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三 国 志

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一〇二   第三次北伐





蜀 成都




「へへ……俺としたことがドジっちまったぜ……」
張苞
(ちょうほう)


「いくら殿軍を任されたからって張り切り過ぎなのさ。
曹真軍の追撃を退けて、調子に乗って逆に追い掛けたら落馬したんだって? 馬鹿ねえ」
星彩
(せいさい)


「………………」
関興
(かんこう)


「関興の思ってる通り、今はゆっくり休んどきなよ。
あたいは看病に残るし、関興があんちゃんの分もがんばるからさ」
星彩
(せいさい)


「ああ……。すまねえな……」
張苞
(ちょうほう)



蜀 成都 軍議場




「思ったよりも張苞は重傷のようだな」
高翔
(こうしょう)


「ええ。趙雲将軍も静養のため、馬雲緑もその看病で次の遠征には出られないでしょう」
張翼
(ちょうよく)


「早くも第三次の北伐が決まったが、我々の戦力は低下する一方だな……」
呂義
(りょぎ)


「何を弱気なことを! そうやって座っているから余計なことを考えるのだ!
体を動かせ! 汗をかけ! そうすれば万事がうまく行く!」
馬忠
(ばちゅう)


「てやんでい! どこのどいつが弱気になったって?
汗でもなんでもかいてやろうじゃねえかこのすっとこどっこい!」
王平
(おうへい)


「………………」
姜維
(きょうい)


「おや、どうされましたか姜維さん? 顔色が悪いようですが」
呉懿
(ごい)


「姜維さん、様子がおかしくねえですかい? いつもならこのへんで難解なツッコミでも入れるとこなのに」
呉班
(ごはん)


「呉班殿の言う通りだ。姜維殿、もしや趙雲殿のことを気に病まれているのでは?」
陳到
(ちんとう)


「…………力が欲しい。目の前の誰かを傷つけさせない力が」
姜維
(きょうい)


「趙雲殿が貴殿をかばって負傷したのを気に病むことはない。
もしかばえずに貴殿が負傷していれば、その時は趙雲殿が悔やまれていただろう。
趙雲殿は貴殿を救えて満足している。貴殿は趙雲殿の分も戦えばよいだけだ」
陳到
(ちんとう)


「………………」
姜維
(きょうい)


「気に病むのは、別任務についていて趙雲殿をかばえなかった拙者だけでよい」
陳到
(ちんとう)


「……理解しよう。理屈ではなく、心で」
姜維
(きょうい)


「自分勝手な俺様ヤローだった姜維が変わったものだな」
尹賞
(いんしょう)


「んだ。趙雲将軍は姜維が初めて一騎打ちで勝てなかった相手だ。尊敬してんだ」
梁緒
(りょうしょ)


「――おや? ハカセが軍議場に来るとは珍しいな」
梁虔
(りょうけん)


「楊儀クンはいるかネ?」
馬鈞
(ばきん)


「これは博士、お呼びだてしてくだされば出向きましたものを」
楊儀
(ようぎ)


「出掛ける前に寄ったんダ。ワタシは都に上がるから、今後のギヱンの運用はキミに任せるヨ」
馬鈞
(ばきん)


「は?」
楊儀
(ようぎ)


「陳倉の戦いで新兵器がミンナ失敗したろう?
益州にいたのではこれ以上の研究は進まない。ヤハリ最新の技術と知識に触れなくてはネ。
そういうわけでワタシは都へ行く。後は任せたヨ」
馬鈞
(ばきん)


「そ、そういうことでしたら私も同行させてください!」
楊儀
(ようぎ)


「キミもギヱンも官職をもらってるんだからそんな無責任なことはできないヨ。
それにキミもそろそろ独り立ちする時期だ。
ワタシから離れ、キミはキミの研究を進めなさい」
馬鈞
(ばきん)


「は、博士……。
わかりました! この楊儀、全身全霊をかけて博士をも驚かせるような成果を挙げてみせます!」
楊儀
(ようぎ)


「うんうん。それじゃあ諸君、サヨナラ」
馬鈞
(ばきん)


「身体にお気をつけください!」
廖化
(りょうか)


「息災」
張嶷
(ちょうぎょく)



蜀 成都 玉座の間

譙周
(しょうしゅう)

蜀の文官




「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「………………」
譙周
(しょうしゅう)


