飛頭蛮

トップページへ

  ――校内での暴力行為は、これを厳に禁ずる。



 殺すしかない。
 彼はそう決意した。
 殺さなければ自分が窮地に陥る。殺して口を封じるしかないのだ。不幸中の幸いというべきか、あれを目撃したのはあいつしかいない。あいつの口さえ封じれば、すべては闇に葬られるのだ。
 殺すしかない。
 彼は固く決意した。



 殺すしかない。
 彼はそう決意した。
 殺さなければ自分が殺される。殺される前に殺すしかないのだ。最大の不幸は、あれを目撃したのが自分しかいないことだ。あいつは自分の口を封じ、すべてを闇に葬ろうとするに違いない。
 殺すしかない。
 だがどうやって?



 5月某日。県下随一のマンモス校である私立三上塚高校で首なし死体が発見された。
 死体は旧校舎裏に倒れており、切り離された首はほどなく旧校舎の屋上で発見された。



 「僕はあのとき断ったはずなんですけどね」弘長隆史は唇を曲げた。
 「新聞部になんて入る気はないって。北条さんにはっきりと」
 「まあまあ、固いこと言うなよリュウ」井上潔貴は隆史の肩を気安く叩いた。
 「この前書いた保健室の事件の記事なんて最高だったぜ。アストラル体からクトゥルー神話まで担ぎ出して、結局なんにも結論を出してないなんて、そうそう書けるものじゃない」
 「だってそれは現実にあった事件ですし、渦中の生徒は今も学校にいるんですから。いいかげんなことは書けないじゃないですか」
 「いいかげんなことが書けないから、いいかげんなことで埋め尽くして真相を覆い隠す。井上の言うとおり、なかなかできることじゃないぞ」
 新聞部部長・伊達優一が眼鏡を光らせながら重々しく言った。なんでもないことを重々しく言うことに定評のある彼の言葉に、隆史も思わず納得しかけた。だが。
 「でもやっぱり無理ですよ。一年の僕が殺人事件の記事を書くなんて」
 「リュウ」三年の井上が肩を抱き寄せる。
 「この世界は実力主義だ。一年も三年も関係ない。お前が――」なんの効果を狙ったのか、ためにためてから井上は言った。
 「やるんだ」
 「いやです」
 「そう弱気になるな。安心しろ、今回も取材にはジョーが一緒についてってくれるぞ」
 「だからいやなんですよ!」隆史は絶叫した。
 人の名前を覚えないことに定評のある井上がジョーと呼ぶ男、二年の北条丈文こそが問題だった。
 「なにがいやなんだって?」部室の隅でハイネの詩集を開いていた北条が、のっそりと立ち上がった。
 「北条さんと取材に行くのがいやなんです」
 「ははは、あいかわらず弘長君ははっきり言うなあ。それじゃあそろそろ行こうか」
 「どこへです?」
 「もちろん取材にさ」
 「いやだって言ってるでしょう!」
 私立三上塚高校に入学して1ヶ月。先輩に――正確には北条に――はっきりとものが言えるほど、隆史は新聞部に順応してしまっていた。
 初対面の北条に拉致同然で入部させられ、来る日も来る日も北条丈文という変人に翻弄される毎日だった。
 取材に行けば必ずなんらかの騒動を起こし、お詫びに謝罪にと奔走するのは隆史の役割だった。まるで謝罪係としてスカウトされたようである。
 だいたい北条の新聞部における役割に大きな謎がある。部長の伊達は記事の企画立案と監修、井上はカメラ撮影を担当しているが、北条の担当は「推理」である。意味不明だ。たとえば取材に行っても、話を聞き出すのはもっぱら隆史の役目である。北条は横で聞いているのかいないのか、退屈そうにしているだけで、自分から取材相手になにかを訊ねることもない。記事も書かない。部室ではいつも読書しているか寝ているか隆史の邪魔をするか、それだけである。
 だが彼こそは新聞部で最も重要な人材であると、部長は言う。彼の「推理」が新聞作りに欠かせないのだと。
 「そうだ伊達、取材前にもう一度、今回の事件についておさらいしてくれないか」隆史の煩悶など知るはずもなく、北条はあくびをしながら言った。
 「僕は大丈夫だけど、弘長君が心配だからね。あくまでも弘長君が」
 「それじゃあ弘長のために説明しよう」伊達は嬉々として言う。なにかを説明するのがこのうえなく好きな人種である。

