しとらんか?
心なしか顔色が悪そうじゃぞ」
劉備
(りゅうび)


「曹操と戦うには無理の一つや二つは必要ぜよ。
なあに心配はいらん。ワシはいま、最高に楽しいんじゃ!
ちょっとやそっとの疲れなんざ、吹き飛ばしてやるき!」
法正
(ほうせい)



下弁(かべん) 馬超軍




「趙昂と王異の援軍が曹洪に加わったですって?」
董夫人
(とうふじん)


「チョーコーとオーイ……。
董白! 馬超はその名前になんとなく聞き覚えがあるぞ!」
馬超
(ばちょう)


「そりゃあるやろ。殿が惨敗を喫した相手やがな」
馬岱
(ばたい)


「それも楊白(ようはく)に人質を殺されたせいで仇だと恨まれてる相手よ。
あたしたちを殺すためには命も惜しまないでしょうね。厄介な人選だわ」
董夫人
(とうふじん)


「それを言うなら曹操は董白の家族を殺した憎っくき仇さ!
仇と仇の計算なら馬超たちもひけを取らない!」
馬超
(ばちょう)


「なんの計算やねん」
馬岱
(ばたい)


「ついでに曹洪に趙昂らの援軍が加わるっていう、足し算もしてみなさいな。
戦況は一気に不利になったわ」
董夫人
(とうふじん)


「ならば先手を打つべきだろう。
俺が一隊を率いて敵の背後に回ろう」
呉蘭
(ごらん)


「……それだけじゃ不十分ね。
張飛将軍に連絡し、援軍を回してもらいましょ」
董夫人
(とうふじん)


「せやけど張飛はんは曹操の本隊と戦う先鋒を務めてるで。
そんな余裕はありまっか?」
馬岱
(ばたい)


「あたしたちの方に来る構えを見せてもらうだけでいいのよ。
そうすれば曹洪は、馬超と張飛のどちらが攻めてくるのか迷うことになるわ。
その隙をつき、呉蘭が敵の背後を襲うのよ」
董夫人
(とうふじん)


「なるほど。さすがは奥方殿!」
呉蘭
(ごらん)


「ふーん。よくわからないけど馬超は曹洪やチョーコーと戦えばいいんだな!」
馬超
(ばちょう)


「…………ああ、そうね。せいぜいがんばって、曹洪を牽制してちょうだい」
董夫人
(とうふじん)


「よし! それじゃあ早速、曹洪を討ち取ってくるよ!」
馬超
(ばちょう)


「馬岱」
董夫人
(とうふじん)


「はいな。殿が暴走しないよう見張ればええんやろ」
馬岱
(ばたい)


「…………で、では、俺は出立いたそうか」
呉蘭
(ごらん)


「頼んだわよ」
董夫人
(とうふじん)



下弁 呉蘭軍

強端
(きょうたん)

氐族の王



「曹洪は首尾よく馬超殿や張飛殿の動きに気を取られているようだ。
この隙に俺は背後に回りこんでやる……」
呉蘭
(ごらん)


「――それは無理だ」
強端
(きょうたん)


「な!? 何者だ!」
呉蘭
(ごらん)


「俺は氐(てい)族の王・強端」
強端
(きょうたん)


「て、氐族だと!?
馬鹿な! 氐族は鮮卑(せんぴ)や羌族(きょうぞく)と連合して曹操と戦っているはずだ!」
呉蘭
(ごらん)


「戦いは終わったのだ。我々は曹操に味方する。
貴様はここで死ね」
強端
(きょうたん)


「曹操め! 異民族と手を結ぶとは……。
ぐぎゃあああっ!!」
呉蘭
(ごらん)


「……手を結んだのであれば良かったがな。
氐族は曹操に降伏したのだ。曹操とは戦えない。
あれは……覇王だ」
強端
(きょうたん)



雷銅軍

田豫
(でんよ)

曹彰の副将



「へっへっへっ。こうして張飛将軍の旗を預かって、将軍のふりをしてるとよ。
まるで俺が天下の張飛になったみたいだぜ!
曹洪の野郎、俺を張飛だと思ってびびってやがるよ!
どうだお前ら? 似合うか? アタイが泣く子も黙る燕人・張飛よん、ってな!

