バベルの塔

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 ――生徒の17時以降の在校は教諭の監督下に於いてのみ、これを認める。



 「裁きの雷」

 ●●県のベッドタウンに巨体を横たえたマンモス校、私立M高校で奇妙な事件が起こった。二人の不審な感電死体が発見されたのだ。
 死亡したのは、連続窃盗犯として指名手配されていたKと、M高校の守衛であるS。しかもSは全身を麻縄で縛られていたという。
 調べによると窃盗犯のKは、8月2日未明、M高校に忍び込み、守衛のSを襲って身体の自由を奪った。そして理事長室に押し入り、金庫を物色していたところ、折からの大雨とともに降り注いでいた雷光の一筋が、突如としてKの体を撃ち抜いた。ここで終わればKの蛮行を見るに見かねた天が、無力な警察に代わり裁きの雷をもって正義を断行した――と言えるところだが、不幸なことに雷光が貫いたのは窃盗犯Kだけではなかった。
 哀れにもちょうど真下の階で縛り上げられていた守衛Sの体をも稲妻は刺し貫き、二人の命を奪ってしまったのだ。
 
 これだけならば奇妙な、あまりに奇妙な真夏の夜の夢のように終わった事件だが、駆けつけた警察の鑑識の手によってさらに不可解な事態が明らかとなった。
 なんと窃盗犯Kの体は、雷光を浴びるよりも先に鋭利な刃物で全身を刺されており、しかも体は内側から焼け焦げていたというのだ。
 勤続40年を誇る鑑識課の主任Tは、本誌の独自取材にこう答えた。
 「まるで何者かが窃盗犯Kの体を避雷針で貫き、そこに雷が落ちるのを待っていたかのようでした。Kの体は黒焦げで、死因が刺殺なのか、それとも感電死なのかは、実を言うとわかりません……」

 『週刊七十五日』9/3号より抜粋。



 8月。
 それは運動部に属さない高校生にとっては、長い長い休みを満喫すべき月のはずである。
 しかし運動部ならざる新聞部に在籍する私立三上塚高校一年生・弘長隆史(ひろなが・たかし)は、旧校舎の奥の奥、昼なお暗い廊下の突き当たり、そのまたさらに奥の、古びたドアの向こう側で、原稿用紙に向かっていた。三上塚新聞8月号の記事執筆のためである。
 部活動にはしばしば、先輩から受け継がれたよくわからない伝統というものがある。
 たとえば三上塚高校の野球部には「炭酸飲料を飲むなかれ」という鉄の掟が。陸上部には「旧校舎そばの水飲み場は陸上部のみ使ってはならない」という不文律が存在している。
 上級生になぜかと聞いても、誰も理由は知らないと言う。ただ先輩のそのまた先輩からずっとそう決められた、伝統だというのだ。
 そしてもちろん新聞部にも伝統があった。夏休みにもめげず8月号を出版するという、はた迷惑な伝統が。

 「要するに、先輩のそのまた先輩に嫌々やらされていたことをだな、下級生がやらないのがむかつく、という話なんだ」
 新聞部副部長兼柔道部副部長の三年生・十文字剛(じゅうもんじ・つよし)はからからと豪傑笑いを放った。
 「コーラを飲むな、そこの水飲み場を使うな、とわけもわからず言われてだな、もし破ったらこっぴどく叱られていたのに、意味がわからないからと言って、下級生がコーラを飲んだりしたら頭に来るだろ。しゃくにさわるじねえか」
 「はあ、そういうものですか」隆史は意味もなくエンピツを転がしながら気のない相づちを打った。
 「じゃあそういう意味のない伝統は、僕らの代で終わりにしましょうよ。十文字さんは後輩思いで懐の深い人だから、後輩にそんな意味のないことはさせたくないでしょう?」
 「んー、そう言われりゃ俺も弱いが……でもなあ弘長」十文字は腕を組み、太い二本の眉をひそめて一本につなげてみせた。
 「毎年毎年、8月号も休まず出版しているおかげでな、新聞部はかれこれ20年間、途切れることなく毎月出版しているんだそうだ」
 「それはすごいですね」
 「しかもな、なんと今年でちょうど、連続出版記録は20年目に到達するんだ!」
 「じゃあ今年も書かないといけませんね!」根が貧乏性の隆史は記録継続(しかも切りが良い)と聞いて俄然やる気を出した。それこそ意味がないことだというのに。
 「ちなみに十文字さんの柔道部には、どんな伝統があるんですか?」
 「柔道部には伝統はない。それが伝統だ」
 「それはうらやましいですね……」
 
