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三 国 志

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〇七四   漢中王の名の下に





荊州(けいしゅう) 南郡(なんぐん)

費詩
(ひし)
潘濬
(はんしゅん)

益州の文官

関羽の官吏



「………………」
関羽
(かんう)


「五虎将軍(ごこしょうぐん)だと?」
関平
(かんぺい)


「ええ。漢中王(劉備)は即位を機に、建国に多大な功績のあった5人の将を五虎将軍に任ぜられました。
関羽将軍はその筆頭です」
費詩
(ひし)


「して、他の4人は誰だ?」
関平
(かんぺい)


「張飛様、趙雲様、馬超様、黄忠様です」
費詩
(ひし)


「なんだと!?」
関平
(かんぺい)


「……何か異議がございますかな」
費詩
(ひし)


「あるとも!
張飛様は父の義弟、趙雲殿もまた長く父とともに戦ってきた功臣だ。
だが馬超は降将ふぜい、黄忠など死にぞこないではないか!
そのような者たちと同列に並べるなど、関羽に対する侮辱だ!!」
関平
(かんぺい)


「………………」
関羽
(かんう)


「…………当の関羽殿は、喜んで任官の印綬を受け取られましたが?」
費詩
(ひし)


「む、むう……」
関平
(かんぺい)


「関平殿。漢中王と関羽殿は同日に死ぬことを誓った義兄弟だと伺っております。
五虎将軍と申しましても、即位にあたって定めた人事整理のひとつに過ぎません。
職名はどうあれ、漢中王にとって関羽殿が特別な存在であることは疑いようもありますまい。
そのことは御子息であるあなたが誰よりもご存知でしょう」
費詩
(ひし)


「……費詩殿! この関平がいまだ父の心の一片も理解できぬ未熟者でござった!
どうか我が妄言は忘れてくだされ」
関平
(かんぺい)


「………………」
関羽
(かんう)


(黙って印綬を受け取ることで自分の心を息子に悟らせようとする……。関羽将軍はさすがだな!)
廖化
(りょうか)


(……もらえる物はなんでも喜んでもらう、ってだけじゃね?)
潘濬
(はんしゅん)


(またお前は冷めたことを言いやがって! 少しは関平殿の熱さを見習ったらどうだ?)
廖化
(りょうか)


(遠慮しとくよ。俺はクールが信条なんでね)
潘濬
(はんしゅん)


「さて、関羽将軍。
私が漢中王の使者として参りましたのは、任官のためだけではありません。
出撃の指令を伝えに参りました」
費詩
(ひし)


「! おお……いよいよでやすか」
周倉
(しゅうそう)


「漢中王の旗を掲げ、堂々と北へ攻め上がれ、との指示です。
細かい作戦などは関羽将軍に一任するとのこと」
費詩
(ひし)


「承った!! 関羽の戦をとくと漢中からご覧あれと、王に伝えてくだされ!!」
関平
(かんぺい)


「………………」
関羽
(かんう)



荊州 樊城(はんじょう)

夏侯存
(かこうぞん)
翟元
(てきげん)

魏の将

魏の将



「関羽が動いたか! あの戦闘狂にしてはずいぶんとおとなしくしてやがったが、ついに来るか!
面白え! 迎え撃つぞ!!」
曹仁
(そうじん)


「待たれよ将軍。血の気の多い関羽が7年にわたり戦を挑まず、兵の鍛錬と荊州の統治に力を注いだのだ。
兵は一騎当千に鍛え上げられ、装備も兵站も万全と見るべきだろう」
満寵
(まんちょう)


「だから迎撃するのは危険だ、籠城しろとでも言いたいのか?」
夏侯存
(かこうぞん)


「それこそ関羽を図に乗らせ、勢いづかせてしまうわ!」
翟元
(てきげん)


「うむ。まずは一戦してその力量を推し量るべきであろう」
陳矯
(ちんきょう)


「待て待て。私も戦うなと言うつもりはない。
関羽を相手に兵力でも劣る我々が正面から迎え撃つのは危険だと言いたいのだ」
満寵
(まんちょう)


「そんなことはわかっている。すでに襄陽(じょうよう)に援軍を要請しておるし、
関羽軍の背後にも兵を回す手はずだ」
陳矯
(ちんきょう)


「こっちの備えも万全ってわけだな! 行くぞ! 関羽を返り討ちにしてやらあ!!」
曹仁
(そうじん)



樊城 南 関羽軍

趙累
(ちょうるい)

関羽の参謀



「我が軍5万に対し、樊城を守る曹仁軍はおよそ2万の兵力だ。
しかし城外に布陣した兵力は1万。樊城に5千が残ってるとしても、伏兵として5千は潜んでいるようだな」
趙累
(ちょうるい)


