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三 国 志

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〇七六   関羽の不覚





樊城(はんじょう)



「がっはっはっ! すっかり囲まれちまったな!」
曹仁
(そうじん)


「城のすぐ外側は水が、そのさらに向こうには関羽軍が包囲の輪を敷いている。
樊城は二重に取り囲まれてしまいました……」
牛金
(ぎゅうきん)


「だが雨はやんだ。もう水が城内まで攻めてくることはない。
関羽軍も水に阻まれ城攻めできぬから、包囲する兵だけを残し先へ進んだ。
フン、緊張感のない籠城だのう!」
呂常
(りょじょう)


「だったら資材をかき集めて船でも造り、こっちから攻めてやろうか!」
曹仁
(そうじん)


「いや、無理をすることはありますまい。
陳矯殿をはじめ兵の多くが水攻めであるいは負傷し、あるいは疫病に倒れている。
急ごしらえの船で包囲軍と戦うのも危険です。
我らがここで粘っていれば、関羽軍は兵を割かざるを得ない。それで十分でしょう」
満寵
(まんちょう)


「しかし問題は……兵糧の不足ですな。
もともと樊城は長期間の籠城を想定していないから、兵糧の蓄えが乏しいのです」
牛金
(ぎゅうきん)


「なんだ、そんなことを心配しておったのか! 米が無いなら肉を食えばよいだろう!
どうせ籠城戦では軍馬に使い道はないのだ! 馬を殺して食ってしまえ!
そうだ、どうせなら俺の愛馬を真っ先に殺せ! そうすりゃみんな遠慮しなくなるだろ!」
曹仁
(そうじん)


「おお……。将軍のその決意を見れば、兵たちも奮い立つことでしょう!」
満寵
(まんちょう)


「ん? どこに行かれるのですか呂常殿?」
牛金
(ぎゅうきん)


「戦のない籠城など退屈だからな。ちょっと関羽軍の偵察がてら散歩してくる。
どうやってだと? わっはっはっ! ワシにとっては水面など地面の上と同じよ!」
呂常
(りょじょう)


「うおお!? み、水の上を走っていった…………」
牛金
(ぎゅうきん)


「がっはっはっ! 呂常か! 噂には聞いていたがとんでもない野郎だな!
どれ、退屈しのぎに俺も水面を歩く練習でもするか!」
曹仁
(そうじん)


「………………」
満寵
(まんちょう)



并州(へいしゅう)

梁習
(りょうしゅう)
蘇則
(そそく)
常林
(じょうりん)

魏の并州刺史

魏の金城太守

魏の幽州刺史
殷署
(いんしょ)
朱蓋
(しゅがい)

魏の将

魏の将



「魏王から関中に援軍の要請が下りました。
しかし関中は劉備の本隊と対峙し、多くの兵は回せません。
そこで私たちの并州や雍州(ようしゅう)、幽州(ゆうしゅう)ら北方に派兵の任が与えられたのです」
梁習
(りょうしゅう)


「だが我々とて異民族や反乱軍との戦いに明け暮れ、それほどの余裕があるわけではない」
蘇則
(そそく)


「北方の兵は一騎当千の強者ばかりだ。ワレワレが思うに。
諸君らは負けなかった。雪にも山にも異形の兵にも。
数の問題ではないのだ。兵の強さとは」
常林
(じょうりん)


「ああ! 将軍らに代わり、北方軍の名誉にかけて関羽と戦ってみせよう!」
殷署
(いんしょ)


「関羽がどれほど強かろうが、雪崩や虎や嵐ほどのものではない!」
朱蓋
(しゅがい)


「その意気です。吉報を待っていますよ」
梁習
(りょうしゅう)


「我らの兵を任せたぞ」
蘇則
(そそく)


「信じている。諸君の勝利を。
もし負けて帰ればその時は……ヒッヒッヒッ」
常林
(じょうりん)



宛城(えんじょう)

呂建
(りょけん)
徐商
(じょしょう)

魏の将

魏の将



「関羽! その名を聞き胸を震わせぬ武人はおらぬ!」
徐晃
(じょこう)


「ふーん。そのカンウってのは有名なんだ」
呂建
(りょけん)


「俺らは曹彰殿下に従って異民族と戦ってたから、あんまその……カンウだっけ?
よく知らないんだが、徐晃将軍がそこまで言うならまあまあやるんだろうな」
徐商
(じょしょう)


「将軍はカンウと戦ったことあるのか?」
呂建
(りょけん)


「否。此度が初めての邂逅だ。故に相見えるのを待ち焦がれている」
徐晃
(じょこう)


