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一〇七   公孫淵の野望





魏 洛陽

高堂隆
(こうどうりゅう)

魏の文官




「つまり水の力と天秤を利用して、自動で床が上下する仕掛けだヨ」
馬鈞
(ばきん)


「ほう。それは面白いね。ぜひやってくれたまえ。
それとこっちの設計図なんだけど――」
曹叡
(そうえい)


「…………陛下。
お言葉ですが、馬鈞殿の発明をいちいち取り立てて宮殿を造営していたら、いくら資金があっても足りませんぞ」
楊阜
(ようふ)


「問題は資金だけではにゃい。動員しゃれた民も、ひっきりなしに工事が続き怨嗟の声をあげておりましゅぞ!」
高堂隆
(こうどうりゅう)


「わかっているよ。だから農閑期の民で、希望した者しか動員していないじゃないか。
なるべく負担は掛けていないはずだよ。それに報酬もきちんと払っているさ」
曹叡
(そうえい)


「……その報酬が多すぎて、財政が逼迫しているのです」
楊阜
(ようふ)


「民も働くには働くが、味をしめてもっと報酬を増やしぇと要求しておりゅのじゃ」
高堂隆
(こうどうりゅう)


「それに口さがない者からは、陛下は中華統一もならないうちに宮殿造営に血道を上げている。
諸葛亮が死んだことで、もう天下に敵はないと思っているのだろうと陰口を叩かれておりますぞ」
孫礼
(そんれい)


「ん? 孫礼、お前虎の呪いは解けたのか? ちっとも叫ばないじゃないか」
楊阜
(ようふ)


「蜀への遠征中に旅の僧侶から破呪の祈祷を受けたのだ。費褘とかいう僧侶だった。おかげで助かった」
孫礼
(そんれい)


「そうか。それは良かったがお前の個性が薄くなったな。
……んん? 費褘というのはたしか蜀の――」
楊阜
(ようふ)


「しょんなことはどうでもよい!
陛下! どうか考えを改めていただきたい。
お望みとあらばワシの皺首でもなんでも差し出しましゅぞ!」
高堂隆
(こうどうりゅう)


「君の生首なんかもらっても困るよ。まあ落ち着きたまえ。
君たちの言い分はわかった。だがここまで造営を続けてきて、途中で投げ出したらそれこそみんなに恨まれるよ。
だから切りの良い所まででも――」
曹叡
(そうえい)


「陛下! 一大事です!
遼東の公孫淵(こうそんえん)が燕(えん)王を自称し謀叛を起こしたと急報が入りました!」
盧毓
(ろいく)


「なんだと!? 公孫淵といえば公孫康(こうそんこう)の跡を継いだ息子だったな」
楊阜
(ようふ)


「呉と組んでにゃにやら不穏な動きをしていりゅと聞いておったが、ちゅいに謀叛しおったか!」
高堂隆
(こうどうりゅう)


「これは大変だ。至急、司馬懿君を呼んでくれたまえ。彼に討伐してもらおう」
曹叡
(そうえい)



燕 遼東

公孫淵
(こうそんえん)
公孫恭
(こうそんきょう)

燕王

公孫淵の叔父



「淵よ……。お前はもうすこし賢い男だと思っていたがな。見損なったぞ」
公孫恭
(こうそんきょう)


「何を言われるか叔父上。見損なったのは俺の方だ。
我が燕グループは15万の大軍を擁する大企業である。
これだけの社員を持ちながら中華の覇権を望まないとは愚かの極みだ!」
公孫淵
(こうそんえん)


「どうやらお前は兄上の、公孫康の遺訓を忘れてしまったようだ。
ただ遼東の保全を図り、身の丈に合わない多くを望むなという遺訓を」
公孫恭
(こうそんきょう)


「我が社の社訓は『365日24時間死ぬまで戦え』だ!
15万の社員が血眼になって働けば魏など恐れることはない!」
公孫淵
(こうそんえん)


「……もはや何を言っても無駄か。
どうせ幽閉された私には見守ることしかできない。
遼東の民をなるべく苦しませないことを祈るとしよう……」
公孫恭
(こうそんきょう)



魏 洛陽

毌丘倹
(かんきゅうけん)
夏侯覇
(かこうは)

魏の将

夏侯淵の子



「は? 百万の兵を貸して欲しいだと?」
楊阜
(ようふ)


「は、はい。路傍に生えた雑草の茎にしがみつく虫けらのような私でも、
百万の兵があれば万が一にも勝ちを拾うことができなくはないと思いま――」
司馬懿
(しばい)


「そそそんな大軍がどどどこにあると言うのだだだ!!!」
毌丘倹
(かんきゅうけん)


「ひいっ!! え、エコーの利いた声で怒鳴らないでくださいませ!!」
司馬懿
(しばい)


「しし司馬懿殿には任せておけんんん。ここ公孫淵の討伐は俺に命じてくれれれ!!!」
毌丘倹
(かんきゅうけん)


