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三 国 志

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〇八二   夢の終わり





鄴(ぎょう)の都

王忠
(おうちゅう)
朱鑠
(しゅしゃく)

魏の将

曹丕の腹心




「今日は呉質君の誕生祝いだと言って集まってもらったが、それは方便だ。
僕の即位を祝ってくれる諸君へのささやかなお礼のつもりだよ。
余興も用意したから、戦続きの疲れをこの宴で少しでも癒してくれたまえ」
曹丕
(そうひ)


「……陛下、恐れながら申し上げます。
南では劉備が孫権と激しく争い、その戦火はいつ我々にも飛び火するかわかりません。
このような時に宴を開くなどとは感心できませぬが……」
桓階
(かんかい)


「桓階君は僕が皇帝になろうがそうやって諫言してくれるから頼もしいね。
でも心配は無用だよ。戦はもうじき終わりさ。
劉備君は桓階君と同じように戦を知らない。彼の敗北で戦は幕を閉じるよ。
だから高みの見物をしていればいいのさ」
曹丕
(そうひ)


「なるほど……。差し出がましいことを申しました。お許しください」
桓階
(かんかい)


「いや、気づいたことがあればまたすぐに言ってくれたまえ。
諸君の進言もたまには参考になるからね。
それじゃあ僕はこれで失礼する。呉質君、あとはよろしく」
曹丕
(そうひ)


「あっはっはっ! 今日は私のためにこんなに大勢に集まってもらいうれしいなあ!
今夜は無礼講だ! 気軽に飲んで騒いでくれ!」
呉質
(ごしつ)


「お誕生日おめでとうございます!
……ああっ、私ごときが真っ先にお祝いの言葉を述べるなんておこがましいことを!
申し訳ないです! どうぞ余興代わりに私の首をはねてください!!」
司馬懿
(しばい)


「あいかわらず超うぜえ……。
あ、いや、余興なら陛下はもちろん私も用意してあるから必要はない。
無礼講だと言っただろう。気にせず楽しんでくれ」
呉質
(ごしつ)


「ご、呉質様はなんという深い懐の持ち主なんでしょう……呉質様バンザーーイ!!」
司馬懿
(しばい)


「……なにがバンザイだ。俺は曹丕に頼まれたから来てやっただけだ」
曹真
(そうしん)


「曹丕陛下、でしょう? 口の利き方に気をつけないとデンジャラスな目に遭いますよ。
それにあなたは、ごちそうが目当てでやってきたんでしょうに」
曹休
(そうきゅう)


「お前こそ合肥の守りを放棄してこんなとこに来ていいのかよ。
夏侯惇将軍や温恢が亡くなって人手不足なんだろ?」
曹真
(そうしん)


「新たに満寵や賈逵が配属されたから問題ありませんよ。
ミーにとってはあなたに長安の守りが任されている方がプロブレムですけどねえ」
曹休
(そうきゅう)


「なんだと? 丸かじりされてえのかコラ」
曹真
(そうしん)


「おいおい、いくら無礼講だからってケンカは良くないぞ、御曹司さんたちよ」
王忠
(おうちゅう)


「何か臭いスメルがすると思ったらあなたでしたか。そのマウスを閉じてはもらえませんかね」
曹休
(そうきゅう)


「けっ。口の悪さじゃ陛下といい勝負だな」
王忠
(おうちゅう)


「――ところで陳羣殿、あなたがこのような場に来られるとは珍しいですな」
桓階
(かんかい)


「いちおう私と呉質、司馬懿に朱鑠は陛下の「四友」と呼ばれている。
その一人の招きに応じず、余計な勘ぐりをされるくらいなら、少しの我慢の方を選ぶ」
陳羣
(ちんぐん)


「な、なるほど……」
桓階
(かんかい)


「――振り返ると、そこには誰もいなかった。だ~れもいないんだ。
だっているはずがないんだ。そこは立つ場所なんてどこにもない、断崖絶壁だったんだから。
後で調べてみますとね。昔、その崖から飛び降りた少女がいたそうなんだ。
その少女が呼んでたのかなあ。あたしはね、そう思いましたね…………」
孟達
(もうたつ)


「そ、そうか……。あるんだなあ、そんな話が……」
朱鑠
(しゅしゃく)


「……実は私にも似たような経験がある。
若い頃の話だ。自分は死神の使いだと名乗る女が現れてな――」
杜畿
(とき)


「と、杜畿殿まで怪談を話すのか? ご、ご冗談はおやめくだされ」
朱鑠
(しゅしゃく)


「それが冗談ではないのだ。一目でこの世のものではないとわかる女でな。
おびえた私は命乞いをしたんだ。すると女は、別の者を探してくるから、
それまでこの話を他人にしないようにと言った。まあ、もう昔の話だから大丈夫だろうが――」
杜畿
(とき)


「………………」
??
(??)