 隆史は白いままの原稿用紙をにらむ。幸い書く内容は決まっていた。8月に入ってすぐ、ほんの3日前に起こった不可解な事件についてだ。二人の男が感電死したその事件は連日テレビで報道され、今も現場となった本校舎は、落雷による補修工事と警察の捜査のため、立入禁止となっている。しかし夏休み真っ盛りのため、旧校舎で活動する隆史ら文化部と、校庭を主戦場とする運動部は難を逃れていた。逃れなくても良かったのにと隆史は思っているが。
 「それにしてもさっぱりわからない事件ですねえ」隆史はいったんは握ったエンピツを放り出した。 
 「そもそも無茶な話ですよ。警察が今も捜査継続中の事件を解決しろだなんて」
 そう、ただ事件について記事を書くだけならば簡単なのだ。それこそ夏休みの宿題のように、新聞記事をそのまま引き写してもいいし、ニュース原稿を活字に書き起こしてもいい。
 だが新聞部の部長・伊達優一(だて・ゆういち)は事件の記事ではなく、事件の解決記事を書くように命じた。そんな無茶なと思ったが「これが僕が部長として命じる最後の仕事だ」と言われては、さっきの十文字じゃないが隆史も弱い。7月いっぱいで大学受験のため新聞部を引退した伊達の、最後のお願いくらいは聞いてやりたいではないか。切りも良いし。
 「これまでだってうまくやってきたんだ。今回もうまく行くだろ」十文字は気楽なことを言う。
 「今年は毎月のように不思議な事件が起こったが、全部解決したじゃねえか。今年の新聞部はすげえって評判なんだぜ。期待を裏切っちゃいけねえよな」
 「十文字さんはなんにもしないからいいですけどねえ。僕は大変なんですよ」隆史は口元を歪める。入部以来、記事の執筆はほとんど隆史が担当していた。たまには部長の伊達が手伝ってくれたが、彼はもういない。いるのは新聞部に在籍し副部長職まであずかりながら、ダジャレじゃないが10文字たりとも記事を書いたことのないのが自慢の十文字剛だけだ。
 彼は新聞部において本当になにもしない。びっくりするくらいなにもしない。仲の良い新聞部員とだべりに来るだけなのに、なぜか副部長なのだ。
 今日だって別に隆史を手伝うために来たわけではない。柔道の特待生で大学に内定したため受験に備える必要もなく、しかし引退した身で柔道部に顔を出すのも、後輩が気兼ねするだろうと遠慮して、暇を持て余した結果、新聞部に来ているだけなのだ。ちなみに彼は新聞部の後輩が気兼ねするだろうとは微塵も考えないらしい。
 「弘長は本当にはっきり物を言うよな」十文字が感心したようにうなずく。「普通は先輩に向かってそんな邪険な扱いはできないぞ」
 「そりゃあ……北条さんのおかげで免疫ができてますからね」隆史は理由にもならないことを言った。
 新聞部二年・北条丈文(ほうじょう・たけふみ)は気ままな男である。気ままなどという生やさしい表現しかできない自分の語彙のなさに、隆史が忸怩たる思いを感じるほど、気ままな男である。北条にはっきり物を言わず、先輩だからといって遠慮していたら神経がもたないのだ。
 「暑い…………」その気ままな男がふらふらと部室に入ってきた。千鳥足でエアコンの真下に向かい、送風口に祈りを捧げるように両手を広げた。
 「エアコン…………」それしか言えないくらい暑いようだ。
 「北条さん、いいところに来てくれました」隆史はエアコンにかじりついた北条に容赦なく仕事を持ちかける。顔の前に例の感電死事件の記事が載った新聞をかざした。
 「ちょっと知恵を貸してください。この事件なんですけど」
 「…………ああ、これね。二年くらい前に見たよ。まだやってたのかい」
 「二年前じゃありません。三日前の事件です」
