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三 国 志

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〇九五   出師の表





蜀 成都 諸葛亮邸





「余、曰く」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「臣亮もうす」
黄月英
(こうげつえい)


「劉備の馬鹿が死んだせいで余にばかり面倒を押し付けられている。
そもそも劉備の馬鹿が興した蜀の力などたかが知れている。魏に勝とうなどと考えるほうが愚かだ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「先帝創業未だ半分ばならずして、中道に崩殂せり。今、天下三分し益州は疲弊す。
此れ誠に危急存亡の秋なり」
黄月英
(こうげつえい)


「だが全知全能なる余に不可能はない。余が指揮をとれば話は別だ。
北へ遠征し魏を片付けてやるからその間、貴様ら無能どもは余計なことをせずにおとなしくしていろ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「然れども待衛の臣、内に懈らず、忠志の士、身を外に忘るるは、蓋し先帝の殊遇を追い、これを陛下に報いんと欲すればなり。誠に宜しく聖聴を開張し、以て先帝の遺徳を光かし、志士の気を恢弘すべし。宜しく妄りに自ら菲薄し、喩えを引き義を失い、もって忠諌の路を塞ぐべからず。
宮中府中、倶に一体と為り、臧否を陟罰するに、宜しく異同あるべからず。
若し姦を作し科を犯し、及び忠善を為す者有らば、宜しく有司に付して、其の刑賞を論じ、以て陛下平明の治を昭らかにすべし。
宜しく偏私して、内外をして法を異にせしむべからず」
黄月英
(こうげつえい)


「成都に残してやる連中のなかで郭攸之(かくゆうし)、董允(とういん)は堅物で口うるさい馬鹿どもだから、
劉禅の馬鹿の周りに配置してやればさぞ困るだろう。
費褘(ひい)という変人も要職に据えればきっと何かしでかすに違いないから、抜擢しておいてやろう。喜べ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「侍中・侍郎郭攸之・費褘・董允等は、此れ皆良実にして志慮忠純なり。
是を以て、先帝簡抜して以て陛下に遺せり。
愚以為えらく宮中の事は、事大小と無く、悉く以てこれに諮り、自然る後に施行せば、必ずや能く闕漏を裨補し、広益する所有らんと」
黄月英
(こうげつえい)


「そうそう、余の留守中に危急の事態が起こったら向寵(しょうちょう)を使え。
なんの使い道もない男だが、余がこのような時に備え後事を託した者だと聞けば、
魏や呉の愚か者は恐れおののき、たやすく兵を退くことだろう。
クックックッ……まったく余の威光は偉大であるな」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「将軍向寵は、性行淑均、軍事に曉暢す。
昔日に試用せられ、先帝これを称して能と曰えり。是れを以て衆議寵を挙げて督と為す。
愚以為えらく営中の事は、事大小と無く、悉く以てこれに諮らば、必ずや能く行陣をして和穆し、優劣をして所を得しめんと」
黄月英
(こうげつえい)


「まあおとなしくしていろと言ったが、余の留守中はせいぜい羽根を伸ばすがいい。鬼のいぬ間になんとやらだ。
どうせ貴様らのような小人がなにを企もうと馬鹿の考え休むに似たりだ。
なにをしようと余には一切影響を及ばさぬ。好きにしろ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「賢臣に親しみ、小人を遠ざくる、此れ先漢の興隆せし所以なり。
小人に親しみ、賢人を遠ざくる、これ後漢の傾頽せし所以なり。
先帝在しし時、毎に臣と此の事を論じ、未だ嘗て桓・霊に嘆息痛恨せずんばあらざりしなり。
侍中・尚書、長史・参軍は、此れ悉く貞亮死節の臣なり。
願わくは陛下これに親しみこれを信ぜよば、則ち漢室の隆んなること、日を計りて待つ可きなり」
黄月英
(こうげつえい)


「ああ、それにしても面倒だ。余の比類なき頭脳をかような些末事にわずらわせることが、
人類全体にとってどれだけの損失かわかっているのか?
軍中のことに思いをめぐらすよりも、草廬にこもって書の一つでも眺めている方が百倍は有意義だ。
劉備の馬鹿めが三度も汚い面を寄越したせいで、断るのも面倒と血迷って軍師を引き受けてしまったが、
あれは余の一世一代の過ちであった。偉大なる余は自身の過ちを認めるにやぶさかではない」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「臣は本布衣、南陽に躬耕す。
苟しくも性命を乱世に全うせんとし、聞達を諸侯に求めず。
先帝、臣の卑鄙なるを以てせず、猥りに自ら枉屈し、臣を草盧の中に三顧し、臣に諮うに当世の事を以てせり。
是に由りて感激し、遂に先帝に許すに駆馳を以てす。
後、傾覆に値い、任を敗軍の際に受け、命を危難の間に奉ず。
爾来二十有一年なり。
先帝、臣が謹慎を知る。故に崩ずるに臨んで臣に寄するに大事を以てせしなり。
命を受けて以来、夙夜憂歎し、付託の効あらずして、以て先帝の明を傷わんことを恐る。
故に五月瀘を渡り、深く不毛に入れり」
黄月英
(こうげつえい)