「フハハハハハハハハハハ!
実に愉快だ。なんと面妖な。なんと滑稽かつ不気味な面相だ。
譙周とか言ったな。気に入った。貴様も劉禅の補佐につけてやろう」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「わ、わたくしをそのような大役に……。
あ、ありがとうございます諸葛亮様!!」
譙周
(しょうしゅう)


「…………顔だけで決められたのは気のせいですかな」
董允
(とういん)


「なあなあ諸葛亮。お前がくれた新しい出師の表なんだけど、よく意味がわかんないぞ。
なんかやたら言い訳がましいし、知らない名前がたくさん出てくるし」
劉禅
(りゅうぜん)


「はあ? 余は新たに出師の表など書いてはおらぬ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「へ? でもほら、後出師の表(こうすいしのひょう)って書いてあるし――」
劉禅
(りゅうぜん)


「テッテレー! ドッキリ大成功!!」
蔣琬
(しょうえん)


「わあびっくりした!!」
劉禅
(りゅうぜん)


「し、し、蔣琬殿! 玉座の間の床をくりぬいて現れるとは――」
尹黙
(いんもく)


「おじさん、昨晩から徹夜して穴掘りしました。モグラと友達になったんですよ。
さっきお腹空いたから食べちゃったけど」
蔣琬
(しょうえん)


「そ、それで朝議に姿が見えなかったのか……」
郭攸之
(かくゆうし)


「で、その後出師の表はおじさんが書いたものでした!
よく書けてるでしょそれ」
蔣琬
(しょうえん)


「書けてないよ。支離滅裂じゃん。
陽羣、馬玉、閻芝、丁立、白寿、劉郃、鄧銅とか誰なんだ?」
劉禅
(りゅうぜん)


「おじさんの小学校の頃の同級生です」
蔣琬
(しょうえん)


「ず、頭痛が……」
尹黙
(いんもく)


「-・・・ ・・ ・-・・ -・・・-(馬鹿め)」
向寵
(しょうちょう)


「フハハハハハハハ! 楽しそうではないか劉禅。
貴様の周りにこやつらを配してやった甲斐があった」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「うん。おかげで毎日退屈してないよ。
――でさ、出師の表は偽物だったけど、北伐は本当にやるんだろ?
戦力は減ってるみたいだけど大丈夫なのか?」
劉禅
(りゅうぜん)


「魏や呉と比べれば蜀は人口も文化も経済も何もかも劣っている。人材もまたしかりだ。
だが全知全能の余にかかれば問題ではない。たとえば――」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「し、失礼します! 申し上げます! 呉の孫権が新たに皇帝を名乗りました!」
陳式
(ちんしき)


「なんじゃと? 孫権の小僧までもが皇帝を名乗るとは……。
まるで皇帝のバーゲンセールじゃな」
来敏
(らいびん)


「ふ~ん。まあ別にいいんじゃない?
呉は蜀より国力は上なんだしさ。わしが皇帝名乗れるなら孫権だって名乗れるんじゃね?
で、諸葛亮。話が途中だったけど」
劉禅
(りゅうぜん)


「――たとえば余の話をくだらぬ報告でさえぎったこの者。
この者を名将に仕立てあげてやろう」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「………………え?」
陳式
(ちんしき)



魏 長安




「諸葛亮率いる蜀軍が再び北上を開始しました。
どうやらガァァオ!山に布陣したようです。失礼、祁山(きざん)に布陣したようです」
孫礼
(そんれい)


「性懲りもなくまた来たか! 今度こそ頭から丸かじりにしてやる!」
曹真
(そうしん)


「先鋒は本官にお任せください! 諸葛亮に手錠を掛けてやりましょう!」
郭淮
(かくわい)


「待て。敵は大軍だ。我々の戦力だけでは心もとない。
亡くなられた曹仁将軍に代わり荊州都督に任じられた司馬懿の兵も動員する許可を得ている。
至急、援軍を請おう」
杜襲
(としゅう)


「だが皇帝を僭称しやがった孫権が、勢いに乗って遠征を企んでると聞くぞ。
荊州の防備を緩めて大丈夫か?」
曹真
(そうしん)


「荊州方面は曹仁将軍や徐晃が亡くなり、将よりも兵力を増強している。
司馬懿を出撃させても曹洪将軍がいれば問題なかろう」
杜襲
(としゅう)