「ひ、ヒイイイイイイイ!?」
朱鑠
(しゅしゃく)


「ど、どうしたのだ朱鑠殿。私の背後に誰か――うわあああっ!?
ま、まさか、私を迎えに……? ま、待ってくれ! つい出来心で--」
杜畿
(とき)


「………………夫」
??
(??)


「え? いま何かおっしゃいましたか。
あたしたちに何か伝えたいことが、この世に言い遺したことがあるんですかねえ?」
孟達
(もうたつ)


「………………夫はいる?」
??
(??)


「……へ? 夫?」
朱鑠
(しゅしゃく)


「騒がしいと思ったら妹の徳陽じゃねえか。どうしたこんなところに来て?」
曹真
(そうしん)


「い、妹? 曹真殿の? 生きている?」
杜畿
(とき)


「夫の夏侯尚を探しに来たのか? ここにはいねえよ。
なあ徳陽や。もう夏侯尚のことは諦めろ。あいつは変わっちまったんだ。
また俺が別の亭主を探してやるから――」
曹真
(そうしん)


「………………いないのなら、いい」
徳陽郷主
(とくよう)


「そ、曹真殿の妹御だったのか……。私はてっきり――い、いや、なんでもない!」
杜畿
(とき)


「夫の夏侯尚がろくでなしでな。あいつを放って妾ばっかりかわいがってんだ。
その上いろんなことがあって、妹はちょっと気を病んじまった。
面倒を掛けちまったな。すまなかった」
曹真
(そうしん)


「い、いえいえ。めっそうもない」
朱鑠
(しゅしゃく)


「おーい。曹真殿に朱鑠。そんなとこで何をやっている。
こっちへ来てくれ。余興を始めるぞ!」
呉質
(ごしつ)


「余興だと?
………………なんだこりゃ」
曹真
(そうしん)


「あっはっはっ! どうだ曹真殿に朱鑠よ。
この大道芸人たちは君らにそっくりだろう?」
呉質
(ごしつ)


「ハッハッハッ! こりゃいい! たしかにそっくりだ!
見ろよあの骨皮筋衛門を! 朱鑠にクリソツだぜ!」
王忠
(おうちゅう)


「これは実にファニーですねえ。
あっちの芸人の太鼓腹は曹真と瓜二つですよ!」
曹休
(そうきゅう)


「あ、あはははは……。こ、これはおかしい……。あはははは……」
司馬懿
(しばい)


「………………」
曹真
(そうしん)


「ぐぬぬ…………」
朱鑠
(しゅしゃく)


「………………醜悪な」
陳羣
(ちんぐん)


「おっと、ゲストはもう一人いるぞ。
なんと曹丕陛下が紹介してくださった、こちらのドクロを頭にかぶった男は、世にも珍しい人食い人種だ!
……おやおや。よく見れば誰かに似ていますなあ」
呉質
(ごしつ)


「…………てめえ」
王忠
(おうちゅう)


「うん? 何か言われましたかな王忠殿?
こちらは恐れ多くも曹・丕・陛・下のご紹介ですぞ。それが面白くないのですかな?
それともその昔、飢饉に苦しんでつい人の死体を食べた時のことを思い出されましたか?」
呉質
(ごしつ)


「…………はっはっはっ。
こいつは一本取られたぜ。さすが曹丕陛下だ。これは愉快。はっはっはっ……」
王忠
(おうちゅう)


「いいかげんにしやがれ!!」
曹真
(そうしん)


「ひいっ!?」
呉質
(ごしつ)