「申し出はありがたいけど、やっぱり司馬懿君に任せるよ。
僕は司馬懿君ならやってくれると信じている。
百万は無理だけど4万の兵を出そう。毌丘倹君は先鋒を務めてくれたまえ」
曹叡
(そうえい)


「ワタシも司馬懿殿を全力で補佐いたすのであ~る」
孫資
(そんし)


「そうと決まったらさっさと行こうぜ。オレは手勢をつれて先行しよう」
夏侯覇
(かこうは)


「がはは。相変わらずせっかちタイな。おいどんもお供するタイ!」
黄権
(こうけん)


「実戦経験の薄い公孫淵の兵などいくらいても物の数ではあるまい。
行きに百日、戦闘に百日、休養に60日、帰りに百日で一年で片がつくだろう」
劉曄
(りゅうよう)


「あわわわわわわ。た、たった4万で戦えなんてそんな無茶な話――」
司馬懿
(しばい)


「つつつべこべ言うななな! おお置いていくぞぞぞ!!!」
毌丘倹
(かんきゅうけん)


(置いていってくれてもいいのに…………)
司馬懿
(しばい)



燕 遼東

倫直
(りんちょく)
賈範
(かはん)
公孫修
(こうそんしゅう)
卑衍
(ひえん)

燕の臣

燕の臣

公孫淵の子

燕の将



「なに? 魏軍に勝つのは無理だと?」
公孫淵
(こうそんえん)


「恐れながら申し上げます。魏軍は蜀や呉との戦いに明け暮れ、その練度は我々の兵と比べ物にもなりません」
倫直
(りんちょく)


「それに司馬懿は悪魔のような諸葛亮を相手に互角に戦った名将です。
我々には彼の策謀に対抗できる軍師もおりません」
賈範
(かはん)


「それがどうした! 無理というのは嘘つきの言葉だ。途中で諦めるから無理になるんだ。
諦めなければ無理なことなどない!」
公孫淵
(こうそんえん)


「第一、魏軍はたったの4万ぽっちだと言うではないか。
我々の3分の1以下だ! 負ける理由などどこにもない!
社長、倫直も賈範も我が社には不要な人材だ。首を斬って戦の景気付けとしよう!」
公孫修
(こうそんしゅう)


「お、お待ちくだされ!」
倫直
(りんちょく)


「で、出すぎた真似をしました! そ、それならば我々に呉への援軍を求める役目を与え――」
賈範
(かはん)


「斬られるのが嫌なら今すぐその八階の窓から飛び降りろ!
手伝ってやれ卑衍!」
公孫淵
(こうそんえん)


「喜んで!」
卑衍
(ひえん)


「お、お、お許しを!!」
倫直
(りんちょく)


「ひいいいいいいっ!!」
賈範
(かはん)



魏 遠征軍



「公孫淵は延々と二十里にわたって塹壕を掘り、ワタシたちを待ち構えているのであ~る」
孫資
(そんし)


「七日七晩徹夜の突貫作業で掘ったと、投降してきた兵が言ってたタイ。
残っている連中も疲れ切ってろくに戦えないだろう。今が攻撃の好機タイ!」
黄権
(こうけん)


「そ、そうですか。それではすぐに撤退の準備を……」
司馬懿
(しばい)


「わかった! 公孫淵軍を撤退させる準備をしよう! まずは俺が攻撃を仕掛ける!」
夏侯覇
(かこうは)


「まま待てええいいい! せせ先鋒を命じられたのは俺だあああ!!!」
毌丘倹
(かんきゅうけん)


「落ち着くのだ諸君。
いくら相手が疲労の極みにあったとしても、塹壕に正面攻撃をしては大きな犠牲が出るだろう。
ここは敵の背後に半数の兵を回し、塹壕から引きずり出すのはいかがであ~るか、司馬懿殿」
孫資
(そんし)


「は、半数の兵ですか。すると私の手元に残るのは2万ぽっち……。
いけません! そんなことになるなら全軍を率いて背後に回りましょう!」
司馬懿
(しばい)


「なるほど。いっそのこと全軍が背後をうかがう動きを見せれば、敵はいやおうなく塹壕から飛び出てくるであろう。
さすがは司馬懿殿、妙案であ~る!」
孫資
(そんし)


「ならば俺は伏兵を率い、のこのこ顔を出した敵を叩いてやる! 先に行ってるぞ!」
夏侯覇
(かこうは)


「そそそれなら俺は真っ先に敵の背後に回るるる。せせ先鋒の俺が動けば敵はそれにつられるだろううう!!!」
毌丘倹
(かんきゅうけん)


(私は別にいなくてもいいのでは…………)
司馬懿
(しばい)



燕 卑衍軍

楊祚
(ようそ)


燕の将



「おのれ魏軍め! よくも我々が汗水たらして築いた塹壕を華麗にスルーしてくれたな!」
卑衍
(ひえん)


「ひ、卑衍将軍! 背後に伏兵が現れました!」

楊祚
(ようそ)