「へえ。将軍の下に付けられてすぐ手合わせしたから、将軍の強さは知ってるけどよ。
カンウは本当に将軍ほど強いのかねえ」
呂建
(りょけん)


「あんま期待しないほうがよくね?」
徐商
(じょしょう)


「……成程。魏王はおそらく、貴殿らのその怖いもの知らずさを買ったのだろう。
関羽の名に畏怖せぬ、その剛直さを! 頼もしい限りだ!」
徐晃
(じょこう)


「将軍の物言いは難しくてよくわかんねえけど、褒めてくれてんだよな?」
呂建
(りょけん)


「だったら将軍の期待に応えねえとな!」
徐商
(じょしょう)


「うむ。貴殿らとならば、関羽に些かもひけを取ることはあるまい!
いざ参ろうぞ!!」
徐晃
(じょこう)



宛城 南 関羽軍




「いったい何日、輸送が遅れたと思っているのだ!
于禁軍の捕虜を大量に受け入れた我々には補給が必要だと何度も催促したであろう。
父上や我らが命を懸けて戦っている中、貴様は後方で何をぐずぐずしていた!?」
関平
(かんぺい)


「お、落ち着いてくれアル。長雨や水計であちこちの通路が塞がれたアル。
水にやられて米も足りなくなったし、船も調達しなきゃいけなかったアル……」
麋芳
(びほう)


「なんだと? 父の計略にケチを付けるつもりか?
それに足りないのは米だけではない。武器も軍馬も不足しているではないか!」
関平
(かんぺい)


「そ、それは……その。なんというか。か、火事が起きて、ちょっと焼失したというアルか……」
麋芳
(びほう)


「火事だと!? 水が多いとケチを付けておいて、なぜ火の災いを招くことができる!」
関平
(かんぺい)


「若将軍、そのくらいにしておけ。諸将の前だぞ。
糜芳殿は漢中王の親族に連なる方だ。いくら不始末があったとはいえ、口が過ぎるぞ」
趙累
(ちょうるい)


「俺とて漢中王の親族だ! 我が父・関羽と漢中王の桃園の契りを忘れたか!
――糜芳。趙累に免じて今回だけは赦す。だがもしまた同じ事を繰り返せば、
我らが魏軍を打ち破ったら、次はお前の番だと心得よ!」
関平
(かんぺい)


「はいアル…………」
麋芳
(びほう)


「………………」
趙累
(ちょうるい)


「………………」
関羽
(かんう)



荊州(けいしゅう) 江陵(こうりょう)

傅士仁
(ふしじん)

劉備の将



「関平のアホ息子め! 父の威光をかさに着て威張りくさりやがって!!」
麋芳
(びほう)


「まあまあ落ち着け。関平の傲慢さは今に始まったことではないだろう?」
傅士仁
(ふしじん)


「俺を誰だと思ってるんだ!? 殿が、漢中王が徐州を治めていた頃からの重臣だぞ!
呂布に負け曹操に負け長坂で追われ……どれだけ命を張ってきたと思ってるんだ!
それに死んじまった妹は殿の嫁だったんだ! 王の一族様だぞ!!」
麋芳
(びほう)


「お前ちょっと飲み過ぎだぞ。キャラを忘れてるじゃないか」
傅士仁
(ふしじん)


「これが飲まずにやっていられるか……アル」
麋芳
(びほう)


「まあお前の気持ちもわかる。関羽将軍はあの通り何を考えてるかわからねえ方だから、
関平は好き勝手に将軍の言葉を代弁して、俺たちに威張り散らしてる。
天下無双の関羽将軍に言われるならまだしも、関平の言葉は、俺だって腹に据えかねることがあるよ」
傅士仁
(ふしじん)


「そうだろうそうだろう……アル。
この前、呂蒙の後任になったって言って、わざわざ挨拶に来た孫家の将を覚えてるか? アル?」
麋芳
(びほう)


「陸遜とか言ったっけ。馬鹿が付くくらい丁寧な男だったな。
いいとこのお坊っちゃんらしいが、荊州方面の国境を任されたからって、普通は自ら挨拶に来ないよな」
傅士仁
(ふしじん)


「ちょっと頼りないけど、あのくらい温厚だったら、部下も従いたくなるだろ。アル。
関平に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいアル……」
麋芳
(びほう)


「イヤだなあ。そんなに褒められたらボク、照れちゃいますよ」
陸遜
(りくそん)


「ほら見ろ。この謙虚さアル。いっそのことワタシも陸遜に寝返って――へ?」
麋芳
(びほう)


「ええ!?」
傅士仁
(ふしじん)


「あ、本当に寝返ってくれちゃいます? そうしたらボク嬉しいな~。
お二人のこと、孫権様にも取り成しますんで、ぜひそうしてください!」
陸遜
(りくそん)