…………ん? なんだありゃあ。一隊がこっちに向かってくるようだが……」
雷銅
(らいどう)


「30分一本勝負! 青コーナーから曹彰選手の入場です!」
曹彰
(そうしょう)


「そ、曹彰!? 北方で異民族と戦ってた曹彰がなぜここに!?」
雷銅
(らいどう)


「あーーっと曹彰選手、ゴング前に奇襲攻撃だーーッ!!
だらっしゃああああ!!」
曹彰
(そうしょう)


「ぎゃあああああああ!!」
雷銅
(らいどう)


「モブ選手、曹彰選手のパイプイスに滅多打ちにされ再起不能であります!
なんという波乱の試合でしょうか!?」
曹彰
(そうしょう)


「……お気は済みましたか、殿下?」
田豫
(でんよ)


「まあまあだな。異民族と和睦しろだなんてオヤジに命令された腹いせにはなったぜ」
曹彰
(そうしょう)


「感謝する。寛大な処置。
軻比能(かひのう)、徹里吉(てつりきつ)。ワタシから説教する」
閻柔
(えんじゅう)


「我々の方こそ閻柔殿が異民族との間の仲介に入ってくれたことに感謝する。
異民族との争いはともすれば、どちらかが根絶やしになるまでの殲滅戦に陥ってしまう。
決定的な亀裂が生じる前に和睦できて良かった」
田豫
(でんよ)


「劉備との戦い。協力する。
だから曹操。口添え頼む。羌族。氐族。みんな曹操に降伏」
閻柔
(えんじゅう)


「わかっている。知っての通り曹彰殿下はこう見えて魏王の次子なのだ。
殿下からも弁護していただく考えだ」
田豫
(でんよ)


「こう見えてってどういう意味だ田豫!
――まあいいや。そんなことより、おめえは昔、劉備に仕えてたんだろ?
劉備軍の弱点を教えろよ」
曹彰
(そうしょう)


「しかし私が仕えていた頃とはすっかり様変わりしてしまったからな……。
劉備という男自体はあまり変わっていないようだが」
田豫
(でんよ)


「なんだよ使えねえな。
じゃあ適当にぶっ飛ばしゃいいか」
曹彰
(そうしょう)


「適当では困る。何度も言うようですが、我々は張飛軍の進攻を止める任務を受けている」
田豫
(でんよ)


「張飛か! そいつは腕が鳴るな! ならさっさと張飛をぶっ飛ばしに行こうぜ!」
曹彰
(そうしょう)


「……承知した。参ろう、閻柔殿」
田豫
(でんよ)


「ああ」
閻柔
(えんじゅう)



定軍山 劉備軍 本陣




「張さんと馬超さんが魏軍の反撃にあってるじゃと?」
劉備
(りゅうび)


「おう。羌族や氐族が曹操に降伏し、魏軍に加わった。
異民族と戦っていた曹彰の遠征軍も合流したタイ。
張飛殿も馬超殿も戦線を維持するのが精一杯で、身動きが取れないタイ」
黄権
(こうけん)


「むむむ……。なんだか大変なことになってきたのう。
異民族を降伏させちまうとは、曹さんのカリスマ性は相変わらずじゃな。
どうするかのう、法正さん?」
劉備
(りゅうび)


「………………」
法正
(ほうせい)


「法正殿? 大丈夫ですかな? 顔が真っ赤ですぞ」
呉懿
(ごい)


「……いや、少し考え込んでいただけぜよ。
葭萌関に向かった黄忠殿も防戦一方だと聞いとる。
こうなったら趙雲を使うしかないき」
法正
(ほうせい)


「ウス! 待ってました!」
趙雲
(ちょううん)


「危険だが、趙雲には正面から曹操軍の本隊にぶつかってもらう」
法正
(ほうせい)


「望むところッス!」
趙雲
(ちょううん)


「曹操の目を引き付け、一人でも多くの敵部隊を引きずり出してくれ。
後はワシに考えがあるき、とにかく暴れ回って欲しいぜよ」
法正
(ほうせい)


「ウス。法正先輩を信頼してるッスよ! 行ってくるッス!」
趙雲
(ちょううん)


「頼んだぜよ……」
法正
(ほうせい)


「…………のう、法正さん。
今は戦いの正念場じゃが、少し休んだほうがいいんじゃないか?
もし法正さんが倒れたら一大事じゃぞ」
劉備
(りゅうび)


「……この曹操の布陣図を見てくれ」
法正
(ほうせい)


「へ?」
劉備
(りゅうび)


「これが三日前までの布陣で、こっちが今朝に調べてきた布陣だ」
法正
(ほうせい)