 被害者となった二年生の牛尾は、旧校舎裏で首なし死体で発見された。
 首は旧校舎の屋上に転がっていた。鋭利な刃物で切断され、おびただしい出血の跡が残されていたが、凶器は発見されていない。
 胴体には動かされた形跡はなく、首のほかに外傷はない。したがって犯人は旧校舎裏で牛尾の首を斬り、なぜか首を持って屋上へ上がり、そこに首を置いていったと思われる。発見が早かったため死亡推定時刻は、発見された午後4時半までの30分以内、つまり午後4時〜4時半と断定された。
 だが奇妙なことに現場は密室状況におかれていた。旧校舎裏に通じる道では授業をふけた数人の女生徒が放課前からたむろしており、大柄で赤く染めたソフトモヒカンの牛尾が旧校舎裏へ向かうのを見ているが、彼の後には第一発見者となった教師を除き、誰も現場へは立ち入っていないことを証言した。
 一方の旧校舎だが、こちらも都合のいいことに美術部が「旧校舎の玄関」をテーマに写生中で、数十の目がその気はなくとも熱心に監視中で、血まみれの首を持った何者かが入っていくところは当然見ていなかった。
 旧校舎には通常の授業に使う教室はなく、部活か理科実験など特別授業に用いられる教室ばかりで、一階の各教室および廊下は都合よくすべて使用中であった。トイレの窓も壊れて開かなくなっており、一階の窓から首切り犯が侵入したことはありえない。旧校舎には生徒がひしめいており、上階の窓へ首を持って登攀した者も当然いない。
 ならば逆に屋上で牛尾の首を斬り、胴体を地上まで投下した――とも考えられない。くり返すが死体に動かされた形跡はないのだ。屋上からは胴体が発見された校舎裏を見下ろせる。ロープかなにかで胴体を固定し、そろそろと地上に下ろすことは可能かもしれないが、旧校舎内外にいた生徒の数を考えれば無茶な行為である。
 なによりわざわざ胴体だけを首から離れた場所へ放置する意味がない。首を持って旧校舎に入ったにしろ、胴体を屋上から下ろしたにしろ、まさかの胴体を担いで旧校舎を出たにしろ、そんな危険を冒す意味が全くないのだ。



 見間違えるわけないよ。だってあの人目立つもん。髪真っ赤だし。ソフトモヒカンだし。いっつも似たような服着てるし。顔も見たよ。間違いなく牛尾って人。名前くらい知ってるよ。有名だもん。クスリ売ってるとか強盗したとか脱獄中とか。すごい不良だってみんなが噂してる。E組の友達がカツアゲしてるところ見たって。J組の友達なんて牛尾が気弱そうな子つかまえて「あのことをばらしたら殺してやる」って脅してたって。うん。嘘じゃないよ。友達が言ってたんだって。だからこの前殺されちゃったのも、脅されてた誰かがやっちゃったんじゃないかな。殺される前に殺しちゃえみたいな。だから間違いなく牛尾だけだってば。旧校舎裏に行ったのは牛尾と、M組の担任だけ。終業ベルが鳴ってすぐに牛尾が裏に歩いてって、それから1時間後……4時半くらいかな。そんくらいにM組の担任が裏に行ったの。そしたらすぐなんか「警察だ警察だ」って叫びながら出てきて。うちらびっくりしてたら、ほんとに警察の人がどんどんやってきて。そう。首切られてたんだってね。見に行かなくてよかったよほんと。



 ああ。牛尾を探していたんだ。珍しく学校に来ていたからな。最近はいろいろと悪い噂も聞いていたから、本人に直接聞いてみようと思ってな。わざわざ学校に来たなら誰かに会いに来たのだろうと考えたんだ。あいつが人を呼び出すのはいつも旧校舎裏だからな。それで探しに行ったら……。いや、これ以上はしゃべらないぞ。お前たちの熱心さは認めるが、俺も教師として立場があるんだ。しゃべれるのはこれだけだ。



 そりゃ生徒の出入りは激しかったけどさ。生首持って旧校舎内に入ってったやつなんていなかったよ。いたら絶対だれかが描いてるって。そう。放課後すぐに旧校舎の前に集合して写生会。一年の部員は全員集まってたよ。みんなで熱心にスケッチしてたから、変なのが通りかかってたら見逃さないよ。うん。大きなバッグを持ってたやつはたくさんいたよ。その中に生首入れてたら解らないけどさ。でもそんなの意味ないじゃん。わざわざ生首持ちだしてなんになるのさ。首切ったならそのまま転がしときゃいいのに。屋上に持ってってなんの役に立つのさ。アリバイ工作にもなんにもなってない。こんなに人のたくさんいる旧校舎に入る意味がないよ。



 「飛頭蛮――というものを弘長は知っているかい」隆史の取材報告を聞き終えた伊達部長は、熱を帯びた目で言った。
 「ヒトウバン、ですか」
 「そう。いわゆる妖怪だね。三国時代の呉に朱桓(しゅかん)という武将がいるんだが……」名字が伊達のくせに、彼は三国志の熱烈なファンだった。