「な、な、なぜここにいるアル!?」
麋芳
(びほう)


「ど、ど、どこから入ってきた!?」
傅士仁
(ふしじん)


「え? この扉からですけど……いけませんでした?」
陸遜
(りくそん)


「陸遜、御二方が聞いてるのはそういうことじゃありませんよ」
呂蒙
(りょもう)


「こ、今度は呂蒙アル!? お前は引退したはず――い、いやそれはどうでもいいアル!」
麋芳
(びほう)


「な、何しに来やがった! さ、さては奇襲か!?」
傅士仁
(ふしじん)


「まあ奇襲っちゃ奇襲ですが……。おっと。人を呼んでも無駄ですよ。
あっしの部下があたりの兵は全員、おさえてますんで。
で――失礼ですが、御二方の話を聞かせてもらいました。
ですから、腹を割った話をしませんかい?」
呂蒙
(りょもう)


「ど、どういう意味だ……アル?」
麋芳
(びほう)


「関平に意趣返しをするって話ですよ」
呂蒙
(りょもう)



宛城 南




「くそ! そこをどけ!」
関平
(かんぺい)


「へへへ。そうは行かねえよ。カンウの話しか聞いてなかったが、息子の方もまあまあやるじゃねえか!」
呂建
(りょけん)


「若将軍! 関羽将軍なら大丈夫だ! 目の前の敵に集中しろ!」
趙累
(ちょうるい)


「アンタこそ子守りをしながら俺の相手をしようなんて無謀だぜ? 俺に集中しろよ集中!」
徐商
(じょしょう)


「…………ッ!」
関羽
(かんう)


「さすがは関羽! 我が白焔斧(びゃくえんぶ)の冴えを物ともせぬとは!
だがこれならどうだ!!」
徐晃
(じょこう)


「……!!」
関羽
(かんう)


「あれが音に聞く徐晃か……父上と互角の腕前とはな!」
関平
(かんぺい)


「よそ見すんなって言っただろうが!!」
呂建
(りょけん)


「ぐっ!!」
関平
(かんぺい)


「若将軍! 関羽将軍はともかくも我々は一騎打ちでは分が悪い!
ここは引き上げるぞ!」
趙累
(ちょうるい)


「関羽の子は敵に背を見せぬ!!」
関平
(かんぺい)


「またそのようなことを……。
関羽将軍! 若将軍が危険だ! 急ぎ撤退を!」
趙累
(ちょうるい)


「………………」
関羽
(かんう)


「そら、関羽将軍は矛を収めたぞ。若将軍も急がれよ!」
趙累
(ちょうるい)


「くっ…………。退却だ! 退却しろ!」
関平
(かんぺい)


「おっと、逃がしゃしねえぜ!!」
徐商
(じょしょう)


「待たれよ! 拙者らの任務は関羽を討つことではなく、樊城・襄陽の包囲を破ることである。
敵に伏兵の備えあれば危険だ。追撃は無用なり」
徐晃
(じょこう)


「なんだよ。追わねえってのか?」
呂建
(りょけん)


「第一、敵を背後から襲うは武人の誉れではない!」
徐晃
(じょこう)


「……まあ、大将がそう言うならやめるけどよ。これで勝機を逃しても知らねえぜ」
徐商
(じょしょう)


「関羽軍は樊城・襄陽の包囲に、さらに于禁軍の捕虜の確保に兵を割いている。
兵力では拙者らが上回るのだ。勝敗を急ぐ必要はない」
徐晃
(じょこう)


「へーえ。俺らにゃ兵法とやらはわからねえからな。大将に従うよ。
――引き上げるぞ野郎ども!」
呂建
(りょけん)



宛城 南 関羽軍

張仲景
(ちょうちゅうけい)

医師



「徐晃は追ってきやせんでしたね」
周倉
(しゅうそう)


「追ってくれば周倉の伏兵で叩けたのだが……。さすがは徐晃だな。
ん? どうした若将軍。浮かない顔をしているようだが」
趙累
(ちょうるい)


「……俺は自分が情けない。
関羽の子が徐晃どころかその部下と戦うのに手一杯とは……」
関平
(かんぺい)


「だからと言って焦ったり、御自分を責める必要はありやせんよ。
若将軍は若将軍。関羽将軍じゃねえんですから。御自分のできることをやればいいんです」
周倉
(しゅうそう)


「むう…………。
しかしあそこで龐徳に射られた矢傷の治療を受けている父を見ていると……」
関平
(かんぺい)


「………………」
関羽
(かんう)