「とにかく南蛮の猿どもは蹴散らしてくれた。次は魏の狗どもだ。
蜀の脆弱な兵力でそれができるのは天下に余、一人きりだ。
貴様ら凡俗どもはせいぜい、日に夜に余への感謝を忘れることないようにするのだな。
それが貴様らにできる唯一の事だ。余という存在を崇め奉れることを喜び、むせび泣くがいい」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「今、南方已に定まり、兵甲已に足る。
当に三軍を奨率し、北のかた中原を定むべし。
庶わくは駑鈍を竭し、姦凶を攘除し、漢室を興復し、旧都に還さん。
此れ臣の先帝に報いて、陛下に忠なる所以の職分なり。
損益を斟酌し、進んで忠言を尽くすに至りては、則ち攸之・費褘・允の任なり。
願わくは陛下臣に託するに賊を討ち興復するの効を以てせよ。
効あらずんば則ち臣の罪を治め、以て先帝の霊に告げよ。
若し徳を興すの言無くんば、則ち攸之・費褘・允の咎を責め、以て其の慢を彰せ。
陛下も亦宜しく自ら謀り、以て善道を諮諏し、雅言を察納し、深く先帝の遺詔を追うべし。
臣、恩を受けて感激に勝えず。
今、遠く離るるに当り、表に臨んで涕泣し、云う所を知らず」
黄月英
(こうげつえい)


「――清書できたか」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「はいです。さすが御主人様です。千年先まで残る名文です。
これを読んで泣かない奴は人じゃないです」
黄月英
(こうげつえい)


「当然だ。劉禅の馬鹿息子に届けてやれ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「はいです。馬謖の馬鹿に持って行かせるです」
黄月英
(こうげつえい)



蜀 成都

郭攸之
(かくゆうし)
董允
(とういん)
向寵
(しょうちょう)
蔣琬
(しょうえん)

蜀の文官

蜀の官吏

蜀の将

蜀の官吏




「…………うん、ぜんぜん意味がわかんないや。スイシノヒョウ(出師の表)だっけこれ?
難しいし、達筆すぎるし、漢字ばっかりだし」
劉禅
(りゅうぜん)


「漢字しかねーよです」
黄月英
(こうげつえい)


「文句は清書をした黄月英に言え。
まあ気に病むことはない。余の高尚な金言が貴様ごときに通じるはずもない」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「し、し、諸葛亮丞相! わ、わしは感動しましたぞ!」
郭攸之
(かくゆうし)


「あ、あなたの傲岸不遜な振る舞いにばかり目が行っていましたが、
劉禅陛下を、この国を、そして我々をこんなにまで想っていてくれたとは!」
董允
(とういん)


「--・-- --・ ・-・・ ・・ ・・-・・ ・・-(アリガトウ)」
向寵
(しょうちょう)


「…………通じてるヤツもいるみたいだな」
劉禅
(りゅうぜん)


「うん? そういえば丞相が留守を任せた連中のうち、費褘(ひい)がいないな。
北伐の見送りもせずに何をしてるんだ」
馬謖
(ばしょく)


「さあ? あいつのことだから昼寝でもしてるんじゃない?」
劉禅
(りゅうぜん)


「どうも~アンジェリーナ・ジョリーです! あっはっはっ違うか」
蔣琬
(しょうえん)


「うわっびっくりした!」
劉禅
(りゅうぜん)


「し、蔣琬殿! ぎ、玉座の後ろから現れるとはなんと無礼な!」
尹黙
(いんもく)


「陛下を驚かそうと思って昨日の晩から隠れてました。
ドキがムネムネしたでしょ? あ、逆か!
――それはそうと酷いですよ丞相。出師の表でおじさんには言及してないなんて」
蔣琬
(しょうえん)


「ほう。貴様に留守居役が務まるとでも?」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「こう見えてもおじさん、宝石の鑑定士だったんですよ。関係ないけど。
丞相が無視するから昨日ショック死して、いま生き返ったところです。あっはっはっ」
蔣琬
(しょうえん)