「小難しい話はやめようぜ。要は蜀軍をさっさと撃破して、司馬懿をさっさと荊州に帰せばいいんだろ」
戴陵
(たいりょう)


「もしくは我々だけで蜀軍を破ればいいだけのことだ」
張郃
(ちょうこう)


「同意する」
楽綝
(がくちん)


「……まったく頼もしい奴らだ。よし、行くぞ! 蜀軍を一気に平らげてやろう!」
曹真
(そうしん)



蜀 北伐軍




「張郃、郭淮に杜襲か。定軍山を思い出すな。
あの時は法正ごときが夏侯淵を討ち取った。ならば余の手にかかれば曹叡くらい討ち取れるであろう」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「曹叡は都にいるからさすがの御主人様でも無理です」
黄月英
(こうげつえい)


(左将軍なら呪いとか使えばいけるのでは……)
李恢
(りかい)


「李恢」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「は、はい! なんでもありません!」
李恢
(りかい)


「呆けている暇があったら後方に兵糧の催促をしろ。長雨でもないのに輸送が遅れている」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「はッ。李厳、いや李平がまた横着しているようです。すぐに手配いたします。
…………それで左将軍。戦のほうはいかがなさいますか。
郭淮の兵が迫っているそうですが」
李恢
(りかい)


「小細工などいらぬ。このまま前進せよ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「たしかに兵力では我々が勝りますが……。相手は曹真です。何か策を秘めていると思いますが」
李恢
(りかい)


「ほう。余が無策で戦に臨むと思うのか」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「滅相もない! あ、あくまで一般論を申し上げただけです」
李恢
(りかい)


「一般論か。貴様ら凡俗にはお似合いの言葉だ。
見ていよ。クックックッ……。半月もあれば魏軍はおのずと崩壊するであろう」
諸葛亮
(しょかつりょう)



魏 曹真軍




「後方の武都(ぶと)と陰平(いんぺい)を蜀の別働隊に落とされただと?
くそ! 諸葛亮の本隊をおとりにしやがったのか!」
曹真
(そうしん)


「武都と陰平を攻略したのはワォォォォォン!だそうです。
失礼、陳式という将だそうです」
孫礼
(そんれい)


「……虎ってワォォォォォンって鳴くっけか?」
戴陵
(たいりょう)


「陳式……。かつて黄忠の部下にそんな名前がいたな。
そんな大役を任せるとは、ひとかどの将に育ったのか」
杜襲
(としゅう)


「武都も陰平も戦略的には大した重要性はない。
だが部隊を背後に回されたのは厄介だな」
張郃
(ちょうこう)


「お、遅くなりました! 台風と突風と竜巻と嵐に襲われ到着が遅れました!
そのうえ怪我をして動けなくなっているお年寄りを百人ほど救助していたのです!
本当です! 信じてください!」
司馬懿
(しばい)


「予定より一日遅れただけだろ。荊州からここまで来ればそのくらい許容範囲だ。気にするな」
曹真
(そうしん)


「おお……。曹真将軍の祁山よりも高く長江よりも深いお慈悲に感謝いたします!」
司馬懿
(しばい)


「お前の援軍が来てくれればいくらでも巻き返せる。頼りにしているぞ」
杜襲
(としゅう)


「こ、この司馬懿仲達(ちゅうたつ)、不惜身命、誠心誠意、全身全霊をかけて――」
司馬懿
(しばい)


「司馬懿は放っておいて話を戻すぞ。
蜀軍の泣き所は兵站だ。持久戦に持ち込めば必ず奴らは撤退する。
だがそれでは決定的な打撃を与えられず、奴らは何度でも戻ってきてしまう」
杜襲
(としゅう)


「西部戦線を守るだけならそれでも十分だ。
しかしできることなら、蜀軍に二度と立ち上がれないほどの痛手を負わせたいな」
曹真
(そうしん)


「……だがそうなるとますます武都や陰平を落とした理由がわからない」
張郃
(ちょうこう)


「どういうことだ?」
曹真
(そうしん)


「先にも言った通り、武都や陰平は小都市で、多くの兵は駐屯できまい。
せいぜい我々を牽制することしかできないし、得られる軍需物資もわずかだ。
諸葛亮ほどの切れ者が、なぜそんな策を打った?」
張郃
(ちょうこう)