「夏侯淵の子、夏侯覇とは俺のことだ! 親父譲りの百発百中の弓の腕、見せてやるぜ!」
夏侯覇
(かこうは)


「ぐわっ!! な、名乗りを上げる前にもう撃っているではないか…………」
卑衍
(ひえん)


「ひ、ひ、卑衍将軍が一発で……。た、退却だ! 退却しろーーッ!!」

楊祚
(ようそ)



燕 遼東



「お、お前たちに預けた8万の軍が壊滅だと?
いったい何をやっているのだ!」
公孫修
(こうそんしゅう)


「魏軍は装備も練度も我々とはケタ違いです。
しかもまるで自分の手足のように兵を動かし、我々は翻弄されるばかりで――」

楊祚
(ようそ)


「弱音を吐くな! 劣勢で会社が大変なら、サービス残業をすればいいだけだ!」
公孫淵
(こうそんえん)


「今日を精一杯生きた場合を100%として、さらに20%の無理をすれば勝てるだろ!」
公孫修
(こうそんしゅう)


「し、しかし後方の兵糧庫も焼き払われてしまい、兵士の士気は地に落ちておりまして――」

楊祚
(ようそ)


「本当に会社のためを思っているなら兵糧を使っている時間などないはずだ!」
公孫淵
(こうそんえん)


(だ、駄目だ。この父子には何を言っても通じない。
かくなる上は――)

楊祚
(ようそ)



魏 遠征軍



「我々に降伏したいと。それは君たちの総意なのであ~るか?」
孫資
(そんし)


「い、いえ。私の独断です。
公孫淵らは戦況を見ずにただ精神論を唱えるだけで、このままでは玉砕するしかありません。
兵を無駄死にさせるくらいなら、公孫淵父子の寝首をかいて、貴国に寝返ろうと――」

楊祚
(ようそ)


「フフフンンン! 手ててぬるいななな!!!」
毌丘倹
(かんきゅうけん)


「ひ、ひいっ!?」

楊祚
(ようそ)


「ああ、手ぬるい。俺だったら公孫淵らの首を手土産にここに現れてるぜ。
寝首をかこうかどうか俺たちに相談したいって? 何をぐずぐずやってんだ!」
夏侯覇
(かこうは)


「そもそも戦には5つの選択肢があ~る。
戦意があるときは戦う。戦意がなければ守る。守れなければ逃げる。あとは降るか死ぬかであ~る。
降伏もできないあなた方には死、あるのみだ。帰って公孫淵にそう伝えなさい」
孫資
(そんし)


「おととい来るがいいタイ!」
黄権
(こうけん)


「あ、あ、あ……?」

楊祚
(ようそ)


(とうとう私は発言の必要もなくなった……。
ま、まずい。このままでは私は働いていないことになる。
都に凱旋したら何もしていないと怒られて処刑されてしまうのでは……。
な、何か存在感を示すことをしなければ!)
司馬懿
(しばい)



魏 遼東



「公孫淵と公孫修は斬られたか。私の首も所望か?」
公孫恭
(こうそんきょう)


「あなたは戦に最後まで反対していたと聞いている。
そのくらい現状認識のできる方に遼東を統治してもらえれば助かるのであ~る」
孫資
(そんし)


「わかった。私の目の黒いうちは遼東を反乱させることはない」
公孫恭
(こうそんきょう)


「そう願っていますよ。
司馬懿殿、それでは遠征を終えて帰還するであ~る」
孫資
(そんし)


「て、て、手ぬるいですな!」
司馬懿
(しばい)


「は?」
夏侯覇
(かこうは)


「こ、この遼東は往復にも一年かかるような僻地です。
もしまた反乱の火が上がれば我々はさらなる消耗を強いられます。
ここは火種となるものを未然に潰しておくべきでしょう!」
司馬懿
(しばい)


「と言うと――?」
黄権
(こうけん)


「遼東の男子を根こそぎ殺しましょう!
そうすれば今後、数十年にわたって反乱されることはなくなります!」
司馬懿
(しばい)


「なっ――――!?」
公孫恭
(こうそんきょう)


「言いいうじゃねえか大将ううう! 見みみ直したぜぜぜ!!!」
毌丘倹
(かんきゅうけん)


「ど、どうですか? 私の意見に反対ですか?」
司馬懿
(しばい)


「……司令官は司馬懿殿であ~る。
我々はその言葉に従うだけであ~る」
孫資
(そんし)


(や、やった! これは私にしかできないことだ!
これで都に帰っても陛下や妻に怒られない!)
司馬懿
(しばい)


(……これが魏のやり方か。甘く見ていたな。公孫淵も、私も)
公孫恭
(こうそんきょう)


「………………」
夏侯覇
(かこうは)








かくして司馬懿の遠征軍は公孫淵の野望をたやすく挫いた。
だが都に帰った彼らを悲報が待っていた。
魏は大きな転換点へと差し掛かる。




一〇八   斜陽