「俺たちはお前のように暇じゃねえんだ!
陛下の直々の頼みで、任地から遠く駆けつけてやったというのに、この仕打ちはなんだ。
四友だかなんだか知らんが、武士を侮辱した報いを受けろ!!」
曹真
(そうしん)


「お、落ち着かれよ曹真将軍。め、めでたい席にそんな物騒な発言はおよしください。
私は別に怒ってはいませんぞ。ご、呉質。お前だって痩せてるじゃないか。
自分をさしおいて我々を馬鹿にするものじゃないぞ」
朱鑠
(しゅしゃく)


「は、ははは。た、ただの余興ではありませんか。
こ、これだから風流を解さぬ輩は困ったものだ」
呉質
(ごしつ)


「なんだと――」
曹真
(そうしん)


「やめろ曹真」
曹洪
(そうこう)


「お、叔父上」
曹真
(そうしん)


「俺が黙って見ているんだ。お前もこらえろ」
曹洪
(そうこう)


「そうですよ曹休。スマートじゃないのは身体だけにしなさい」
曹休
(そうきゅう)


「曹休、お前も口が過ぎるぞ。黙っていろ」
曹洪
(そうこう)


「う……ら、ラジャーです」
曹休
(そうきゅう)


「呉質殿」
曹洪
(そうこう)


「は、はい!」
呉質
(ごしつ)


「曹真は気分が優れぬようだ。我々はこれで失礼させてもらう」
曹洪
(そうこう)


「え、ええ。お大事に……」
呉質
(ごしつ)


「………………」
王忠
(おうちゅう)


(先帝(曹操)の後を追うように夏侯惇様が亡くなられ、
曹一族の中で最も発言力を持つようになった曹洪様を、曹丕陛下は疎まれた。
些細な罪で投獄され、卞皇后の取り成しで助けられた今では地位こそ低いものの、
やはり曹洪様の言葉は重きを置かれている。呉質ごときでは歯向かえまい)
桓階
(かんかい)


「あ、アッハッハッ……。
き、興を削がれたな。孟達! なにか怪談話でもしろ」
呉質
(ごしつ)


「はいはい。これは益州に昔から伝わる話なんですが――」
孟達
(もうたつ)



益州 成都(せいと)




「……いけすかねえ野郎だったが、諸葛亮の実力は確かだった。
だがもう諸葛亮はいねえ。漢中を奪った立役者の法正もだ。
そのうえ黄忠のジジイも倒れたし、なにより馬超将軍! あんたがいねえんだ」
彭羕
(ほうよう)


「いや……。馬超は戦うぞ……。毒が抜けたらすぐに荊州へ向かうんだ……」
馬超
(ばちょう)


「さすがは将軍だぜ。だが遠征軍を見てみろ。
張飛まで死んじまったんだぞ。あの程度の戦力で孫権に勝てんのか?」
彭羕
(ほうよう)


「馬超が行けば……勝てる……」
馬超
(ばちょう)


「戦力はまだしも、指揮をとるのはアホの劉備だ。
あいつらが呉軍に勝てるもんか。
だからよ、馬超将軍。これは千載一遇の好機だと思わねえか?」
彭羕
(ほうよう)


「センダイヘイコウ……?」
馬超
(ばちょう)


「馬超将軍が外で兵を掌握し、俺が内で官吏どもを牛耳る。
そうすりゃ蜀は俺たちのもんだ。今の益州には俺たちを止められる者はいねえ。
なあ、やろうぜ将軍。俺たちで天下に号令をかけるんだ!」
彭羕
(ほうよう)


「馬超が……天下に……号令を……」
馬超
(ばちょう)


「そうだ将軍! 俺とあんたが組めば天下無敵の――」
彭羕
(ほうよう)


「――ウチの亭主に馬鹿なことを吹きこまないでくれる?」
董夫人
(とうふじん)


「な!? な、なぜお前がここに……。
留守にしていたのを見計らって来たのに……」
彭羕
(ほうよう)


「アンタみたいな馬鹿をあぶり出すために留守だと偽ったのよ。
さて、亭主に反逆罪を犯させようとした罪はどうやって償ってくれるのかしら?」
董夫人
(とうふじん)


「フ、フン……。ここでお前を口封じすればいいだけのことだ!
文官の俺だって女のお前には負けやしねえよ!」
彭羕
(ほうよう)