 「なんだ、もう三日も前か。いつまで昔のことを引きずってるんだい。僕はもう飽きたよ。僕が一番最初に飽きたよ」北条のテンションはいっこうに上がらない。そもそも彼が新聞部に現れたのは、隆史に協力するためではない。単に自室にエアコンがないのだ。
 「弘長君、僕はね、ここに涼みに来たんだ。君に会いに来たわけじゃない。エアコンに会いに来たんだ」
 「それはわかってます。でもせっかく通りがかったんだから協力してください」
 「北条、そこをどけ。風がこっちに来ないだろ」十文字も別の理由で加勢した。
 「なら十文字君もここに並べばいいさ」どく気も協力する気もないようだ。だが北条の扱いを知る隆史も一歩も引かない。
 「北条さん頼みますよ。僕を助けると思ってちょっと考えてみてはくれませんか。こんな不思議な事件は北条さんにしか解けませんよ」
 「…………ほう」自尊心をくすぐられたのか、北条はやっと隆史の方を見た。
 「僕が入部して以来、北条さんはどんなに難解な事件でも解決してきたじゃないですか。今回も警察よりも先にこの謎を解いてくださいよ」
 「そうだな。エアコン代くらいは働くべきだぞ、北条」北条の隣に並びながら十文字も口添えした。
 「おいおい本当に十文字君が横に並んだら暑くなるじゃないか。君はその巨体から発する熱量を少しは気にすべきだよ」言いながら北条は肩にかけていたタオルで顔を拭った。タオルは水を含んでふくらんで見える。いくらなんでも8月とはいえ自宅からここに来るまででそんなに汗をかくだろうか、だったら炎天下の屋外を歩かずに自宅にいた方がマシではなかろうかと隆史が悩んでいると。北条は鼻を鳴らした。
 「どうやら君は、僕が尋常じゃない汗っかきだと思ってるらしいね。冗談じゃないよ。ここまで歩いて来るだけでこんなに暑がるもんか。僕はねえ、かわいい後輩のためにひと働きしてきたんだよ」
 「ひと働き?」
 「警察に聞き込みしてきたんだ」北条は本校舎の方にあごをしゃくった。
 「警察って……感電死事件の捜査に来てる警察ですか?」
 「他に日本に警察がいるのかい?」
 そりゃあいるだろうと言い返す前に、北条は隆史の手から新聞を奪った。
 「苦労したけどね、とりあえず聞きたいことは聞けたよ。弘長君、この事件の謎はなんだい?」
 「は、はい。ええと……」北条が捜査? 自ら? 夏休みなのに? 後輩のために? 疑問符が頭の中を駆けめぐるが、隆史はあわてて考える。
 「まず、窃盗犯Kは刺殺されたのか、それとも感電死したのか。いったい誰がKを刺したのか。Kを刺した犯人はどこに逃げたのか。凶器はなんなのか。……こんなところでしょうか」
 「OK、いい答えだ。それじゃあ教えよう。窃盗犯Kを刺したのは守衛Sだ」
 「守衛……ええ!?」
 「おい北条、ちゃんと説明しろ!」
 「誰も説明しないなんて言ってないよ」北条は十文字に気味の悪いウインクを送った。十文字が屈強な体を震わせた。
 「き、気色悪いことをするな!」
 「報道なんてあてにならないものでね」北条は抗議を無視して、左手に持った新聞をはたく。「避雷針で刺されたとか、全身を貫かれたとかややこしい書き方をするから、わからなくなるんだ。警察に聞いたら詳しい状況がわかったよ。窃盗犯Kは細く長い無数の針のようなものに、全身を貫通されたんだ」
 「細く長い針……?」
 「そしてそこに、雷が落ちた。真相はそういうことさ」
 「そういうことさって言われてもよ……」話に引き込まれた十文字も、エアコンのそばを離れて汗だくになっている。
 「お前の説明は雑すぎてなにがなんだかわからねえ」
 「まったく十文字君は弘長君に負けず劣らず鈍いからなあ」北条は白い歯を見せて笑った。