「小細工を弄したところで、この関羽には通用しない!」
関平
(かんぺい)


「その通りだ! 本隊も伏兵も樊城も蹴散らしてやろうぜ!」
廖化
(りょうか)


「……たしかに関羽将軍は天下無敵だが、脇を固める我々はそうではない。
関羽将軍を助けるためにも、若将軍と廖化には伏兵に備えてもらいたい」
趙累
(ちょうるい)


「む……。なるほど、父上は勝つに決まっているが、もし我々が敗れては父上に面倒をかけてしまうな。
承知した。伏兵は俺たちが引き受けよう!」
関平
(かんぺい)


「それではあっしが先陣として攻撃を仕掛けやす。
関羽将軍はその後から堂々と進撃してくだせえ」
周倉
(しゅうそう)


「………………」
関羽
(かんう)



樊城 南

呂常
(りょじょう)

魏の将



「引っ込め三下! てめえじゃ相手にならねえ! 関羽を出せ関羽を!!」
曹仁
(そうじん)


「くっ……。面目ねえ。後は頼みましたぜ、関羽将軍」
周倉
(しゅうそう)


「逃げるのか三下! 首を置いていけ!!」
曹仁
(そうじん)


「待て曹仁将軍! 敵の先陣は我々を誘い出そうとしている。深追いするな」
満寵
(まんちょう)


「そんなことはわかってらあ! さっさと出てきやがれ関羽!!」
曹仁
(そうじん)


「………………」
関羽
(かんう)


「関羽が来たぞ! 伏兵に合図を送れ!」
陳矯
(ちんきょう)


「待ってました! うおおおおお!!」
夏侯存
(かこうぞん)


「関羽は袋のネズミだ! 首を獲れ!!」
翟元
(てきげん)


「………………」
関羽
(かんう)


「やはり伏兵がいやしたね。関羽将軍が前に出るのを待って、左右からの挟撃。
まずはお見事ですが、しかし――」
周倉
(しゅうそう)


「愚かな! 貴様らの策などこの関羽はお見通しだ!」
関平
(かんぺい)


「おとなしく関羽将軍と漢中王に降伏しやがれ!」
廖化
(りょうか)


「まずい! 敵は伏兵に備え、迎撃部隊を用意していたぞ!」
満寵
(まんちょう)


「フン。そのくらいはこっちも読んでいた。今だ牛金!」
陳矯
(ちんきょう)


「おう!」
牛金
(ぎゅうきん)


「なんと! さらに5千の兵が我々の背後に現れやしたぜ」
周倉
(しゅうそう)


「どうやら樊城を空にして第二の伏兵を用意していたようだな。大胆不敵な策だ。
かくなる上は、背後の牛金軍は私と周倉で食い止める。
関羽将軍はまっすぐに進み曹仁の本隊を破り、一息に樊城を攻められよ!」
趙累
(ちょうるい)


「………………!」
関羽
(かんう)


「関羽の野郎! 伏兵は三下に任せて俺たちに向かってくるぜ!」
曹仁
(そうじん)


「関羽の武勇頼みの強引な策だな。
――大盾部隊と弓部隊で関羽を足止めしろ! 我らの伏兵が関羽以外を破れば勝ちだ!」
陳矯
(ちんきょう)


「とことん関羽将軍を無力化させようという魂胆か……。
さすがは曹仁、ここまでは見事と言っておこう。しかし!」
趙累
(ちょうるい)


「曹仁将軍! 襄陽(じょうよう)から急報だ!
関羽の別働隊が襄陽を包囲した!」
満寵
(まんちょう)


「なんだと!?」
曹仁
(そうじん)


「頃合いやよし。襄陽が陥落したと魏軍に触れ回ってやれ!」
趙累
(ちょうるい)


「襄陽は落ちた! あんたさんらの背後は封じられた! 孤立しやしたぜ!」
周倉
(しゅうそう)


「な、なに? じ、襄陽が……」
夏侯存
(かこうぞん)


「陥落しただと……!?」
翟元
(てきげん)


「隙ありいィィ!!」
関平
(かんぺい)


「もらったああ!!」
廖化
(りょうか)


「ぐわああああっ!!」
夏侯存
(かこうぞん)


「ぎゃあああああ!!」
翟元
(てきげん)


「くそっ! 襄陽陥落の報に動揺した隙をつかれて、伏兵が打ち破られたぞ!
さらに関平や廖化はがら空きの樊城に向かっている!」
満寵
(まんちょう)


「も、もはや打つ手はない。引き上げましょう!」
陳矯
(ちんきょう)