「あいにくやが、わてもいるで彭羕のオッサン」
馬岱
(ばたい)


「ば、馬岱…………」
彭羕
(ほうよう)


「姐御、こいつどうしまひょ?」
馬岱
(ばたい)


「面倒くさいけど、こういう馬鹿なことを考える連中の見せしめのためにも、
獄へ送って処刑してもらいましょ。縛っちゃって」
董夫人
(とうふじん)


「はいな。ほらほらおとなしくせえ、この反逆者が!」
馬岱
(ばたい)


「………………董白」
馬超
(ばちょう)


「え? どうしたの? 何か欲しいの?」
董夫人
(とうふじん)


「馬を出せ……馬超は天下に号令を……。
君のために……曹操を討つ……」
馬超
(ばちょう)


「…………バカ。そんなになってまで、なに野望に燃えてんのよ。
だいたい曹操はとっくに死んでんのよ……」
董夫人
(とうふじん)



呉軍 捕虜収容所




「………………」
廖化
(りょうか)


「何をしているのだ馬鹿弟子があああっ!!」
呂常
(りょじょう)


「うおおっ!? ま、また貴様か! いったいどこから湧いて出た?」
廖化
(りょうか)


「質問しているのはこっちだ! ようやく傷が癒えたばかりの半病人が何をしておる?」
呂常
(りょじょう)


「知れたことを。劉備たちが関羽将軍の仇を討とうと戦っているんだ。
俺もそれに馳せ参じなくてはならん。わかったらそこをどけ!」
廖化
(りょうか)


「だからお前はアホなのだあああっ!!」
呂常
(りょじょう)


「うわあああああ!!」
廖化
(りょうか)


「呉軍の捕虜のお前は厳重に監視されておる。
劉備に助太刀するどころか、ここを脱出する前に殺され――。
んん? また気絶しておるのか? なんとヤワな奴だ。さては修行を怠っておるな!」
呂常
(りょじょう)


「………………」
廖化
(りょうか)


「……そういえば半病人だったのを忘れておったわ。
ワッハッハッ! ちょうどいい、このまま運んでいってやろう」
呂常
(りょじょう)


「な!? き、貴様は何者だ!?」
傅士仁
(ふしじん)


「んん? 誰かと思えば傅士仁ではないか。
脇役の分際で関羽を裏切った後も二度も三度もしゃしゃり出てきおって。
どけ、酔舞! 笑傲江湖デッドリードライブ!!」
呂常
(りょじょう)


「ぎゃああああああ!!」
傅士仁
(ふしじん)


「しまった。ついワシが関羽の仇の一人を討ってしまったぞ。
まあそれも一興だ。ワッハッハッ!」
呂常
(りょじょう)



夷陵 陸遜軍




「捕虜にしていた廖化が、傅士仁を殺して脱走したって? へえ」
潘濬
(はんしゅん)


「あんまり驚かないんですね?」
陸遜
(りくそん)


「今のオレにとっちゃどうでもいい連中だからな。
――こことここ、それにここと……あと、ここもかな」
潘濬
(はんしゅん)


「ふんふんふん。なるほど~。いやあ助かりました!
荊州のことならやっぱり潘濬さんに聞くのが一番ですね。
これで劉備軍を残らず焼き殺せます!」
陸遜
(りくそん)


「屈託のないヤツだぜ……。
いちおうオレ、かつての仲間を殲滅する企てに手を貸したんだぜ。
ちょっとは配慮を見せろよ」
潘濬
(はんしゅん)


「だってさっき、自分で昔の仲間はどうでもいい連中だって言ったじゃないですか?
実際そう思ってるんでしょ?」
陸遜
(りくそん)


「…………ああ。思ってるよ」
潘濬
(はんしゅん)



夷陵 張苞軍




「どけどけどけえっ! 俺の前に立ちふさがる奴は殺す!」
張苞
(ちょうほう)


「無茶しすぎよ張苞あんちゃん! このままじゃ包囲されるわ!」
星彩
(せいさい)


「うるせえ! 俺は范彊と張達らを殺すまで帰らねえぞ!
女は黙ってろ!」
張苞
(ちょうほう)