「……あんまり変わっとりゃせんのう」
劉備
(りゅうび)


「ああ、見た目はほとんど変わってない。
だがワシにはわかる。曹操はわずかな部隊の配置換え、陣の場所、移動の時機に千の意味を込めているぜよ!
ワシは自分の頭脳に多少の自信を持っておった。しかし曹操と対陣して初めてわかった。
あの男は化け物ぜよ! ワシは曹操の足元にも及ばん!
殿は今まであんな化け物と戦ってきたのか…………」
法正
(ほうせい)


「お、おう……」
劉備
(りゅうび)


「しかし相手が曹操であろうと、ワシは負けるわけにはいかん。
ワシは劉備軍の軍師ぜよ! 軍師は絶対に戦いを諦めん。
曹操がワシの数倍、数十倍の頭脳を持つなら、ワシは曹操の数百倍、数千倍の努力を重ねて曹操を上回る!」
法正
(ほうせい)


「ほ、ほうか……」
劉備
(りゅうび)


「だからワシには休んどる暇はない。
……だが心配するな。曹操を破るまではワシは倒れん。
いや! 体は倒れても頭は動く。口も動く。床に伏しても曹操と戦って見せるき、殿は心配する必要ないぜよ」
法正
(ほうせい)


「………………」
劉備
(りゅうび)



趙雲軍

張著
(ちょうちょ)

蜀の将



「趙雲将軍! 前方で張著が孤立している!」
張翼
(ちょうよく)


「なら自分が助けに行くッス! 陳到先輩たちにはここを頼むッスよ!」
趙雲
(ちょううん)


「心得た!」
陳到
(ちんとう)


「趙雲が単騎で突っ込んでくるぞ!」
路招
(ろしょう)


「好都合だ。矢の雨を降らせ、蜂の巣にしてやれ。
射よ!!」
朱霊
(しゅれい)


「そんなものに当たる自分じゃないッスよ!」
趙雲
(ちょううん)


「駄目だ! 一本も当たらん!」
路招
(ろしょう)


「一本も!? ど、どうなっておるのだ彼奴は……」
朱霊
(しゅれい)


「かくなる上はこの俺が――」
路招
(ろしょう)


「やめておけ。趙雲はお前のようなモブは問答無用で瞬殺できるスキルを持っている」
杜襲
(としゅう)


「は? モブ? スキル?」
路招
(ろしょう)


「我々では趙雲を止められないということだ。
本陣の前に防衛線を築いている。そこまで退くぞ!」
杜襲
(としゅう)


「おのれ逃げるッスか!? 待つッスよ!!」
趙雲
(ちょううん)


「ち、趙雲将軍! 来ていただけたのですね。助かりました……」
張著
(ちょうちょ)


「おっ。無事だったッスか? そういえば張著先輩を助けに来たのを忘れてたッス」
趙雲
(ちょううん)


「そんな……」
張著
(ちょうちょ)


「まあまあ、無事に助けられたから良かったじゃないッスか。
……それはそうと、どうしようッス。
法正先輩は暴れてこいって言ったけど、これくらい暴れれば十分スかね?」
趙雲
(ちょううん)


「そうですね。私は――ぎゃああっ!!」
張著
(ちょうちょ)


「ああっ!? 誰ッスか!? よくも張著先輩を射殺してくれたッスね!」
趙雲
(ちょううん)


「我だ。……同時に貴様も射たんだがよくぞかわしたな」
龐徳
(ほうとく)


「その出で立ち……。馬超先輩から聞いてるッスよ。さてはアンタが龐徳ッスね!」
趙雲
(ちょううん)


「我を知っているとは光栄だ。ここから先には進ませぬ」
龐徳
(ほうとく)


「あんまり進む気は無かったッスけど、張著先輩を殺されたら話は別ッスよ。
いざ勝負ッス!」
趙雲
(ちょううん)


「くっ! 我の矢が通用せぬのか!?」
龐徳
(ほうとく)


「自分は戦場でかすり傷一つ負ったことが無いのが自慢ッスよ!」
趙雲
(ちょううん)


「なんという槍さばきだ! 馬超殿にも劣らぬ……ッ」
龐徳
(ほうとく)


「アンタもやるッスね! ここまで自分と戦える相手は久しぶりッス!」
趙雲
(ちょううん)


「……龐徳君と打ち合ってるのは趙雲君かい?
あいかわらず惚れぼれするような腕前だね。
いかに龐徳君でも分が悪いようだ。許褚君、加勢に行ってあげたまえ」
曹操
(そうそう)