 「……弘長、訂正する。北条に比べたらお前はよっぽど先輩を尊重してるよ」
 北条は僕に向かって先輩風を吹かせようったってそうはいかない、とさらに放言し、「まだわからない君たちのためにヒントをあげよう」と指を一本立てた。
 「君たちは守衛Sに同情しているかもしれないけど、それは間違いさ。窃盗犯Kと守衛Sはグルだったのさ」
 「ええっ」
 三上塚高校はマンモス校であり、宿直の教師だけではだだっ広い校内の見回りをまかなえないし、夜間の危険も多い。宿直もいるがその他に民間の会社から夜間の警備のために守衛を雇っていた。だがその守衛が窃盗犯と通じていたとは……。
 「夜間の校内はセキュリティシステムが作動しているからね。内部に協力者がいなければ侵入できない。しかし彼らは仲間割れし、隙をついて窃盗犯Kはニセ守衛Sを縛り上げた。そして理事長室に忍び込み……事件は起こった。まだわからないかい?」
 「わからねえよ」十文字が不機嫌そうに言った。新聞と北条を交互ににらみつけている。
 「それじゃあ第二ヒントだ」北条は男にしてはほっそりとした指をもう一本立てた。 
 「第二ヒントは、バベルの塔だ」
 「バベルの塔?」
 「弘長君、君はバベルの塔の逸話を知っているかい?」
 「はあ、簡単な話くらいなら。旧約聖書に出てくる巨大な塔のことでしょう? 古代メソポミアの首都バビロンに造られ、高く高く天を目指したことから天上の神々の怒りに触れ、雷を落とされて塔は全壊した。さらに神々は人間が共通の言葉を使っているからこんな知恵をつけ、協力しあうのだと考え、人々からそれまで使っていた言葉を剥奪し、みんなが違う言葉をしゃべるようにしてしまった。世界中の人々が違う言語を使うのは、これが起源である……と一般的には知られていますね。でもこれは俗説で、実際の旧約聖書には塔が壊されたということは書かれていないんですよ。時代を経るごとにいつの間にか付け加えられた要素で、タロットカードの大アルカナの一つ「塔」の絵柄も塔が落雷で壊れるところが描かれていて――」
 「ち、ちょっと待て。待ちたまえ弘長君」
 隆史のいつにない饒舌ぶりに、北条はいつになく面食らった。
 「まったくなんなんだ君は。なんだってそんなにバベルの塔限定で博識なんだい。気味が悪いなあ。君のせいで話がそれちゃったけど、要するにこのバベルの塔の逸話がなにを物語っているのか、そんなに博識ならわかるだろう?」
 「神様はえげつないことをする」
 「違う、もっとシンプルなことだよ。雷は高いところに落ちやすいということさ。……これだけ言えばわかるだろう?」



 さて、ここで謹んで読者に挑戦する。
 今回答えていただきたいのは「いかにして守衛Sは窃盗犯Kを殺しえたのか?」である。
 縛られ、理事長室の階下にいた彼がどうやって窃盗犯Kを刺したのか? なぜ雷は二人を貫いたのか?
 謎は論理的に解くことはできない。真相はこれまでのバカミステリのようなバカトリックである。
 しかし誰もわざわざ小説にしないような、バカな真相を思いつければ――答えにたどりつけるかもしれません。
 そんな物好きな方がいることを祈って、今回も推理を募集したいと思います。
 バカな真相に怒らない、二年ぶりくらいにまともに書いたら無駄だらけになった駄文をわざわざ読んでくれる心の広い方は5月4日(水)23時までに、下記メアドまで、またはmixiのメッセージにて推理を送ってください。

締め切りました

※迷惑メール対策のため、メアド中の「あ」を「@」に変えてお送りください。

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