「ちきしょう! 関羽! 勝負は預けたぜ!」
曹仁
(そうじん)


「………………」
関羽
(かんう)


「急げ! 逃げる曹仁より先に樊城に入るのだ!」
関平
(かんぺい)


「ん? 若将軍! 樊城の前に新手が現れたぜ。
曹仁の野郎、まだ伏兵を用意してやが――」
廖化
(りょうか)


「この馬鹿弟子があああっ!!」
呂常
(りょじょう)


「し、師匠!?」
廖化
(りょうか)


「そう簡単に樊城に入れると思ったら間違いだ!
樊城が欲しくばこのワシの屍を越えて行け!」
呂常
(りょじょう)


「師匠? あの男は廖化の師なのか?」
関平
(かんぺい)


「あ、ああ……。南方では知らぬ者のいない、流派・南方不敗の呂常師匠だ。
師匠が魏軍に仕えていたなんて……」
廖化
(りょうか)


「どうした廖化! 臆病風に吹かれたか!
泣き虫癖は治っていないようだなあ!」
呂常
(りょじょう)


「ば、馬鹿にするな! 師匠のもとにいた頃の俺とは違う!
あれから俺は関羽将軍のもとで腕を磨き、今や師匠をも越えたのだ!」
廖化
(りょうか)


「ほほう。面白い! ならばそのワシを越えた腕とやらを見せてみよおおっ!」
呂常
(りょじょう)


「悪逆非道の魏に仕えたならば、もはや師とは思わん! 行くぞ呂常!!」
廖化
(りょうか)


「甘い! 甘いぞ廖化! 貴様の拳など止まって見えるわ!
手本を見せてやる。これが奥義・ナイトメアフィンガーだああっ!!」
呂常
(りょじょう)


「うわああああああっ!!」
廖化
(りょうか)


「廖化!!」
関平
(かんぺい)


「ぐうっ……。ど、どうした南方不敗。て、敵である俺に手心を加えるのか……」
廖化
(りょうか)


「だからお前は阿呆なのだああっ!!
貴様ごとき殺すにも値せんということがわからぬか!」
呂常
(りょじょう)


「おのれ…………」
関平
(かんぺい)


「若将軍! 呂常の援軍が足止めしている間に、曹仁らは樊城に逃げ込んだ。
戦果は十分だ。引き上げるぞ!」
趙累
(ちょうるい)


「くっ……。関羽の子が、敵を目の前におめおめと……」
関平
(かんぺい)


「その関羽将軍なら、深追いせずもう自陣に戻りやしたぜ」
周倉
(しゅうそう)


「そ、そうか。ならば俺も帰ろう。
呂常とやら、次はこの関平がその白髪首をいただくぞ!」
関平
(かんぺい)


「貴様が関羽のガキか。ワシは逃げも隠れもせん。いつでも訪ねてくるがいい!
うわっはっはっはっはっはっ!!」
呂常
(りょじょう)


「師匠………………」
廖化
(りょうか)



荊州 襄陽 関興軍

関興
(かんこう)
王甫
(おうほ)

関羽の次子

関羽の将



「呂常とかいう奴の部隊には出て行かれちまったけど、とりあえず襄陽は包囲できたね」
潘濬
(はんしゅん)


「おかげで曹仁軍は泡を食って敗走し、樊城に閉じこもったそうだ」
関興
(かんこう)


「この後はどうする? 襄陽を攻略するか?」
王甫
(おうほ)


「それには及ばない。むしろ襄陽と樊城は生かさず殺さず、包囲を続ける目論見だし」
潘濬
(はんしゅん)


「落とさず包囲し続ける?」
関興
(かんこう)


「つまり襄陽と樊城を餌に、魏軍の援軍を呼び寄せるのさ。
それを片っ端から関羽さんに叩いてもらう。そうして相手の戦力が薄くなったところで――」
潘濬
(はんしゅん)


「漢中王の本隊が西から、孫権軍が東から兵を進めるというわけか!
まるで私の顔のように美しい戦略だ……」
王甫
(おうほ)


「あんたの顔はおいといて、御名答。
これから面白くなるよ。
この中華の大地を盤面にして、無数の駒が縦横無尽に中原を切り裂くんだ。
そしてその中心にいるのは関羽さんだ。
漢中王の名の下に、一大ゲームの幕開けさ!」
潘濬
(はんしゅん)







かくして常勝将軍・関羽は曹仁を破った。
樊城・襄陽を餌に魏軍の精鋭を釣り出す戦略は、魏の肺腑を喰い破るのか。
樊城には早くも魏の援軍が現れようとしていた。




〇七五   樊城の戦い