「待ってました!
うおおおおっ! 俺も混ぜろ趙雲!!」
許褚
(きょちょ)


「許褚殿! 助太刀、感謝いたす」
龐徳
(ほうとく)


「今度は許褚ッスか!? 自分ひとりに御二人が来られるなんて身に余る光栄ッスね!」
趙雲
(ちょううん)


「こ、こやつまだ減らず口を叩ける余裕があるのか……ッ」
龐徳
(ほうとく)


「俺は馬超とやったこともあるが互角以上だぜ!」
許褚
(きょちょ)


「ううん。さすがに二対一だと自分でも苦しいッスよ。
どっちかだけでも討ち取りたいッスけど。隙が無いッスねえ……」
趙雲
(ちょううん)


「……すごいね、彼は。
我が軍で五本の指に入る猛者を二人も相手にやられる気配が微塵もないよ。
どうにかして配下に迎え入れたいものだ」
曹操
(そうそう)


「また魏王は呑気なことを――」
劉曄
(りゅうよう)


「申し上げます! 後方の輸送部隊が黄忠に襲われました!」
華歆
(かきん)


「黄忠!? 馬鹿な。奴は葭萌関の援軍に向かったのではないのか?」
王朗
(おうろう)


「それが夏侯惇将軍、于禁、徐晃らが攻め寄せたところ、葭萌関はもぬけの殻で、
守将の孟達、劉封らは上庸(じょうよう)へ、黄忠は後方の輸送路を断ちに進撃しているとのことです!」
華歆
(かきん)


「やられたね。葭萌関を捨ててくるとは思わなかった」
曹操
(そうそう)


「一番、仕掛けてくる可能性の低い策をとってきましたな」
賈詡
(かく)


「ここにいては挟撃されるぞ。陣を後方へ下げるとしよう」
劉曄
(りゅうよう)


「そうだね。許褚君、龐徳君を呼び戻してくれたまえ」
曹操
(そうそう)



定軍山 劉備軍 本陣




「いやはや今の法正さんはキレッキレじゃのう!
曹さんの大軍を撤退させちまうなんてな!」
劉備
(りゅうび)


「いや、あわよくば名のある将の一人や二人は討ち取りたかった。
そうすれば魏軍に混乱を起こさせ、曹操の首を狙える機会もあったぜよ」
法正
(ほうせい)


「自分が許褚か龐徳を討ち取れればよかったんスけど。サーセン」
趙雲
(ちょううん)


「趙雲のせいではない。誰か増援を差し向けておかなかったワシの責任じゃ。
――上庸も落とせんかった。葭萌関に于禁を残し、夏侯惇、徐晃らが防衛に戻ったき」
法正
(ほうせい)


「しかし孟達らは房陵(ぼうりょう)に駐屯基地を築いたタイ。
敵の後方に兵を回せたのは良かったタイ」
黄権
(こうけん)


「上庸を落とせれば漢水(かんすい)の上流を抑え、漢中を挟撃できたぜよ。
黄忠将軍も敵の補給路を2~3潰しただけで退却を余儀なくされたき――」
法正
(ほうせい)


「ま、まあまあ法正さん。これだけの戦果を挙げながらそんなに反省せんでもええじゃないか」
劉備
(りゅうび)


「愚かな! 曹操を相手に一勝でもできたことはこの上ない僥倖ぜよ!
その一勝で考えうる限りの戦果を挙げんことには戦略的勝利など望め――。
あ、いや。言葉が過ぎたぜよ。すまん、殿」
法正
(ほうせい)


「い、いやあ。わしは別に構わんが……。
と、とにかく法正さんがいなけりゃ、わしらは勝利することすらできなかったんじゃ。
だからちょっとくらい誇ってもええんじゃぞ。
それに……なあ、法正さん。本当に少し休んだらどうじゃ?」
劉備
(りゅうび)


「そんな暇はない。すぐに次の一手を考えるぜよ!
曹操め……。次は何を企んでいる……。ワシは負けんぜよ……」
法正
(ほうせい)


「…………………」
劉備
(りゅうび)







かくして法正の策は一代の巨星・曹操をも退けた。
しかし法正が危惧する通り、この一勝はただの一勝でしかない。
漢中の覇権をめぐる戦いの行方は、いまだ予断を許さなかった。




〇七三   鶏肋の地