「……諸葛亮のやることには必ず裏がある」
曹真
(そうしん)


「子午谷(しごこく)を抜け、長安を急襲する恐れはないか?
あるいは街亭(がいてい)を奪回に向かうか」
杜襲
(としゅう)


「諸葛亮は一か八かの博打はしない。どちらも可能性は薄いだろうな」
曹真
(そうしん)


「ならば――」
張郃
(ちょうこう)


「曹真将軍! 一大事であります!」
郭淮
(かくわい)


「郭淮? 蜀軍と対峙していたお前がなぜここにいる?」
曹真
(そうしん)


「そ、その蜀軍が全軍撤退しました!
武都と陰平も軍需物資と民だけを接収し、放棄したようです。
追撃しようにも本官らの行く手を阻むように暴風雨が続いておりまして、どうすべきか判断を仰ごうと――」
郭淮
(かくわい)


「諸葛亮め……。まさか二郡を落としただけで満足したのか?
それとも大雨を察知し、これ以上の対陣は無駄だと考えたのか?」
曹真
(そうしん)


「……おそらく街亭、陳倉(ちんそう)と連敗していた蜀軍は勝利を欲したのだろう。
ここで引き上げれば、戦果の大小はともかく勝利という結果は得られる」
杜襲
(としゅう)


「あの諸葛亮がそんな小さな勝利を求めただけ? そんな馬鹿な話があるか!」
曹真
(そうしん)


「……本官も同意見であります。撤退したと見せかけて奇襲を仕掛けてくるやもしれません」
郭淮
(かくわい)


「いずれにしろ追撃は控えたほうが良いだろうな……」
張郃
(ちょうこう)



蜀 北伐軍




「目的は果たした。これ以上の長居は無用だ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「いささか驚きましたぞ。武都と陰平の軍需物資を奪っただけで左将軍が満足されるとは。
……あ、いや! 決して左将軍が欲深いと申したいわけではなく――」
李恢
(りかい)


「黙れ。武都と陰平などどうでもよい。
目的の一つはこの陳式とかいう醜男を名将に仕立てあげたことだ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「わ、私ですか……?」
陳式
(ちんしき)


「今後はこの戦力外にして構想外の男を動かすだけで、魏軍は戦々恐々とするだろう。
それだけで牽制や陽動になる」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「こ、光栄です……と言うべきでしょうか?」
陳式
(ちんしき)


「貴様ごときには分不相応な名声であろう。
もう一つの目的は、陳倉を落とすことだ」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「え? ち、陳倉を落とされたのですか? いつの間に?
それに陳倉はあの郝昭(かくしょう)が守っていたのでは?」
李恢
(りかい)


「郝昭は死んだ。余に奇跡的な勝利を収めた功で都に上がり、任地に戻る前に病死したのだ。
留守の間に姜維に陳倉を落とさせた」
諸葛亮
(しょかつりょう)


(呪いとか使ったのだろうか……。
だいたいその情報をどこから仕入れたのだ?)
李恢
(りかい)


「余に不可能はない」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「ネタバレすると全国をふらふらしてる諸葛均から仕入れたです」
黄月英
(こうげつえい)


「…………と、とにかく郝昭が死に、陳倉を落とせたことは僥倖ですな。
これで作戦の幅が広がります」
李恢
(りかい)


「馬鹿め。陳倉など郝昭が守っていなければただの古城だ。
それにこちらも一将を失った」
諸葛亮
(しょかつりょう)


「え?」
李恢
(りかい)


「さ、左将軍! 都の星彩から急報です!
負傷により療養していた張苞が、な、亡くなったと……」
張翼
(ちょうよく)


「!!」
関興
(かんこう)


「ち、張苞が……。ちきしょう! なんてことだ!」
廖化
(りょうか)


「フン。また戦力のやりくりが面倒になったな。
だがそれよりも大きな問題がある。次の北伐では、膿を出すことになるであろうな」
諸葛亮
(しょかつりょう)








かくして第三次北伐は蜀軍の小さな勝利に終わった。
しかし張苞を失い、蜀軍の戦力は低下する一方。
魏軍も兵の損耗は少なく、まだまだ戦況は芳しくなかった。




一〇三   獅子身中の虫