「女はって……あたいだって張飛の娘よ! 范彊たちを憎んでるのは同じだわ。
でも、それであたいたちにもしものことがあったら、張飛ママが悲しむじゃないの!」
星彩
(せいさい)


「………………」
関興
(かんこう)


「ほら、関興だって無理せずここは引き上げようって言いたそうよ」
星彩
(せいさい)


「…………ケッ。
まあ、俺たちの部隊があんまり突出したら劉備陛下の本隊も心配だからな。
ここはいったん引き上げて――」
張苞
(ちょうほう)


「!?」
関興
(かんこう)


「ああっ! 本隊の方から火の手が上がったわ!
きっと敵に奇襲されたのよ!」
星彩
(せいさい)


「こうしちゃいられねえ。早く本隊に戻るぞ!」
張苞
(ちょうほう)


「!」
関興
(かんこう)


「おっと、どこへ行くつもりだ?
ほれほれ、てめえらの仇の潘璋さんはここにいるぜ」
潘璋
(はんしょう)


「ば、馬忠もここにいるぞ!」
馬忠
(ばちゅう)


「は、は、范彊よぉっ!!」
范彊
(はんきょう)


「ち、張達だっているんだからね!」
張達
(ちょうたつ)


「潘璋……馬忠……范彊……張達……」
張苞
(ちょうほう)


「あ、あんちゃん! これはあからさまに罠よ!!」
星彩
(せいさい)


「それがどうしたぁッ!? 仇が雁首そろえてんのを見過ごせるかよ!!」
張苞
(ちょうほう)


「いけない! 関興ッ! あんちゃんを止めて!」
星彩
(せいさい)


「…………ッ!」
関興
(かんこう)


「え? ダメよ! ここは私に任せてお前は本隊に戻れだなんて――」
星彩
(せいさい)


「てめえらそこを動くなああッ!!」
張苞
(ちょうほう)


「ッッ!!」
関興
(かんこう)


「あんちゃん! 関興ーーッ!!」
星彩
(せいさい)



夷陵 劉備軍




「な、なんの騒ぎじゃ!?」
劉備
(りゅうび)


「この本隊をはじめ、各陣営に次々と火を放たれています!
ここは危険です。一刻も早くお逃げくだされ!」
傅彤
(ふとう)


「わ、わしは負けたのか……?」
劉備
(りゅうび)


「陛下、こちらです。私の顔のように美しく脱出口を切り開きますので、ついてきてください」
王甫
(おうほ)


「う、うむ」
劉備
(りゅうび)


「待て! 逃がさんぞ劉備!」
丁奉
(ていほう)


「ここから先へは進ませぬ!」
傅彤
(ふとう)


「無駄な抵抗はよせ。見れば名のある将のようだ。
おとなしく降伏すれば厚遇するぞ?」
丁奉
(ていほう)


「呉の犬めらに降る傅彤と思うてか! 行くぞ!!」
傅彤
(ふとう)



夷陵 陸遜軍




「えへへ。劉備さんの陣営は長細~くなってたからね。火攻めには弱いと思ったんだ。
潘濬さんに特に火のかけやすい所を教えてもらって、劉備軍を分断するように燃やしてるんだよ。
ほら見て見て! 劉備さんたちったら散り散りになって逃げてるよ!」
陸遜
(りくそん)


「そのうえ劉備の先鋒部隊を率いる張苞、関興らの軍を仇の潘璋らで釣り出し、
本隊を手薄にしたところを丁奉に襲わせる……。じ、実にお見事です」
吾粲
(ごさん)


「ありがと! でもこれからだよ。
逃げる相手を追撃する時が、一番効果的だからね。どんどん追撃しなくっちゃ。
韓当さんたちに合図を送って。あ、それから夷陵の孫桓たちも出撃させよう!
これから忙しくなるよ~」
陸遜
(りくそん)


「はッ! ただちに指示を送ります!」
駱統
(らくとう)


「えへへへへ。燃えてるよ~。すっごい燃えてるよ~。綺麗だねえ……」
陸遜
(りくそん)








かくして戦線は破れ、劉備は窮地に陥った。
火計を用い戦況を逆転させた陸遜は、このまま劉備の首を挙げるのか?
桃園の誓いはいま、陸遜の前にあえなく夢と散ろうとしていた。




〇八三   蜀軍炎上