「あ、あいかわらずテキトーな男だ……」
馬謖
(ばしょく)


「なるほど。貴様に任せればもっと劉禅を困らせられたな。
いいだろう。長史補佐にしてやる」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「し、蔣琬を長史(事務次官)補佐などと大役に……」
尹黙
(いんもく)


「留守番が決まったから、次は北伐(北方遠征)メンバーの発表だな。軍議場でやるんだろ?
長い遠征になりそうだけど気をつけてな。お前に何かあったら蜀は滅亡するから」
劉禅
(りゅうぜん)


「フン。貴様に言われるまでもない。
無能は無能らしく何もせずに呆けているがいい」
諸葛亮
(しょかつりょう)



蜀 成都 軍議場

呂義
(りょぎ)
高翔
(こうしょう)

蜀の将

蜀の将




「北伐メンバーを発表するからお前ら名前を呼ばれたら返事しろです」
黄月英
(こうげつえい)


「まず前軍都督にギエン、張翼、王平」
馬謖
(ばしょく)


「我が頭脳によりすでにギヱンは兀突骨を超えた。それを見せてやろう」
楊儀
(ようぎ)


「大役を仰せつかり光栄です!」
張翼
(ちょうよく)


「がってんだちきしょうめ!」
王平
(おうへい)


「続いて後軍に李恢、呂義。左軍に馬岱、廖化」
馬謖
(ばしょく)


「はッ!」
李恢
(りかい)


「はい」
呂義
(りょぎ)


「はいな」
馬岱
(ばたい)


「久々の戦だ! 任せていただこう!」
廖化
(りょうか)


「右軍に馬忠、張嶷。
中軍は鄧芝、高翔、呉班、そして私、馬謖。
……誰か忘れているような。ああ、呉懿だ」
馬謖
(ばしょく)


「燃えるように熱い戦いを見せよう!」
馬忠
(ばちゅう)


「承知」
張嶷
(ちょうぎょく)


「わ、わ、私は、その、なんと言いますか、ええと、あの」
鄧芝
(とうし)


「了解した」
高翔
(こうしょう)


「へい」
呉班
(ごはん)


「はいはい、いいですよ」
呉懿
(ごい)


「遊撃隊に張苞、関興、星彩。兵站は李厳だ」
馬謖
(ばしょく)


「腕が鳴るぜ!」
張苞
(ちょうほう)


「…………」
関興
(かんこう)


「張苞には負けてらんないって関興もあたいも気張ってるよ!」
星彩
(せいさい)


「李平だ」
李厳
(りげん)


「は?」
馬謖
(ばしょく)


「李平に改名したんだよ。飲み屋の姉ちゃんが『厳』なんていかつくてしょうがねえって言うからよ」
李平
(りへい)


(そんな話は今はどうでもいいだろ……)
馬謖
(ばしょく)


「…………あれ?」
馬雲緑
(ばうんりょく)


「ちょっと待つッスよ。自分と雲緑が呼ばれてない気がするんスが、聞き漏らしたッスか?」
趙雲
(ちょううん)


「喜べ。老い先短い老人と小娘には北の寒風はこたえると思ってな。遠征から外してやった」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「……それは聞き捨てならへんな。星彩や月英はんもおるのに、ウチがおらんのはおかしいやろ。
それにウチの亭主はそんじょそこらの老人とはわけが違うで!」
馬雲緑
(ばうんりょく)


「ウス! この趙雲子龍、齢97の老骨とはいえまだまだ誰にも引けは取らないッス!」
趙雲
(ちょううん)


「老人なことは否定しないです」
黄月英
(こうげつえい)


「ならばお達者倶楽部には先鋒を命じてやる。老骨に鞭打って可能な限りの敵を引きつけろ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「任せるッスよ!」
趙雲
(ちょううん)


「だが御老体の寿命が凍土で尽きても面倒だな。鄧芝を副将につけてやろう。
老いぼれ同士で積もる話もあるだろうからな」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「わ、私は丞相よりは年上ですが、でもまだ気だけは若いと申しますか、
も、もちろん将軍趙雲には及びませんが。ああっ。将軍趙雲なんて言葉が謎の逆転を――」
鄧芝
(とうし)


「黙れ。さっさと行け。老骨どもに露払いさせ、余はその後を悠々とついていく。
せいぜい道を掃き清めておくがいい」
諸葛亮
(しょかつりょう)



魏 洛陽の都

曹叡
(そうえい)