「見よ! 父は骨を削られながらも涼しい顔で碁を打っておられる!
しかもあれだけの重傷を負いながら父は徐晃と戦ったのだぞ!
不甲斐ない! 俺は自分が不甲斐ない!!」
関平
(かんぺい)


(関羽将軍のような化け物と自分を比べちゃいかんだろ常識的に考えて……)
趙累
(ちょうるい)


「さて、これでよろしいでしょう。
後は食前か食間にこの葛根湯をお飲みくだされ」
張仲景
(ちょうちゅうけい)


「張仲景殿、ご苦労であった」
関平
(かんぺい)


「いえいえ。関羽将軍のような方の治療をできて私も光栄です。
それでは将軍、碁の続きはまた次回の往診でいたしましょう」
張仲景
(ちょうちゅうけい)


「………………」
関羽
(かんう)


「関羽将軍! ご報告に参りました」
王甫
(おうほ)


「襄陽の包囲を任せている王甫ではないか。どうした? 何かあったのか」
趙累
(ちょうるい)


「お喜びくだされ。襄陽を守っていた傅方(ふほう)、胡脩(こしゅう)が開城に応じました。
さらに劉封様が攻めていた上庸(じょうよう)も陥落したとのことです!」
王甫
(おうほ)


「おお! そいつはめでてえや!」
周倉
(しゅうそう)


「よし! 襄陽の包囲軍や劉封様の兵もこちらに回せるな!
江陵の糜芳殿も前線に出そう。病気で引退した呂蒙の後任の陸遜という指揮官は、惰弱な男らしい。
孫家との国境の兵を減らしても問題なかろう。これで徐晃軍をはるかに上回る兵力を確保できる!」
趙累
(ちょうるい)


「糜芳か。ちょうどいい、最前線でこき使ってやる!」
関平
(かんぺい)


「それでは私は漢中王にも報告に上がります。関羽将軍、御武運を!」
王甫
(おうほ)


「………………」
関羽
(かんう)



宛城 南 関羽軍 数日後

陸遜
(りくそん)

孫権の軍師



「おっ。糜芳殿の軍が見えやしたぜ」
周倉
(しゅうそう)


「ずいぶんと早かったな。襄陽の軍よりも先に現れるとは」
関平
(かんぺい)


「襄陽は多くの降伏兵を抱えている。軍の編成に時間が掛かっているのだろう」
趙累
(ちょうるい)


「そういえば劉封と孟達は派兵を断ったそうだな。父の、この関羽の命令を断るとは無礼な……」
関平
(かんぺい)


「攻略したばかりの上庸が落ち着くまでは離れられないとのことだ。
その言い分はもっともであろう。若将軍、怒りは徐晃軍にぶつけられよ」
趙累
(ちょうるい)


「ああ。襄陽からの援軍を待つまでもない。糜芳軍を先陣にすぐにでも出撃するぞ!」
関平
(かんぺい)


「………………」
麋芳
(びほう)


「………………」
傅士仁
(ふしじん)


「よくぞ来てくれた。……うん? やけに兵の数が多い気がするが。
そうか、襄陽の兵を一部、率いてきてくれたのだな」
趙累
(ちょうるい)


「ブー。違います! 正解はボクたち孫権軍が加わっているから、でした!」
陸遜
(りくそん)


「な!?」
趙累
(ちょうるい)


「敵は泡を食っている! 一気に関羽の首を獲れ!!」
呂蒙
(りょもう)


「…………!?」
関羽
(かんう)


「いけねえ! 逃げるんだ関羽将軍!」
周倉
(しゅうそう)


「おのれ糜芳! 裏切ったな!!」
関平
(かんぺい)


「自業自得……アル」
麋芳
(びほう)


「こっちだ関羽将軍! 若将軍も早く! 」
趙累
(ちょうるい)


「……! ……!」
関羽
(かんう)


「くそおおおおおお!!!」
関平
(かんぺい)


「こっから先へは行かせやせん!」
周倉
(しゅうそう)


「邪魔だ雑魚どもおおっ!!」
潘璋
(はんしょう)


「覚悟するでごわす!」
蒋欽
(しょうきん)


「ぐわああああっ!! か、関羽将軍……。どうか……ご無事で……」
周倉
(しゅうそう)


「周倉ーーッ!!」
関平
(かんぺい)


「関羽だ! 関羽を逃がすな! 関羽の首を獲れ!」
呂蒙
(りょもう)


「みなさーん。関羽ですよ~。関羽の首を持ってきてくださ~い!」
陸遜
(りくそん)








かくして呂蒙の奇襲は成功し、関羽は窮地に陥った。
荊州のことごとくは孫家の手に落ちるのか?
そして関羽父子の運命は?




〇七七   軍神・関羽