 ――朱桓は美しい少女を下女として雇った。ある夜、朱桓は彼女の寝所に忍んでいった。するとそこには彼女の胴体だけが寝ており、首から上はなかった。驚いた朱桓はそのまま逃げ帰った。しかし翌朝、彼女は平然と姿を現した。首の周りには筋がついていたが、どこにもけがはなかった。
 その後、朱桓の家で火事が起きた。家人は大あわてで飛びだしたが、例の下女の姿が見当たらない。探しに行くと、寝所に首のない彼女の姿があった。驚いていると、耳を鳥の翼のように羽ばたかせた彼女の頭が飛んできて、ゆっくりと首にくっつき、彼女は平然と目を覚ました。
 不気味に思った朱桓は家人に口止めし、すぐに彼女に暇を出したという……。

 「つまりダテは、牛尾ってやつが飛頭蛮だったと言うのか」井上が愉快そうな口ぶりで言った。
 「そうだったら、すべての説明がつくと思わないか? 首を持って旧校舎へ入ったと考えるから、不可解な点ばかり目につく。首だけが屋上へ飛んでいき、屋上にいた誰かが驚いて攻撃し致命傷を負わせたんだ。それなら犯人はただ旧校舎を出ていくだけでいい。謎はすべて消える」
 例によって説得力だけはある口ぶりだった。隆史などは今回の記事はそれでいこうと決め、もう頭の中で草稿を組み立てていた。が。
 「伊達の推理にはいくつかの問題があるね」ハイネの詩集を机に放り投げ、北条が言った。その拍子に詩集がめくれる。ページの隅にはパラパラ漫画が描かれていた。
 「……読んでたんじゃなかったんですね」
 「なにがだい弘長君? それより伊達の推理さ。
 1つ、誰かが飛んできた首を攻撃したなら、その誰かはどうして武器を持っていたんだい。棒かなにかで殴ったならともかく、首は切られていたんだよ。そんな鋭利な刃物をどうしてたまたま持っていたんだ?
 2つ、そもそもどうして犯人は屋上にいたんだい。屋上は形ばかりだけど施錠されている。用務員室から鍵を拝借してくるのは簡単だけど、どうしてそんな労力を払わなくてはいけなかったのか。
 3つ、牛尾はどうして旧校舎裏なんかにいたのだろう。校舎裏といえば不良が誰かを呼びだすのに定番だけれども、彼は誰かを待っていたのだろうか。
 この3つの点を、伊達の推理はまったく説明していない」
 「その口ぶりからすると、お前はもう謎を解いたみたいだな」自説を一蹴されたが、伊達はうれしそうに笑う。
 「それでこそ新聞部の推理担当だ。真相を教えてくれないか」
 「すぐに話しちゃ面白くない。もうちょっと考えてみなよ。特に弘長君なんか僕と一緒に取材してきたんだから、得ている情報は僕と同じはずだよ」
 「そう言われましても……」隆史は首をひねる。聞き役は隆史に任せ、北条はなにもしていなかった。彼のしたことといえば、取材後に女生徒に「ところでそのメイクはアフリカの部族が、戦闘前に神の助けを得るため施す刺青をまねたのかい」と訊ね袋叩きにされただけである。隆史がしていたとおりいっぺんの取材だけで、彼はなにをつかんだというのだろうか。
 「それじゃあひとつだけヒントをあげよう」にやにや笑いながら、北条は人さし指を立てた。
 「牛尾は誰かになんらかの秘密を知られ、その誰かを脅迫していたんだ。そして……あとは伊達の推理を否定した3つの矛盾と考え合わせれば、解るだろう?」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 さて、ここで謹んで読者に挑戦する。
 しかしこの事件の犯人は誰かを答えることはできない。
 今回答えていただきたいのは「いかにして犯人は密室を破り牛尾を殺しえたのか?」である。
 なぜ首だけが胴体を離れて屋上に放置されていたのか。どうやって首を屋上に持ち込んだのか。謎は論理的に解くことはできない。真相はこれまでのバカミステリのようなバカトリックである。
 しかし誰もわざわざ小説にしないような、バカな真相を思いつければ――答えにたどりつけるかもしれません。
 そんな物好きな方がいることを祈って、今回も推理を募集したいと思います。
 バカな真相に怒らない、こんな駄文をわざわざ読んでくれる心の広い方は6月6日(土)23時までに、下記メアドまで、またはmixiのメッセージにて推理を送ってください。

 締め切りました

※迷惑メール対策のため、メアド中の「あ」を「@」に変えてお送りください。

トップページへ   解決編へ