魏の二代皇帝




「知っての通り僕は、父の曹丕に冷遇されていた。
死ぬ直前まで後継者には指名されなかったし、帝王学はもちろんのこと、父から何かを教わった記憶もない」
曹叡
(そうえい)


「…………………」
曹真
(そうしん)


「だから君たちが頼りだ。魏の未来は君たちにかかっている。
無力な僕に代わり、この国と民を守ってくれたまえ」
曹叡
(そうえい)


「ああ、俺たちを頼ってくれ陛下!
俺は関中に駐屯し、諸葛亮を丸呑みしてやる!」
曹真
(そうしん)


「ノープロブレムですよ陛下。
孫権への備えはミーにお任せください。エレガントな勝利を約束しましょう」
曹休
(そうきゅう)


「政治のことは全て私にお聞きください」
陳羣
(ちんぐん)


「陳羣だけではないぞ。曹丕陛下のもとでワシら軍師は冷遇されとったからな。
慣れない政務に駆り出されたおかげで、政治も軍事もお手の物だ。なあ、王朗!」
鍾繇
(しょうよう)


「わ、私は決して冷遇されたなどとは露ほども思っていませんが……。
と、とにかく私になんなりとお命じください!」
王朗
(おうろう)


「軍師だろうと文官だろうと与えられた職務は遂行するだけだ。
それができない者は二流だよ」
劉曄
(りゅうよう)


「…………と、とにかく我々は陛下のため、国のため全力を尽くす所存です」
華歆
(かきん)


「賈詡さんも程昱さんも亡くなったが、新しい人材も次々と出てきています。
それに国を支えるのはここにいる者だけではありません。
荊州には亡くなられた曹仁将軍に代わり曹洪様と徐晃将軍が入り、呉と蜀の双方ににらみを利かせています」
蒋済
(しょうせい)


「……………………」
司馬懿
(しばい)


(おい司馬懿、お前も何か言わないか)
蒋済
(しょうせい)


「え? ええと、わ、わ、私にできることはただ一つ、陛下が死ねと命じられたら即座に死ぬことだけです!」
司馬懿
(しばい)


「――無学な僕だが、諸君の忠誠心はよくわかっているつもりだよ。期待させてもらう」
曹叡
(そうえい)


「へ、陛下! 急報が入りました!
諸葛亮が大軍を催し、漢中を出発したとのこと! 長安を目指していると思われます!」
陳矯
(ちんきょう)


「早速来やがったか!
南中をたらふく平らげた奴らは、必ず北へ遠征を企てていると思っていたぞ。
俺が国境線を一歩たりとも越えさせはしない! すぐに関中へ戻ろう!」
曹真
(そうしん)


「待て。蜀軍は呉と同盟し南中を平定したいま、兵力の大半を北へ振り分けられる。
曹真の兵だけでは心もとないし、今から戻ったのでは間に合うまい」
劉曄
(りゅうよう)


「わっはっはっ! 心配めさるな!
長安には夏侯楙(かこうぼう)様が駐屯されているし、西涼太守の韓徳(かんとく)もいる。
彼らに任せておけば、曹真殿が到着する前に蜀軍など片付けてくれるだろう!」
王朗
(おうろう)


「…………夏侯楙様に韓徳か」
鍾繇
(しょうよう)


「ああ、不安ですね。荊州からも軽騎兵を差し向けましょう。
張郃殿あたりが適任かと」
蒋済
(しょうせい)


「それにもう一つ不安がある。――司馬懿」
劉曄
(りゅうよう)


「ふえっ!? わ、私をお呼びですか!?
わ、わかりました! 見事に自刃してみせます!」
司馬懿
(しばい)


「落ち着け。お前に自刃を命じるのは私ではなく陛下だ。
それに自刃するのは、この作戦に失敗してからにしてもらおう」
劉曄
(りゅうよう)


「は、はあ……。私めのような人間のクズに命じられる作戦とはなんでございましょうか」
司馬懿
(しばい)


「念のため、お前には上庸(じょうよう)に向かってもらう」
劉曄
(りゅうよう)


「上庸? するともしや劉曄殿は……」
華歆
(かきん)


「ああ。諸葛亮のことだ。これがただの北方遠征とは思えん。二段構えの策を練っているに違いない。
上庸を動かす一手を、打ってこないとは言い切れないだろう……」
劉曄
(りゅうよう)








かくして諸葛亮は出師の表を発し、北伐の兵を挙げた。
先手を取った蜀軍は長安を目指す一方で、ある奇策を打っていた。
劉曄の目はそれを看破したのか、それとも……?




〇九六   孟達奇談